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宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと : アーサー・フランクのいう物語とは何か

※ 連載の続きになります。これまでの記事はこちら

 前回は、中上健次が物語というものについて論じた1970-80年代の時代背景を押さえておくために、同時代のフランス思想に通じた批評家の蓮實重彦もまた物語に関心を持っていたこと、蓮實のいう物語は「法」として私たち人間を含めたこの世界を物語論的に組織するような働きであるということを確認した。そして、中上が蓮實の議論に刺激を受けつつも対抗心を抱くようになり、ついには蓮實のような俗物の考えるものと自分の物語論とは違う、と息巻くところまで見た。そこであらためて問いなおしたい。
 中上の物語論は、同時代になされていた議論やそれまで日本語圏でなされてきた議論と比べて、どのように違っていたのだろうか。この問いにそれなりの説得力を持って答えるためには、実際に中上の議論を追ってみるしかないけれど、議論を追うにしても一つの定点となるような読解の切り口があったほうがいい。そこで、作業の足がかりとなるような仮説を立て、読解を通してそれを検証してゆくことにしよう。その仮説とは、中上の物語論には「社会物語学的」とでも形容できるような特徴がある、というものである。
 仮説の妥当性を検証するにあたっては、社会物語学とは何か、ということをまず明らかにしておかなければならない。そこで本節では、社会学者のアーサー・フランクの議論を紹介したい。そもそも「社会物語学」という日本語が使われるようになったのは、アーサ・フランクの仕事が日本でも知られるようになってからのことだ。フランクは2014年に日本オーラル・ヒストリー学会の十周年記念のシンポジウムに招かれている。そこで「Narrative Truth and the Dilemma of Multiple Accounts: Remarks on the Relevance of Socio−narratology to Oral History」と題した講演をしているのだけれど、それが有馬斉によって「ナラティヴの真実と、複数の説明のジレンマ : 社会物語学のオーラル・ヒストリーへの関わりについての所見」と訳された。僕の知るかぎりでは、これが「社会物語学」という日本語の最初期の使用例である。
 英語圏においては、すくなくともダヴィッド・ハーマンが1999年に発表した「Toward a socionarratology: New ways of analyzing natural language narratives」まで遡ることができる。ハーマンによれば、ナラトロジーは、単にテキストというモノとしての物語を分析するだけではなく、カタリというコトとしての物語までもその射程に含めるべきである。ハーマンはそれを「社会物語学」と呼べるようなアプローチとして構想している。考え方としては、言語学の一分野である語用論に近い。しかし、あくまでも構想の域を出なかったということなのか、その後、英語圏の論者によってこのような意味での「社会物語学」という語が積極的に用いられることはなかったようだ。
 社会物語学を別種の議論の枠組みとして体系立てたのは、アーサー・フランクの『Letting Stories Breathe: A Socio-Narratology』(2010)である。この著作の題を直訳すれば「物語に息をさせて」となる。もうすこし意を汲めば「物語をはなして(解き放して)」とでも訳せるかもしれない。話すことも、離すことも、放つことも、語源的には同じことを言っている。一度手放したものは、それ自体で息づき、自由に動きはじめる。
 いずれにしても、副題の「Socio-Narratology」に不定冠詞の「a」が付されていることからもわかるとおり、フランク自身はさまざまな社会物語学の形があると考えているようだ。数学をはじめとする既存の学問のように「The Socio-Narratology」としての単一の枠組みがあるわけではない。学問分野というよりも、アプローチに近い。そして、フランクの議論においては、実に多様な学問分野からの知見が取り入れられている。
 フランクの考える社会物語学の目的をひとことで言えば、物語というものの行為者としての働きに着目し、物語と人との共生のあり方を探求する、というものである。なぜ「社会」という語が冠されているのかといえば、フランクの議論においては、物語もまた社会というものを人と同等の立場で構成するものであり、そのような意味での物語の社会的な働きが問題になっているからだ。実際、フランク自身は社会学者であり、テキストの構造分析をするような類のナラトロジーとも、語りというコトの諸相に着目する語用論的なアプローチとも異なっている。むしろ、フーコーやアルチュセールが社会学という一応の枠組のなかで考えていたことの延長線上にあり、まさにその点において中上や蓮實の議論に通じるものがある。
 とはいえ、もし仮に中上がフランクの仕事に出会っていたとすれば、相応の衝撃を受けながらも「違う。こんなものは自分の考えている物語ではない」と気炎を上げていただろうと思われる。実際、これから明らかになってゆくように、中上とフランクの議論には多くの共通点がある一方で、発想の次元において根本的に異なっているところがある。そのため、中上の仕事を「社会物語学的」と形容するにしても、両者の議論を比較した上で、なんらかの但し書きをする必要が出てくるだろう。このことを念頭に起きつつ、いまから具体的にフランクの議論を追ってゆくことにしよう。

社会物語学の理論的な枠組み

 アーサー・フランクのいう物語とは何か。この問いに答えるために、まずはフランクの理論がそもそもどのような考え方をベースにしているのかを確認していこう。フランクによれば「社会物語学とは、文学的な物語研究としてのナラトロジーを拡張して民間伝承から日常会話にいたるまでのあらゆる物語 storytelling を対象にしたものである」。これだけの説明では前述のハーマンのように物語における語りというコトとしての側面を視野に入れただけともとれるけれど、さらにそこから先がある。フランクは社会物語学の核となる考え方をいくつか挙げており、そこで次のように述べている。

