映画館は、「孤独でもいい場所」である。

小学生の頃。学校で超嫌なことがあった日の夕方、親は突然ふらっと僕を映画館に連れてった。

観たのは「ナッティ・プロフェッサー」

出来は普通だったけど、帰る頃には少し気分はよくなってた。

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人生を変える名作じゃなくても、映画館を出たあと1ミリだけ救われてることは全然ある。

そういう「そこそこの映画」は意外と大事で、「そこそこの映画」が映画館でやってる事実はなんとなく「そこそこの自分」が生きててもいい、ということを肯定する。

ポリコレをクリアしてなくていいし、くだらなくていいし、ゲスでいい。
名作じゃなくていい。

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ただそれは、「ふらっと映画を観に行ける」という経済、地理、時間の条件が揃っていればの話で。シネコンの近くで育ったのはラッキーだったかもしれない。

某HOシネマ1900円問題があったけど、映画を観ることがキツイ出費ならそりゃつまんなきゃ「金返せ」てなるし、「そこそこの映画」だったらちょっと損した気にはなる。損した気になると、次行こうとは思わなくなる。

名作じゃなくても、シネフィルに叩かれようと、観てくれた観客が1ミリでも救われて、「帰って飯食って寝るか」と思えれば、その映画はつくってよかったんだと思う。

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友達と行く映画も、家族で行く映画も、恋人と行く映画も、ひとりで観る映画もいい。友達がいなくても、ひとりぼっちでも同じ観客というのがいい。仲間に出会えるからいいんではなくて、仲間にならなくてもいいから、いい。

話さないし、二度と会わないかもしれないけど。2時間同じ体験をしたという、サイレント一体感。

スクリーンの向こうにだけ違う世界や人生があって、観客は観客。
座席を立った観客は、それぞれ違う現実に戻っていく。

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その現実が少し変わって見える、感じるのが素敵だ。
高1のときひとりで行定勲監督の『GO』を観て映画館を出ると、渋谷がまじで違って見えたのは鮮明に覚えている。

映画がスクリーンの向こうにとどまってくれて、ひとりの観客としてひとりの現実に戻れたからだと、いまなら思う。

舞台挨拶無双とか応援上映とかの"仲間"感は超最高だけど、「孤独でもいいんだよ」という映画館の本質とは違う新たな一面なんだろうな、と。

映画館全体が仲間になるようなあの感じも超素晴らしいけど、映画館は「仲間にはいれなくても、いいんだよ」という場所でもありますよね、という話でした。

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洞内 広樹 (映像ディレクター/映画監督)

ホラナイ ヒロキ / 映像を中心に、なにか作品をつくることについて書きます。/ B'zとジェームズキャメロンで育った熱血直球フィルムメイカー / CINEMA FIGHTERS project『Ghosting』今秋公開 / 映画『東京彗星』(U-NEXTで配信中)企画脚本監督
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