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ある男|18−4|平野啓一郎

単刀直入に「曾根崎義彦さんの代理人をされてるんですよね?」と尋ねると、「……はい。」とあっさり応じた。

城戸は、拍子抜けしつつ、あまりに頼りないので、ひょっとすると本人ではなく、友達か何かなのだろうかと今度は逆の疑いを持った。

「ご連絡しました通り、谷口大祐さんが三年前に亡くなられたんです。それで、奥様が、生前のことで知りたがっていることがありまして。」

「谷口……さん、は、……結婚してたんですか?」

「はい。お子さんもいらっしゃいます。」

「奥さんは、何をしてる人ですか?」

「文房具店で働かれてます。」

「そうですか。……何を知りたがってるんですか?」

「詳しいことは、曾根崎さんご本人じゃないとお話しできません。」

「……僕、……私は、代理人なんですが。」

「それは、確認できませんから。」

城戸は、微笑して言った。

「城戸さんは、……どの程度のことを知ってるんですか?」

「多分、ほとんどのことを知ってます。私は、曾根崎さんとの面会を希望しています。実現して、もし曾根崎さんが望まれるのでしたら、何が起きたのかをお話しします。」

「……。」

「私自身は、谷口さんと曾根崎さんとの間で行われたやりとりについては関知しません。ただ、死というのは、必ず訪れますから、何が問題となるのか、法律家の立場から曾根崎さんに助言することは出来ます。そういう機会は、あまりないと思いますので、お役に立てると思いますよ。」

城戸は、反応から半ば相手が、谷口大祐本人であることを確信し直して、説得するように言った。黒い画面の向こうでは、また沈黙が続いたが、何かを考えているような、舌打ちに似た口を動かす音が聞こえた。

やがて、本物の「代理人」である城戸の話し方が移ったような口調で、相手は唐突に、思いがけない話を切り出した。

「城戸さんは、後藤美涼さんとは、会ったことがあるんですか?」

「ええ、……ありますけど。」

「後藤さんは、フェイスブックの偽アカウントの人を、谷口大祐さんだと本気で思ってるんですか? 大体、誰なんですか、あの管理人は? 谷口恭一ですか?」

「それも、曾根崎さんご本人とお話しします。」

「いや、……ちょっと待ってください。私の依頼人が、後藤さんがお元気かどうかを気にしています。」

「元気そうです、私の見た限りでは。」

「だったら、伝言があります。」

「誰からのですか?」

「私の依頼人からです。」

「何でしょう?」

「……謝りたいと言ってます。」

城戸は、言葉もなく、しばらく真っ暗な画面を見つめていた。相手からは自分が見えていることを一瞬忘れかけていた。

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