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踏んだり蹴ったりの人

バスを降りて、
草の生い茂る道を歩いていた。
ポツンとある
1軒のコンクリで出来たギャラリーが
その会場だった。

僕はその人のライブを見に行く
お客さんだった。
ポツンとある1軒屋、
そこにあまり人影はなかった。

その人のライブは
静かなアコースティックサウンドな
音楽だった。

彼女と僕は友人だった。

僕は彼女に尊敬されている、
目標とされている、
リスペクトされているような
存在だった。

でも、
彼女の方が
アーティストの仕事として
人気があった。

彼女の音楽は
仕事として発注しやすそうな
汎用性があった。

彼女は僕の音楽の
好き理解者だった。

僕の繊細な感性を尊敬し、
憧れていた。

「私には出来ない」
と。

彼女は人柄もセンスもPOPだった。
もしくはもっと繊細で美しく表現することに
長けていた。

彼女は、
僕を尊敬しながらも、
「あの曲だけは
受け付けられない」
と言っていた。

僕が一番大切にしている曲だった。

その曲は
僕の「本質」とも言える曲で、
その他の曲は、
「これ」に、あとは
どんな客層にリーチできるかを
意図したテクニック(処世術)を
盛り込んだだけのものばかりである。

「そこ」が彼女には受け入れられないのは
彼女が売れてる秘訣なんだろうな。
なんて思いながら帰路のバスに乗っていた。

********

ライブのお客さんは
疎らだったが、
熱狂的なファンが多かった。

そんなお客さん達と
同じバスだった。

よく見ると
妹を虐待している兄妹がいた。

何か非道いことをされていたが
見るに見かねるくらいになった時、
何らかの格闘技の達人が、
目で兄を制していた。

「これ以上のことをするのはおやめなさい。
あなたはわかっているはずだ。
自分がとても弱い存在なので、
自分より弱い人には尊大な態度に出られるが、
自分より強い男には
何をする勇気もないはずだ」

と、
口で言ったかどうかは
判別できないが、
そんなプレッシャーを
兄にかけていた。

ライブ会場での
兄の調子の良さを
思い出していた。

活動的な感じだったけど
あまり関わりたくないタイプだった。

********

「やめとけよ!」

と僕は思っているのに
その格闘家はプレッシャーをかけていた。

兄はナイフを持ち出した。

格闘家は動じない。

動じているのは兄だ。

そのプレッシャーに耐えきれず、
兄は格闘家に襲いかかった。

格闘家は兄を振り払った。

手にしていたナイフが宙を舞う。

「キャ!」と
乗客の女性の方へナイフが飛ぶ。

何事もなかったようだけど、
血が流れていた。

大事件になってしまったショックを感じて
兄がバスから逃げようとする。

僕がとっさに捕まえにかかる。

腕を掴んだが、
彼はバスから飛び降りた。

僕の手には
彼の右手だけが残っていた。

*************

なんていうことだろう・・・

彼の人生は踏んだり蹴ったりだ。

妹を虐め、武道家に傷つけられ、
こんな貧弱な僕に捕らえられ、
右手を失い、
警察に捕まって・・・。

これまでも、
この先も、
何か人生を取り戻せるような
チャンスはあるのだろうか?

******

こんな経験は
もう懲り懲りだ。

ライブの帰り道、
煌びやかなアーティストの彼女には
何も関わりのない事件。

関わったのが僕だというのが
何とも僕らしい。

トボトボと街を歩く。
何だか、僕が聴いてきた
アメリカとか、イギリスの
Rockとかの音楽を思い出していたら、
そんな聞き馴染みのある音楽が聴こえてきた。

坂の上の通りで
讃美歌を歌う聖歌隊が歩いていた。

そういえば、
僕の聴いてきた音楽と
讃美歌のメロディは
よく似ているな。

よく見ると
クリスチャンの人たちって
みんな良い顔してるよな。

彼らが先遣隊となって、
世界中を植民地化して、
世界の歪みを創ってきた
とも言えるのに、
「正しい」と信じて生きている彼らを
咎めることはできないよな・・・。

そんな素直な清々しさに
禍々しさが排除された
よそよそしさを
つぶさに感じて、
僕が今、
今生として定められた
定位を感じた。

**********

翌日も、
そのアーティストのライブだった。

僕がそこに向かっていたのかどうかは
定かじゃないが、
僕がバスに乗っていると、
昨日の兄妹の兄が持っていたと思われる
焼酎の瓶が、
なぜかひっくり返ってきて、
僕らに飛び散った。

一番被ったのは、
運転手をしていた
20年ほど前、一緒にバンドやっていた
元ドラマーの友人だった。

「これ水? 焼酎?
嫌んなっちゃうな」

と言いながら、
表情ひとつ変えずに
淡々とバスを運転していた。

感情や、感覚を
排してしまえば
どんな境遇でも
平然と乗り越えていけるのかな?

そんなふうに思って
夢から覚めた。

風邪はだいぶ治ってきた感じだ。

変な余韻があったから、
noteに書いてみた。

僕らしい経験だと思った。

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