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ビニール袋

閉店20分前に駆け込んだのだが、店に入った瞬間嫌な臭いがして反射的に息を止めていた。

今日も。まただ。

以前もこの店で感じたことがあった。なんの臭いなのかどこから臭うのか、その日ははっきりしないまま店を後にしたのだった。気にはなったが、疲れていて早く家に帰りたかったのもある。

入り口に高く積まれた青い買い物かごを手に取って、シャンプーの棚、生活用品の棚を通り過ぎる。嫌な臭いは入り口付近で止まることはなく、どちらかというと奥に進むほど強くなる。

早く店を出よう。

そう思い、パンの陳列棚を急ぎ足で曲がった時、一人の客が、買い物かごを持って牛乳の前に立っているのが目に入った。

わたしはその女を見たことがあった。
今日と同じ閉店間際のこの店で。レジに向かって歩く姿を遠くから見かけただけだったが、その時も今と同じ臭いが店中に漂っていたのだった。

ごく普通の女に見えた。ライトグレーのロングコートに白っぽいマフラーを巻いている。少し離れた場所から横目で見ていると、ぼんやりと立っている女の後ろを、店員が無言のまま早足で歩くのが見えた。女は牛乳を一本かごに入れると、こちらに向かって歩き出した。わたしは炭酸水を手に取り、他のものを見るフリをしてその場に立っていたが、女が通り過ぎる時強烈な臭いがして、思わず顔を背けた。

通り過ぎたのを見計らってそっと振り向くと、女が買い物かごとは別に、ビニール袋を下げている後ろ姿が見えた。水っぽい重みでドロンと下に垂れ下がった白いビニール袋は、シワシワで茶色いシミがついていた。

女はそのままゆっくりレジに進むと普通に会計をした。レジの店員は下を向いて、手際良くバーコードを読み取っている。女が支払いを終えたのを見て、わたしもレジに向かった。
レジ周りには腐敗臭が激しく立ちこめていた。わたしがかごをカウンターに乗せると、店員は無言のまま商品をカゴからカゴへ手際よく移動し、本来なら有料である買い物袋を、会計済みの商品の上にそっと乗せた。

女がコツ、コツとヒールを鳴らしながら出口に向かって歩き出したので、わたしはその後ろ姿を目で追った。女は左手に、どろんと丸く垂れた袋を下げていた。臭いの元は、あの袋の中身に違いなかった。

女が自動ドアの前へ立った時、その袋からポタ、と黒い液体が垂れた。

よく見ると店のそこらじゅう、女が歩いたところは点々と黒い跡がついているのだった。わたしは自分の足元に目を落とした。靴の下に女の残した黒いものを踏んでいて、思わず床に靴底を擦り付けた。



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