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映画祭日記(2004年釜山アジア短編映画祭)

※当時書いた日記をそのまま転載しています。

1日目

5月8日午前、成田空港に行くスタッフが続々と集合。参加者は写真の通り。驚きの大人数での観戦ツアーになった。

夕方4時頃、釜山の空港に到着。到着口を出ると「PARADISE CAFE」と書かれたボードを持つ青年がいた。しかし、すぐ近くにツアーのガイドさんらしき人もいる。櫻井プロデューサーが携帯電話を借りに行っている間、変な緊張感に包まれた。ボランティアの青年にヘルムートの上映時間を確認したところ、確実に明日上映だと言うことが判明。櫻井プロデューサーが戻ってくる前に、ガイドさんに正体をばらす。一行はバスに乗ってマリオットホテルに。そこから映画祭に行く組と自由行動組に別れた。会場の大学が近づくと街に映画祭のフラッグがかかっていたりと、そこそこ盛り上げている事がわかる。

会場に着き、一人ずつIDカードをもらった。予想以上にちゃんとした映画祭である。しょぼい覚悟もしていたが全然まとも。事務局の人たちはいきなり英語だ。言っていることの45%ぐらいは分かるがよくわからない。宮地さんに通訳してもらい、いろいろ状況が掴めるようになった。チキショー!英語が出来ないなんて!英語さえ出来れば!英語のバカヤロー!と地団駄を踏む。IDは全員分出来ていなかったので、その間「デイリー」の取材を受けることになった。どうやら、日本からスタッフが来ると言うことで待っていたようだ。まずは集合写真を撮ってもらった。

取材を受ける前に、事務局の人に、「上映後、監督が舞台に上がってもらってパネルディスカッションをしたいと思います。」と言われた。「どうしますか?やりますか?やった方が経験としては絶対にいいと思いますよ。」と有無を言わせない感じ。ここまで来てみんなの手前とても断れないだろうというバランス感覚も働きやることに。

中年の日本語が出来るおじさんが通訳をやっての取材。ヘルムートのコンセプトなどいろいろ聞かれたが、何を聞かれたのかは具体的には忘れてしまった。「そうですねえ。」とか「割とそんな感じです。」みたいな受け答えをしていた気がする。取材が終わり、チラシを貼りに行く。

その日、夜10時から映画を出品したスタッフが集まるパーティがあると聞く。夜はみんなで焼肉を食べに行った。「これはもう韓国に来ないと絶対に食べられないぐらい美味い!」という感じではなかった。美味いことは美味いが、日本の焼肉だって美味い。飲んだくれてホテルに戻ってから近くの街に繰り出した。大雨が降ってきたので傘を差しての移動。このころにはすっかりパーティのことは忘れてしまっていた。今思えば、無理にでも行っておけば良かった。

2日目

日中はそれぞれ個別に自由行動。夕方5時にヘルムートが上映されるプログラムが始まるので、そこで集合。IDカードを差し出し、その場でチケットを発行してもらう。

デイリーには昨日取材された記事が出ていた。

会場には空席がないほど人が入っている。たぶん上映される作品のジャンル分けとして「その他」的なジャンルの映画のプログラムである。あまり批判的な目じゃなく、優しい目で上映作品を見てみたが、それでもあまり面白くない。ヘルムートの直前には50分のドキュメンタリーが「幸運」にも上映された。会場が修行僧のように耐えた後、ヘルムートの上映である。タイミングとしてはこれ以上良い条件は無い。しばらく間が空いた後、冒頭のニワトリの映像が出る。一気に手に汗を握り始める。ヘルムートのタイトルが出て、画面にヘルムートが登場したところで笑いが起きた。「え?」という気分のまま、上映が進んでいくと、「仕掛けた部分」では確実に笑いが起き、予想だにしなかった場所でも笑いが起きている。「フフフン」という大人っぽい笑いではなくて、会場全体がちゃんと笑っている。心臓の鼓動が1分間に600回ほどのペースになる。秒10回である。あまりにもドキドキしてしまい、上映後の質疑応答で緊張するといけないので大きく深呼吸をしたらおさまった。

日本でいろんな人に見せても、誉められることは少なく、「笑った」なんて人は皆無だったので、会場の反応にはかなり驚いた。ヘルムートが組み込まれていたプログラムが終わると、観客が一気に帰り始めた。質疑応答があるというインフォメーションをしていなかったらしく半分以上の人が帰ってしまった。無理矢理、プロデューサーを道連れにして壇上に上がった。

司会者が、「質問はありませんか?」と言っても誰も手を挙げる人がいなかったが、一人が質問をし出すと、次々に手を挙げる人が出てきた。質問には普通に答えていたのだが、なぜか通訳が通訳し終わると笑いが起こる。どうやら釜山の観客は良く笑う人たちのようだ。10分ぐらい質疑応答をしたところで終了。

すでに始まっている閉会式に向かった。質疑応答の通訳をしてくれた女性によると、ヘルムートの韓国語訳をしてくれた人が日本から来るスタッフに会いたがっていたと言っていた。韓国スタッフの間でもヘルムートはかなりウケていたらしい。授賞式が始まり、賞の下の方から受賞作品が読み上げられていく。よく見てみると、受賞者が座っている場所が同じである。受賞者はあらかじめ事務局から連絡を受け、しかるべき場所に座っていたようだ。それがすぐに分かったのですっかり気分も落ち着いてしまった。

授賞式の後、受賞作品の上映である。1位と3位は30分近い大作であり、2位はいわゆる実験映画系であった。「うーん、これではヘルムートが受賞するのは難しいなあ。」というトーン。しかし、よく出来ている。見応えという事で言えば、かなり見応えはある。英語字幕を読み切れないので、30分の作品は結構辛い。欧米で評価されているショートフィルムの傾向とはまた違う感じであった。

夕食はみんなで海鮮料理屋へ。死ぬほど刺身を食べた。美味かった。サンチュで刺身を包んで食べる焼肉スタイル。これは日本ではなかなか食べられない。

その後、男子チームはディスコと呼ばれる場所に行った。なかなか「せつなさ」を感じる店であった。

3日目

空港に行く途中、土産物屋に行って、おのおのおみやげを買う。午後、日本に帰国。とても収穫のある観戦ツアーだった。海外の映画祭に参加するのは初めてだったが、これはやばい。結構、はまりそうになる。観客じゃなくて作品のスタッフとしてみんなで映画祭に行きたいから、選考に残る作品を作らなければならない。選考に残っただけではなくて、会場では確実にウケたい気分にもなる。そして、出来ればなんらかの賞も受賞したくなる。だから、外国人にもわかり、ウケて、それでいて選考に残るほど面白くて、完成度の高い物を、スタッフみんなで楽しんで作らなければならない。「みんなで楽しんで作る事」がかなり重要である。なんらかの「評価」のみを目的に、過酷でつらい制作をして結果を出しても意味がないのである。

要するに、「みんなで映画を作って、それが選ばれて、みんなで映画祭に行く事。」が楽しいのである。釜山に行ったことで割とどんな作品をどんなモチベーションで作ればいいのかが明解になった気もする。質疑応答の時、「来年も選考されるような物を作りたいです。」と言ってしまったが、釜山だけが大勢のスタッフで行ける唯一の海外の映画祭なので、来年も是非選ばれたい気がした。少なくとも3年連続ぐらい選ばれるといいなあと。こんなに面白いことがあるのに何で今までやってこなかったんだ!とすら思ってしまう。

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