何よりもまず、社会物語学は物語を語り手の内面への入口のような「物」として理解するのではなく、物語を「行為者」とみなし、物語が何をするかということを研究する。社会物語学においては、語り手や聞き手にも当然注意が払われるが、両者はそれぞれ物語があるからこその存在として理解される。[…]行為者としての物語 stories and narratives は、私たち人間にとってのリソースであるとともに、オーケストラの指揮者のように私たち人間を操作する者でもあるのだ。テンポを定め、強弱をつけ、場を盛りあげるのも物語である。また、指揮者の沈黙は楽曲への働きかけの不在を意味するものでもない。評論家のウェイン・ブースは、次のようなことまで言っている。「私たちはみな、自身の生や他にありえたかもしれない生の物語にひれ伏しながら生きている。私たちは単なる想像にすぎなかったはずのものに引きこまれてしまう。抵抗の度合いはそれぞれ違うものの、私たちは多かれ少なかれ物語を生きているのだ」

 リソースとしての物語は人の外部に道具として存在しているというわけではないし、「個人」と呼ばれる話し手がその起源として物語の外側に存在しているわけでもない。物語は「人」が「人」であるための与件である。このような発想は、ポスト・モダニズムの名で知られるようになった1960-70年代のフランスでの議論にもすでに見られたけれど、明示的に「story」や「narrative」という語を使っているという点では、1970-80年代の日本での物語をめぐる議論とも重なってくる。
 なお、ここでは上記二つの英語をあわせて「物語」と訳すことにするけれど、フランクは両者の明確な区別は不可能であるとしながらも、それぞれの違いを説明してもいる。「story」は登場人物や場所、筋書きを伴うような個々の特定の物語である。それに対して「narrative」は、そのような特定性を持たない。リオタールのいう「大きな物語」のように一時代を特徴づけるような知の枠組に近いものがある。フランクは「narrative」の一例として「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」というマルクスの言葉を引いているが、このような大文字の歴史の主人公が匿名かつ集合的な「私たち人類」であるという点で、それを無数の「story」を生み出す母体のようなものであると考えることもできるかもしれない。
 ここでは両者の違いが問題とならないかぎり、まとめて「物語」と訳すことにする。ただし「story」にしても「narrative」にしても「物語」という日本語に見られるような二面性を備えているわけではないことには留意しておく必要がある。「物語」はモノでもあると同時にコトでもあるということはすでに見た。また、折口信夫にならえば、不特定のモノが特定のモノ(物・者)に現動化するプロセスであるとも考えられる。そのような日本語の「物語」と違い、「story」にしても「narrative」はモノとしての静的な側面が強い。そして、両者がなによりもモノであるということは、フランクの議論にとってきわめて重要なことである。これは特に社会物語学の核となる次のような考え方に関わる。

第二に、物語は、ナラティブ・セルフ——ウェイン・ブースのいう物語を生きている自己——の形成において決定的な役割を果たしているのみならず、生をソーシャルにするということ。物語は人を連帯させ、未来への展望を同じように思い描く者たちのまとめ役になったりする。そして、物語に活気づけられた個人や集団は、今度は反対に物語を活気づける。古い物語を見直しては、新しい物語を生みだす(「新しい物語」というものが果たして存在するかについては議論の余地はあるものの)。こうして、物語と人は協働する。共存しながらソーシャルを作る。このソーシャルには、あらゆる人の関係や集まり、相互依存や排除といったものが含まれている。物語と人の協働こそがソーシャルを作るということ。それが社会物語学の関心事である。

 フランクはここでいう「ソーシャル」という用語をブルーノ・ラトゥールの『Reassembling the Social: An Introduction to Actor-Network-Theory』(2005)から借りてきている。この著作の邦題『社会的なものを組み直す:アクターネットワーク理論入門』(2019)からもわかるように、「social」はそもそも形容詞である。ラトゥールのアクターネットワーク理論(ANT)においては、それが定冠詞の「the」によって概念化された形で扱われている。ラトゥールのいうソーシャルは、空間的な広がりをもった場所としてイメージされるような「社会 society」という名詞概念とは異なり、あらゆるものが結びつきあいながら絶えず変化するネットワーキングの働きとして理解されている。フランクの言葉を借りれば「静的な状態ではなく、プロセスであり、名詞というよりもむしろ動詞的で[…]集合的な営み」である。フランクはさらに「そこに自分は物語の営み storytelling も含める」という。
 ANTによれば、この世界のあらゆるものが、物質や非物質、人間や非人間といった区別を問わず、相互依存的に結びつきあいながら行為者として存在している。日本語話者に馴染のある仏教の言葉を使えば「縁」によって、それぞれが互いの存在を可能にしあっている。つまり、特定のモノ(者・物)が個という独立した世界の構成要素としてはじめから存在しているわけではない。そして、独立した自発性、いわゆる自由意志によって行為をするのではなく、ラトゥール(2005)の言葉を借りれば「行為者とは行為へと追いやられる者のことである」。フランクのいう物語は、まさにこのようなアクターネットワークのなかで人間とともに協働して、ソーシャルというプロセスを形作る行為者としてのモノである。モノとモノとは関係を結ぶ。フランクはそれを分析するためのアプローチを提案している。

私は自分の物語分析を対話的と呼びたい。というのも、それはすくなくとも二者、たいてい三者の相互関係に関わるものだからだ。物語と語り手と聞き手の三者である。このうちのいずれもほかの二者なしには成立しない。分析の対象になるのは、いかにして互いが互いを成立させあっているかということである。[…]そのどれもが行為者あるという点でつねに複数項の関係が問題になるものの、社会物語学はなによりもまず物語の行為に着目する。[…]初期の構造主義的なナラトロジーは、物語を細かく刻み、ひとつひとつの部位がどのような法則のもとで組みあわさっているのかを記述しようとしてきたが、物語はそのとき物語論的な解剖台の上の患者にすぎなくなる。社会物語学はといえば、物語を解き放って、物語自身の力を学びとろうとする。

