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宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと:「中上健次」ができるまで

(連載の続きになります。これまでの記事はこちら。)  中上健次のいう物語とは何だろうか。前回まではこの問いを扱うための枠組み作りとして、物語という語にまつわる日本語ならではの問題や、物語をめぐる日本語圏や英語圏での議論を取りあげた。そして、物語の力というものを問題にしつづけた中上の物語論は「社会物語学的」とでも呼べるような特徴がある、という作業仮説を立てた。  この仮説を検証するためにこれから中上の議論に立ち入ってゆくのだけど、あらためて留意しておかなければならないことがあ

    • 宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと : アーサー・フランクのいう物語とは何か

      ※ 連載の続きになります。これまでの記事はこちら。  前回は、中上健次が物語というものについて論じた1970-80年代の時代背景を押さえておくために、同時代のフランス思想に通じた批評家の蓮實重彦もまた物語に関心を持っていたこと、蓮實のいう物語は「法」として私たち人間を含めたこの世界を物語論的に組織するような働きであるということを確認した。そして、中上が蓮實の議論に刺激を受けつつも対抗心を抱くようになり、ついには蓮實のような俗物の考えるものと自分の物語論とは違う、と息巻くとこ

      • 宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと : 蓮實重彦のいう物語とは何か

        ※ 連載の続きです。これまでの記事はこちら。 1.3.2. 蓮實重彦のいう物語とは何か  前節では、藤井貞和の議論を手引に「物語」という語についての意味論的な考察をすることで、中上健次の物語論をこれから読んでゆくための補助線を引いた。そこでさしあたり立てた仮説は、中上の物語概念の元ネタのひとつとして折口信夫のいう物語があり、それが単なるモノともコトともつかないもの、ある種の不特定性としての力=マナ=霊がモノやコトとして現働化するようなシステムであるというものだった。中上は

        • 静かなストライキの起こし方 3

          コモン、コモナー、コモニングをめぐって、マルクスを読みなおす  マルクス主義研究者の斎藤幸平さんは「コモン」というものをキーワードのひとつにしてカール・マルクスの思想を読みなおしている。斎藤さんによれば、資本とはそれまで商品として扱われてこなかった公共財であるコモンを占有して商品化する運動なのだという。その典型として、かつて数度にわたってイギリスでおきた土地の囲いこみ(エンクロージャー)がある。資本家が利益追求の仮定で農民を土地から追い払い、その結果として都市に流入した農民

        宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと:「中上健次」ができるまで

        • 宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと : アーサー・フランクのいう物語とは何か

        • 宗教二世がフランスで考えた中上健次と社会物語学のこと : 蓮實重彦のいう物語とは何か

        • 静かなストライキの起こし方 3

          静かなストライキの起こし方 2

          物騒な革命、静かな革命 万国の労働者よ、団結せよ、という有名な煽り文句がある。マルクスの『共産党宣言』(1848)によって知られるようなった言葉だ。Wikipediaによれば、初出はフローラ・トリスタンという女性フェミニストの『労働者連合』(1843)だという。気になったので、英語版に目を通してみた。しかし、それらしき煽り文句は見つからなかった。そのかわりに、エピグラフには「Workers, unite-unity gives strength」とあった。「労働者よ、団結せよ

          静かなストライキの起こし方 2

          静かなストライキの起こし方 1

          生活保護についての覚書 1. 全国の若者よ、無職になろう そんな煽り文句がふと思いうかんだ。  いつものようにコタツのなかでみかんを頬張りながら漫然とツイッターをながめていたときのことだった。 「オーストラリアにワーホリで来てから4年3ヶ月目。ついに2000万円貯まりました」というつぶやきがまず目にとまったのだった。  この手の話は特に円安のはじまった2021年以降、様々なところでささやかれるようになってきている気がする。たとえば、2023年の2月には「安いニッポンから海外

          静かなストライキの起こし方 1

          Christmas Eve By Eduardo H. Galeano

           毎年、クリスマスが差し迫ると、エドゥアルド・ガレアーノというジャーナリストによって語られた短い話のことを思い出す。彼がフェルナンド・シルバというニカラグア人の医師から直接聞いた話であるようだ。それが「クリスマス・イブ」という題で文章化され、英語に訳されたものが『The book of embraces』(1991)という本に収められている。現在ではInternet Archiveで閲覧可能になっている(p.72)。とても短い話なので、ここに和訳しておく。  クリスマスまで

          Christmas Eve By Eduardo H. Galeano

          フランスで中上健次について考えたこと

          こちらに引っ越しました。 https://mimei.maudet.net/3612 序章 問題の所在1. 中上健次のいう物語って何なんだろう1. 1. 中上と僕自身のこと、フランスのこと  フランスで中上健次について研究しようと思っているのです、とある日本の文学研究者の方に打ち明けたところ、どうしてわざわざ海外でそんな古風なことをするのか、と訝しまれたことがあった。この日本でさえ、よほどの硬派でなければ中上健次なんてやらないのに。1980年代にはあんなに持てはやされた作

          フランスで中上健次について考えたこと

          卵刈り空青ざめる

           はとのことが生まれつき好きだった。幼年を過ごした名古屋市昭和区の2Kのコーポでははとがよくベランダに降りたった。赤ん坊の私はその姿を見るたびに並々ならない興味を示したらしい。生まれてはじめて口にしたことばが「ぽっぽ(ぽおぽ?)」だったという。パパでもママでもない。生粋のはと好き、はとっ子だった。そんな自分は、はとのことをハトとカタカナで書くのに抵抗がある。イヌやネコのような動物としての概念を話すならたぶんハトと書く。けれども、ひらがなに開かれた「はと」がいちばんしっくりくる

          卵刈り空青ざめる