 では、物語という行為者には具体的にどのような力があるのだろうか。この点に関するフランクの議論をごく簡単にかいつまんで紹介しておこう。たとえば、物語には単一の世界の見方を設定し、単にそれをまことしやかに見せるだけでなく、ときには私たちをその内部に囚えてしまうような力を持っている。そのように視野を限定するということは、なにが善でなにが悪であるかをあらかじめ定め、私たちが知らずしらず一定の価値観に従って行動するように仕向けもする、ということでもある。さらに物語は、文脈に応じてさまざまに登場人物や設定などの形を変える。あるいは、さまざまに解釈される余地を残す。そのような潜在性ゆえに、物語はつねに私たちひとりひとりの状況にあわせ、それに寄り添うようにして協働する。とはいえ、協働するといっても、つねに私たちの味方であるわけではない。物語は私たちの手に追えるものではない。ときにはなんらかの問題解決のために私たちの助けになることもある一方、宗教やイデオロギーといったものがその一例であるように、物語自身が私たちの苦しみの原因になってしまうような場合もある。
 また、フランクは、物語はつねに私たちの想定を超えてしまうものであり、その本質を定義するようなことはできない、とも述べている。そして、そのような前置きをしつつも、便宜上の簡潔な定義を物語に与えている。物語のもっとも主要な働きは「私」を作る、ということであり、その点において物語はなにより、人間の「マテリアル=セミオティックな伴侶 material-semiotic companion」であるという。
 この「マテリアル=セミオティック(物質=記号的)」という考え方については、1980-90年代にブルーノ・ラトゥールとともにANTの枠組を作ったジョン・ローの議論が背景になっている。フランクは「On the Subject of the Object: Narrative, Technology, and Interpellation(ものというもの——物語、技術、呼びかけ)」(2000)というジョン・ローの論文から次の一節を引いている。

物語と物質の間に大きな違いはない。すこし別の言い方すれば、物語は、それが効果的なものなら、物質世界に実現する、とも言える。人間関係の形をとることもあれば、もっといえば、機械の形、建築の様式、身体やその他ありとあらゆるものの形をとることもある。したがって、次のように考えてみることもできる。世界は(かなり雑多な)物語の集まりでできていて、物語はそこでたがいに交わったり干渉しあったりしている、と。ひいては、普通の言語学的な意味での「語り」などない、ということにもなるかもしれない。

 すでに見たとおり、ANTにおいては、あらゆるモノ(物/者)がいかなる存在論的な区別もないまま等しく扱われ、人間を含めたあらゆるものが互いの存在を可能にしあっている、と考えられる。そのため、神や人間をはじめとする意志を持った主体が、意志を持たない客体としての被造物を創造する、というような発想はない。物語というモノの起源になるような「語り」という人間による特権的な行為もない。物語がマテリアル=セミオティックであるということは、このようなネットワークの一元性を指していると言えるだろう。
 また、物語が人間の「伴侶」であるという点に関しては、ダナ・ハラウェイの『When Species Meet(種が出会うとき)』(2008)といった著作における「伴侶種 companion spiecies」についての議論が下敷きになっている。ハラウェイは、伴侶種の一例として人類と犬類を挙げ、両者はたがいの存在にとって不可欠なものであり、たがいに共依存関係にあると述べている。ちょうどそれと同じように、人類と物語もまた伴侶種であるとフランクは考える。そして、伴侶種の概念には、次の二つの基本的な考え方があるという。

第一の点は、伴侶種は共進化の過程でたがいを形作ってゆくということである。第二の、そしてなによりも基本的な点は、よき伴侶はたがいに助けあうということである。[…]いずれにしても、伴侶はそれぞれ相手がいるからこその存在である。[…]ハラウェイは「物語の外の世界にはいかなる場所も存在しない」という。ここで彼女が言わんとしているのは、存在の形としては記号的であり働きとしては物質的であるような物語との共依存関係の外には人間の居場所はない、ということでもあるのだろう。物語の力。それは私たちを人間たらしめる力なのである。

 ここでいう「伴侶 companion」のことを「片割れ」と訳しなおしてみることもできるかもしれない。片割れとは文字通り、ふたりでひとつであるものの片方ということである。それぞれがたがいに寄生しあうことで生かされている。ハラウェイ自身が使っている英語の形容詞を用いるなら、物語と人間はたがいに「偶有的(contingent)」であり「共棲的(symbiogenetic)」であるとも言えるだろうか。
 物語と人間とのマテリアル=セミオティックな共生は、ソーシャルを形作る。それは「私」の片割れである物語が「私」を形作るプロセスである、ということでもある。フランクの社会物語学の目標の一つは、このメカニズムを記述することである。これからその議論の具体的な内容に入ってゆくことにしよう。

物語が「私」を形作るメカニズム

 アーサー・フランクは物語との共棲において生かされ、形作られる「私」のことをナラティブ・セルフと呼んだ。フランクは類似の考え方として「Narrative identity 物語的なアイデンティティ」というものがジェローム・ブルーナー(1987)やアラスデア・マッキンタイア(1984)によって論じられていることに触れた上で、それとはすこし異なる概念を提示する。「Narrative identifying」である。しいて説明的に訳せば、物語による自己形成プロセスとでも言えるだろうか。重要なのは「identity」という静的なモノではなく「identify」という動詞由来の動名詞が使われているということである。フランクが拠り所とするANTにおいてはソーシャルというネットワーキングのプロセスが問題になっている以上、物語の片割れとしてソーシャルを紡ぐ自己もまた、絶えざる変化にさらされている。「個」という不可分な単位としてそれ自体で存在し、「社会」という実体的なモノの構成要素となるような自己は想定されないのである。
 このような自己形成のプロセスこそが物語の主要な働きであると考えるフランクは、イデオロギーによる呼びかけをめぐるルイ・アルチュセールの議論をANTの枠組みのなかで読みかえることで、議論を掘りさげていこうとする。フランクによれば「呼びかけとは、なんらかのアイデンティティを受けいれ、それに基づいて行動するように促すこと」である。それをフランク流に言いかえたのが「キャスティング casting」という英語の言いまわしである。この言葉には、配役するという意味のほかにも、刑務所などに投獄する、放り出す、投げ棄てる、といった意味あいがある。物語の呼びかけられる私たち人間は、演じるべき役を割り当てられるとともに、物語の囚われの身にもなる。はじめは単なる聞き手にすぎなかったはずが、いつしか登場人物に成りかわってしまっているようなこともあるかもしれない。フランクは次のようにいう。

物語の呼びかけは、二つの次元においてなされる。物語は、登場人物にそれぞれの役を演じるように呼びかける。さらに、聞き手に登場人物と同一化するように呼びかける。[…]呼びかけは、物語の内容と語りの境界線を超える。

 日本語に即していえば、物語はモノとコトの次元を仲介すると考えることもできるだろうか。モノにすぎなかったはずの物語が、いつしかコトとして実現してしまっている。物語には人を感化して行動へと駆りたてる力がある。「文字通り、物語は応答可能 responsible なものなのだ」とフランクはいう。このことは、物語は人に行動主体としての責任 responsibility を 吹きこむ、と言いかえることもできるかもしれない。そもそも責任感を持つということ being responsible とは、何らかの召命に応じる準備ができている、ということである。そのため、物語が応答可能なものであるということは、人に応答責任を与え、人を物語の主人公に仕立てあげる力がある、ということでもあるのだろう。
 では、このような物語の呼びかけに対して、人はどのように振るまうべきなのだろうか。この点をめぐって、フランクはアルチュセールとは異なる立場を取っている。アルチュセールによれば、呼びかけを拒むことはできない。呼びかけを耳にしてしまっている時点、つまり意識してしまっている時点で、人はすでに呼びかけられてしまっているからだ。それに反発をするということ自体が、ひとつの応答のあり方になってしまう。したがって、拒否というものは、呼びかけをそもそも感知しないことによってしか成り立たない。このような状況のことをアルチュセールは「個人はつねに、すでに[呼びかけられた]主体である」と表現したのだった。それに対して、フランクは物語の呼びかけへの抵抗は可能である、と考える。

物語にどのような役を求められ、どのようなふるまいがその役にふさわしいのかということを登場人物たちは多かれ少なかれ自覚している。そのため、物語の登場人物であれ聞き手であれ、主体は次の二つの可能性のなかで揺れ動くことになる。物語の内在的意志に乗っかり、物語の筋書きどおりに流されてしまうのか。それとも、今回ばかりは番狂わせの展開が起こるのか。今回こそ物語の筋書きが変わっているかもしれない。主人公が自分の意志によって物語の要求を拒み、筋書きを書きかえてしまうこともあるかもしれない。

 中上や蓮實であれば、物語=法への抵抗の所作それ自体があらかじめ物語=法に定められていたこと、織りこみ済みのことであり、主人公はどこまでも物語の毒に染まってしまっている、と考えたことだろう。しかし、フランクの考える物語にはそのような「法」としての絶対的な力はない。蓮實が「絶対的な勝利者」と呼ぶような専制的な物語、単一の特権的な物語=法が筋書きをすべて定めるようなこともない。というのも、フランクのいう物語は、人と同じ次元にあるモノとしての行為者にすぎない。そして、なにより、ネットワークの網の目を形作っているのは、つねに複数の物語である。物語の登場人物としての私たちも、つねに同時に複数の物語の編み物として生きている。フランクはまさにそのことを重視する。

私たちの多くは、幸いなことに、複数の物語にキャスティングされている。そしてたいてい、それらの物語の呼びかけはたがいに反発しあうことで、たがいの力を完全に打ち消すとまではいかなくても、すくなくとも和らげあってはいる。物語には多くの問題がつきものだが、その基本的な解決策がここから見えてくる。その解決策とは、できるだけ多くの物語を野放しにする、というものだ。

 フランクはこのように複数の物語の力の複合について考え、それを解きほぐそうとすることで、アルチュセールがある種の不可抗力として思い描いた「呼びかけ」の力を相対化しようとする。そして、そのための理論的な手続きとして「呼びかける物語たちの集まり」のことを「ナラティブ・ハビトゥス」と呼び、そのメカニズムを描きだす。フランクはそこで、同じピエールの名を持つ二人のフランス人、社会学者のピエール・ブルデューと精神分析家のピエール・バイヤールの仕事を参照しつつ議論を組み立てている。まず、ブルデューのほうを意識しつつ、フランクは次のようにいう。

私たちは、何かに対して親しみを感じたり、逆におかしいと感じたり、よくわからないという思いを抱いたりする。何かを好んだり好まなかったりもするし、あるいは、何かをしたり何かがそこにあったりするときに自然体でいられることもあれば、そうではないこともある。私たちのそのような傾向のことをハビトゥスという。[…]そして、ナラティブ・ハビトゥスとは、私たちの耳に届く物語の傾向である。私たちの行動や思考の指針を与えてくれるような物語、私たちが耳をすまし、折に触れて繰りかえし聞きかえしたくなるような物語がある。ナラティブ・ハビトゥスは、私たちの物語への関心や無関心、拒否感といった身体感覚にまつわる。直感的で、あまり意識されることのない感覚。ある物語が自分にふさわしいのかどうか。自分がそこに居場所を見いだせるかどうか。あるいは、自分に無縁な世界の話をしているのかどうか。[…]ナラティブ・ハビトゥスは、どの物語に呼びかけられるのかを期せずして期してしまうような与件としての力であり、私たちがすでにほかの物語に囚われていた場合は、新たな物語の呼びかけへの拒絶としても働く。

 ナラティブ・ハビトゥスは、フランクの社会物語学における「社会」の部分の核になる考え方である。すでに見た蓮實の議論においては、正体不明の大文字の「物語=法」に私たち人類が囚われていて、時代を特徴づける知の枠組の次元において、そのような窮状をどうすべきか、ということに力点がおかれていた。そして、従来のナラトロジーを含めた文学の手つき、当時の日本において「批評」と呼ばれた手つきによって、蓮實はこの問題にむきあおうとした。それに対して、フランクは基本的には社会学的な観点から人と物語との関係性を重視する。そして、そもそも私たちは具体的にどのような個別の物語に囚われたり囚われたりしないのか、ということに着目し、それをあくまでも傾向の問題として記述しようとした。フランクによれば、ナラティブ・ハビトゥスには四つの大きな特徴がある。

第一に、ナラティブ・ハビトゥスは、人に認知され共有されている物語のレパートリーである。これらの物語は、いまだ認知され共有されずにいるほかのすべての物語を見えない背景にする形で、理解されている。
第二に、ナラティブ・ハビトゥスは、このようにして身につけたいわば暗黙の知識としてのレパートリーを駆使するための能力の下敷きになるものだ。どのような物語がそれまでの物語の続きとして収まりがいいものなのか。あるいはどのような物語がどのような状況にふさわしいとされるのか。だれがいつどのような物語を求めているのか。ナラティブ・ハビトゥスは、そういったことについての個々人の感性のことであり、物語が語られたとき、それがどのようななものなのかに応じて、どのように反応をすればいいのかを教えてくれる。[…]
第三に、ナラティブ・ハビトゥスは、物語の好みを形作り、私たちがどのような新しい物語を積極的に受けいれていくのかを左右する。[…]
第四に、ナラティブ・ハビトゥスは、途中まで語られた物語がその後どのように展開していくのがふさわしいのかということについての感性をあらかじめ形成する。物語上のどのような出来事がどのように流れていくのか。[…]物語の展開についての私たちの感性は、物語においてであれ、私たち自身の人生におおいてであれ、どのようなふるまいがどのような結果を引き起こすのかについての日常的な感覚を反映してもいるし、生みだしてもいる。

 ナラティブ・ハビトゥスは、ソーシャルのなかで相互形成しあう人と物語との仲介項、いわばインターフェイスになるような概念である。とはいえ、それが「身体化された物語の束」とも呼ばれていることからもわかるとおり、複数の物語を束ねる焦点となっているのは、人間の身体である。ハビトゥスはもともと「持つ」を意味するラテン語の Habere(英語でいう Have)に由来しているように「身につける」ないし「身体化する」ものである。そして、そのような経験としてのハビトゥスは、物語ではなく、「私たち」の側、つまり人間の側にある。このとき、行為者として人と物語との力関係が微妙に非対称的なものになっていることには留意する必要があるだろう。
 というのも、フランクの議論はここからさらに人間目線に傾いてゆくことになる。フランクはナラティブ・ハビトゥスのメカニズムを描きだす上で、個人という存在の心的な側面を想定するような精神分析のアプローチを用いる。そこで参照されるのが、ピエール・バイヤールの『Comment parler des livres que l'on n'a pas lus ?(読んでいない本について堂々と語る方法)』(2007)である。フランクはバイヤールのいう「内なる本棚」という考え方に想を得ている。

「真の読書家からすれば」とピエール・バイヤールはいう。「重要なのは、個々の本ではない。もろもろの本の全体像こそ重要なのだ」と。たしかに、個々人にとって大切な物語というものはある。しかしどの物語もなによりほかの物語との関係においてはじめて意味を持つものだ。バイヤールのいう内なる本棚とは、個々人に影響を与えるすべての物語が取り揃えられたもののことである。バイヤールのいう前意識的にであれ無意識的にであれ、人がそれとは知らずに知っているような物語もこの本棚に所蔵されている。単純化していえば、内なる本棚とは、整理整頓されたナラティブ・ハビトゥスののことである。あるいは、物語たちがおのおの立ちまわる上での基本方針とも呼べるだろうか。[…]私たちの意識は、内なる本棚のなかに簡単に分類できそうな物語、耳あたりのよい物語のほうに自然とむくようになっている。その反対に、内なる本棚のどこにも割り当てられそうにない物語は意識から切り捨てられる。基本方針としては、内なる本棚には新しいセクションがなるべく増設されないようになっているのだ。[…]しかし、ときには、セクションの新設をうまく勝ちとることによってナラティブ・ハビトゥスを拡大させてくれるような物語もある。

 木を見て森を見ず、という日本語の慣用表現に引きつけて言えば、ピエール・バイヤールにとっての読書体験とは、一本の木を愛でることではなく、本の森のなかを歩くことである。ひとつひとつの本の中身に目を通さなくても——あるいはむしろ、目を通さないことによって——見えてくる本の森の全体像がある。そして、市場に流通する本の森にも、個々人の抱える内なる本の森にも、それぞれ独自の生態系があり、物語にも同じことが言える。フランクのいうナラティブ・ハビトゥスは、個々人において身体化された物語の内なる森の生態系のことである。
 フランクはさらに、バイヤールが「内なる本」というものをめぐって議論を掘り下げているのにならって「内なる物語 inner story」というものを想定してもいる。フランクはバイヤールの以下の発言を引いた上で、引用文中の「本」を「物語」に置きかえながら読みなおす。ここでは便宜上「本[物語]」として孫引きをすることにしよう。

私が内なる本[物語]と呼んでいるのは、読者と新しい本[物語]との間に割って入り、読書体験を人知れず形作るような架空のイメージの束のことである。ほとんど意識されることのないこの想像上の本[物語]は、ある種のフィルタとして働き、新しいテキストの受容に際して、そのうちの何を取捨選択したりどう解釈するのかを決定づける。[…]内なる本[物語]は、世界、とりわけ本[物語]を理解するためのグリッドとなり、それ自体は透明であるという錯覚を生みだしつつ、テキストの受容の仕方を条件付ける。また、内なる本[物語]は個々人の空想やごく個人的な信念によって編まれており、それが読書欲の源、自分が読むべき本[物語]の探求の出発点にもなっている。まさにそういう変幻自在の何かこそ、あらゆる読者が追い求めているものであり、人生をかけて出逢うことのできるどんな最良の本[物語]もその不完全な断片に過ぎない。だからこそ、その何かを絶えず追い求めつづけることになるのだ。

 すこし話を整理しておこう。ナラティブ・ハビトゥスとは、バイヤールのいう「内なる本棚」から着想を得たもので、個々人にまつわる無数の物語の総体のことである。あるいは「私」たちは物語によって「養われている cultivated」という意味で、物語についての個々人の「教養 culture」のことであるとも言えるだろうか。それが新しい物語との出会いを方向づける。新しい物語を受容するアンテナの感度や周波数を絶えず調整しているといってもいい。そして、実際に新しい物語に出会ったときには「内なる物語」と呼ばれるフィルタがおのずと立ちあらわれる。これは個々の物語を解釈するための枠組のようなものだ。新しい物語はこのフィルタをとおして個人的な意味づけを与えられることによってはじめて、ナラティブ・ハビトゥスという物語の森のなかに居場所を持つことができる。
 フランクはこのような心的なメカニズムを想定することで、どうして特定の物語の呼びかけが特定の人の耳には届いたり届いたりしない傾向があるのか、という問いに答えようとした。この点は、フランクの社会物語学において、もっとも人間中心主義的な色合いの濃い部分であると言っていい。というのも、このように精神分析的なアプローチを通して人間側の視点から人と物語との関係を記述すればするほど、物語の行為者としての側面が見過ごされることになるからだ。
 フランクの社会物語学における人間中心主義的な側面は『Letting Stories Breathe』という著作の題にも端的に示されている。物語に息をさせる主体は私たち人間である。フランクの社会物語学は当然、それ自体でひとつの物語である。フランクの物語においては、物語が人と同じ立場でソーシャルを作る行為者であるという設定でありながらも、主人公の位置を占めているのは物語ではなく、私たち人間の方である。このことはなにより「社会物語学の目的は単に記述的なだけではなく、同時に倫理的でもある」とフランク自身が述べていることにもあらわれている。倫理的であるということは「私たち人間が何をすべきか」を問うということであり、実際にフランクは「(私たち人間は)物語とどのように付きあっていくべきなのか」という問いを立て、それに答えようとしている。
 その一方で、同時に踏まえておかなければならないのは、フランクはまさに「私たち人間が何をすべきか」という問いをめぐる議論のなかで、物語が単なるモノなのではなく、私たち人間には計り知ることのできない他者であることを強調してもいる、ということだ。実際、バイヤールの議論を引いた際にも、ナラティブ・ハビトゥス形成のメカニズムを描きだす上での有効性を認めつつ、次の留保を付け加える。

バイヤールはすべての出来事を意識の側、またしばしば無意識の側から説明しようとするが、私はむしろ物語に息をさせたい。たとえ内なる本棚に居場所を持たなかったとしても、それでもなお私たちを私たちたらしめてくれるような物語がある。結局のところ、物語には私たちを出し抜く力があるのだ。[…]「私たちは寄せ集められてきた本の総和である」とバイヤールはいう。たしかにそのとおりだと思う。「物語的なアイデンティティ」をめぐる議論のエピグラフにふさわしい言葉だ。しかし「物語による自己形成のプロセス」について語るとしたら、どうだろうか。その場合は「寄せ集め」は決して終わらないし「総和」は決して定まらないということになる。[…]私たち人間は絶えず寄せ集まりつづける物語の総和である。というのも、物語が私たちの内なる本棚を打ち破り、古い寄せ集めに不意打ちを与えるということがしばしば起こるのだ。

 フランクはこのように私たちを出し抜き、不意打ちを与える力を持った物語のことを「トリックスター」として理解しようとする。物語はなにより危険な他者である。そのような物語とどのように付きあうべきなのか、という倫理的な問いをめぐるフランクの議論をこれから見ていくことにしよう。

物語というトリックスターとの付きあい方

 この「私」を日々形作っている物語たちとどのようにうまく付きあってゆくことができるのか。物語たちとの「よき共存」のためには、何をなすべきなのか。フランクはこの問題に対して、三段階にわたる答えを用意している。第一に、物語が私たちの手に負えるものではないことを認識すること。第二に、物語を多種多様にすること。第三に、トリックスターとしての才覚を磨くこと。ここでは、フランクの社会物語学の倫理的な側面に光を当てるために、順を追ってこれらの三つの提言を見ていくことにしよう。
 まず、物語が私たちの手に追えるものではないことを認識する、ということは、物語のトリックスターとしての性格を理解する、ということである。トリックスターとは、昔話などに登場するキャラクター類型の一つで、たいていいたずら者としての性格を持ち、物語の番狂わせをする。その一例としては、たとえば「かちかち山」という昔話に登場するウサギ、あるいはタヌキが挙げられる。性悪のタヌキに一杯食わされた翁おきなが、山に住むウサギにかけあってタヌキを成敗するという日本語圏では広く知られた物語である。タヌキは媼おうなをやすやすと手玉にとって殺し、その肉を翁に食わせるほどの狡猾さを備えていた。しかし、同時に間の抜けたところもあり、同じく奸智に長けたウサギに丸めこまれ、ついには懲らしめられてしまうのだった。
 トリックスターという用語自体はもともとポール・ラディンという文化人類学者がアメリカの先住民族の民話を分析する際に用いたもので、カール・ユングとの共著『神聖な道化 Le fripon divin』(1958)によって世界的に知られるようになったようだ。ラディンによれば、トリックスターとは創造と破壊、善と悪、知と無知のように様々な両価性を帯びたキャラクターの類型のことである。『Trickster Makes This World(トリックスターの系譜)』(1998)の著者であるルイス・ハイドの言葉を借りれば、トリックスターには善悪をはじめとする「ボーダーを超える力」がある。それと同時に「ボーダーを生じさせる力」があるという。つまり、二項的である価値の両側に身をおくことができるし、価値という二項的な区別そのものを発生させることもできる。
 たとえば、古事記に登場する太陽神のアマテラスは、みずからの輝きによって光と闇の二つの世界の区別を立てることができる。ところが、洞窟という闇の世界にこもってしまうことで、その区別そのものを失わせてしまう。しかし、アメノウズメという芸能の神が番狂わせのための一計を案じてアマテラスを洞窟から引きずり出すことによって、ふたたび光と闇の区別が回復したのだった。
 フランクによれば、このようなトリックスターの働きは、物語それ自身が備えている力であり、まさにその点にこそ倫理的なかけ金が置かれている。

物語の力は、私たちにとっての厄介事でもある。物語はあまりにも巧妙にみずからの務めを果たす。その務めとは、あらゆる価値の源泉になる、ということだ。[…]このことは、すでに引いておいたポール・ラディンの主張にも通じる。「あらゆる価値は、トリックスターのふるまいを通してはじめて、発生する」。さらにこの定式を補完するためにルイス・ハイドの言葉も引いておこう。「物語におけるトリックスターは、物語それ自体である」。物語に囚われているにせよ、生かされているにせよ、私たち人間が物語といかに正しく付きあうのかということは、すこしも容易な問題ではない。22

 トリックスターとしての物語の両価性は、それが多様な解釈を求めるというところにもっともよくあらわれている。フランクによれば「物語は、特定されるのを拒む。物語は同時に様々なものであること、単に複数の理解の仕方が可能な世界というより複層的な理解を要する世界に人間を住まわせることに長けているのだ」という。物語をボーダーの片側に押しこめられたり、縛りつけることはできない。物語はつねに裏をかく。
 また、それと同時に、私たち読者や登場人物を巧みに丸めこんでボーダーの片側に押しこめようとするという点、ボーダーを暗に設定してしまうという点においても、物語はトリックスター的である。フランクによれば、物語には、特定の登場人物の視点に立って、当事者にとっての「真実」をさももっともらしく見せるような力がある。そうすることで、ほかにも取りえたはずの視点やほかにもありえた物事の成り行きを後景に退ける。物語にはこのようなフレーミングの働きによって、複雑であるはずの世界を単純化する。そして、まさにそうすることによって世界をいっそう複雑にしてしまうという。

物語が私たちの危険な伴侶となるのは、物語が物事をあまりにも単純化してしまい、そのときに捨象したものをあまりにも巧妙に隠してしまうようなときである。[…]物語は現実のただ一つの断片についてただ一つの見方からしか判断できないような場所に聞き手を立たせてしまう。このような取捨選択の働きは、ほかの断片やほかの見方をそもそも選択の余地から除外してしまっているという点で、ひとつの主観的な価値判断である。[…]読者は物語が注意を引いてみせるもの以外のことに思いを馳せる力を一時的にでも奪われてしまう。そのような催眠作用を物語は持っているのだ。

 では、私たちを欺き、虜にしてしまう力を持ったトリックスターとの「よき共存」のあり方をどのように模索していくことができるのだろうか。そこで重要になるのが物語を多種多様にするということである、とフランクはいう。一つの物語を相対化するためには、なにより二つ目の物語が要る。

物語との付きあいは物語を通して考えることから始まる。しかし、ゆくゆくはそこからさらに進んで、物語たちについて考える力によって舵がとられなければならない。物語たち、と複数形で言うことには、倫理的に大きな意味がある。ひとつの物語に囚われてしまうのではなく、ふたつの物語を生きることによってこそ反省は始まる。ふたつの物語は、対話を誘発する。[…]複数の物語が反省のために必要なのは、それぞれが相手の迫真性に対して批判的な距離を開いてくれるからだ。とりわけふたつ目の物語が必要になってくるのは、それがひとつ目の物語とまったく相容れないようなとき、ひとつ目の物語の当事者たちが自分たちの立場は何ものにも代えがたいと信じて疑わないようなときだ。危険はこのような当事者性の特権化から始まる。[…]そのとき、世界をふたたび複雑にしてくれるのは、ふたつ目の物語である。まさにそれこそが相容れないということの意義であり、倫理的であるということの意味なのである。

 物語を出し抜くことはできない。つまり、ひとつの物語に対してそれを俯瞰するような視点に立つことはできない。物語こそがなんらかの視野を可能にするのであって、物語の外にはいかなる視野もないからだ。それゆえにこそ、物語というトリックスターを出し抜くことを考えるのではなく、できるだけ複数の物語を生きることが重要である、とフランクは考える。では、どのように複数の物語を呼びこめばいいのだろうか。フランクは次のように述べている。

物語は語られなおすごとに形を変えてゆく。変化は避けがたいものだが、急速なわけでもない。[内なる本棚がセクションの新設に対して原則としては消極的であったように]物語には変化への耐性がある。むしろ、物語が進んでしようとするのは、ほかの物語を呼びよせるということだ。その点にこそ迅速な変化のチャンスがある。物語に息をさせるということは、物語を野放しにするということであり、物語はそのとき自然と別の物語へと通じるようになっている。もし仮にも本質的に「悪い物語」というものがあるとすれば、それは同じ内容を異なる視点からとらえた別の物語に移るのを妨げるような物語である。[…]しかし、幸いなことに、物語におけるトリックスターは物語自身である。物語はかならずいつかどこかで専制的な押しつけにみずから反旗を翻す。

 物語任せにするということ、物語がほかの無数の物語に連なってゆくのに任せるということは、私たちが自身のナラティブハビトゥスという物語の森の全体性に目をむけ、絶えず変化するその全体性を生きる、ということでもある。とはいえ、すでに見たように、ナラティブハビトゥスは私たちがどのような物語と出逢うのかをあらかじめ方向づけてしまうような与件でもある。つまり、物語任せにする、という私たちのふるまい自体もまた過去の物語の集積によってすでに条件づけられてしまっている、とも考えられる。これはゆるやかな決定論的な考え方である。いくら物語にはナラティブハビトゥスを出し抜き、私たちに不意打ち与える力があると言っても、そのような機会が訪れるのを漫然と待つことは、何もしないに等しい。
 では、結局のところ、物語とのよき共存をしてゆくために私たちは何をすべきなのだろうか。そこで、最後にフランクが提案しているのがトリックスターとしての才覚を磨くということ、みずからトリックスターになるということである。これは、みずから物語の働きを真似るということ、物語の働きから学ぶということ、と言いかえることもできる。フランクによれば、トリックスターを演じる上で重要なのは、めぐりあわせである。しかし「めぐりあわせ」とひとことでいっても「利口者のめぐりあわせ 」と「間抜け者のめぐりあわせ」があるという。フランクはルイス・ハイド(1998)の次の発言を引いている。

間抜け者のめぐりあわせ。それは博打にいくら買っても豊かにならないギャンブルラーのめぐりあわせのことであったり、宝くじの当選をきっかけに結局は散財をして破産に追いこまれてしまうホテルの従業員のめぐりあわせのことであったりする。実を結ばず、次に繋がることがない。ひるがえって、利口者のめぐりあわせに恵まれた者は、思いがけない出来事に際して、巧妙かつ抜け目なく立ちまわる。たとえば、竪琴の発明者でもあるヘルメスも巧妙で抜け目がなかった。だからこそ機転を利かせて数々のチャンスを物にすることができた。

 日本には「塞翁が馬」として知られる中国の故事があり、万事なるようになる(成り行きに任せたほうがいい)という意味あいで引かれることがある。次のような筋書きの話である。辺境の要塞のほとりに暮らしていた翁があるとき、飼っていた馬に逃げられてしまった。しかし「いずれ物事が好転する」と翁が考えると、やがて翁のもとに馬が帰ってきた。その上、新しい馬を引き連れていた。ところが、今度は「いずれ物事が悪化する」と翁は考えた。すると、息子が乗馬の最中に馬から振り落とされ、足を折ってしまった。しかし、今度はふたたび「物事が好転する」と翁が考えると、息子はその怪我のおかげで徴兵を免れることができた、という。話はそこで幸福を切りとるようにして打ち切られているが、物語はその後も二転三転する可能性をつねにひめている。
 この故事は、出来事が手のひらを返すように両価的に反転してゆくという点で、物語がトリックスターであるということを馬のアレゴリーを通して巧みに描いている。さらにそれだけではなく、物語の両価性を受けとめるための心の準備が大切であるということもその教訓として開示してくれてもいる。フランクが言おうとしているのは、塞翁のように次々と新しい局面に移ろってゆく物語に対して虚心に接するということでもある。このことは、自分自身のふるまいに対して一方的な善悪の判断を下さない、ということにも通じる。フランクはルイス・ハイド(ibid.)の次の発言を引いている。

私たちは自分たちのふるまいの善し悪しをつねにはっきりさせておきたいと思うものだ。しかし、本来的に曖昧なものをはっきりしていると信じこむことは、かえって善悪の判断を妨げることになる。正しさという厚い皮をかぶった残虐性を招いてしまうことにもなりかねないのだ。

 善悪の判断を下す、ということは、ひとつの物語、ひとつの視点を生きる、ということでもある。しかし、ひとたび視点が変われば、善悪の尺度も変わる。そこでフランクはミハイル・バフチンにならって、物語や私たち自身の「決定不可能性」が重要であるという。たがいの片割れとして共存している物語も私たちもつねに宙吊りの状態に置かれている。ひとつの物語に囚われているかぎり見えてこないが、視点を複数化してみると、水晶の欠片のように輝きを複雑に分光していることがわかる。フランクはこのように考え、物語と人とのよりよい付きあい方について探求してゆくのが社会物語学であるとした。
 これでようやく、中上の議論を追う準備が整った。フランクの社会物語学は、これまでに概観してきた物語をめぐる日本語圏での議論とあわせ、中上を相対化して評価するための「ふたつめの物語」としてきわめて重要な役目を果たすことになる。というのも、中上もまた自身の物語論の倫理的な側面を重視しており、まさにそのような文脈において物語のトリックスター的を論じてもいるからである。中上の言葉を借りれば、中上の物語論は「人倫」をめぐる問いでもあった。そして、そのあたりに中上の議論をフランクにならって「社会物語学的」と呼べるようなところがあるという予測を立てることができる。
 しかし、徐々に明らかになってゆくように、中上の考える「人倫」は、フランクの考えたような倫理の問題とは根本的にかけ離れている。これは「物語」というものについての理解が根本的にずれているところから来ている。だからこそあらためてここで問いなおさなければならない。中上のいう物語とは何なのだろうか。


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