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人生の最後を悟ることができるのか

ネットサーフィンをしてたらこんな記事を目にした。

理想の死に方。という、なんともせつない記事ではあるが、実はこういう話を家族では随分と前からしていたので興味深く読んでみた。

もちろん死に方というものは自殺以外は選べない。しかし最期をどう迎えるのかという話題は、誰もが一度は考えることだ。残された時間をどうするかというのは、人としてきちんと締めくくれるのかという人生観のようなものと考える。

実は母と妹はがん患者で、今はほぼ問題なく日常生活を送っている。ただがん宣告を受けた時は二人とも相当ショックを受けた様子だった。死というものがはっきりと見えてくるからだ。

しかしがんという病気は原因不明ではなく、治療すれば完治することもあるしもし末期だとしても残された時間をどうするか明確になる。残り人生を覚悟している母と妹は元気に過ごしているが、その分強い。

昨年父が長年の闘病の末亡くなった。肺の疾患で難病指定されている病気で亡くなったのだが、最初に診断された時に長くて5年くらいと余命を告げられた。しかし父は時折せき込むことはあっても普通に生活していた。

なくなる半年前、父は新型コロナに感染した。緊急入院してコロナの治療と持病の肺の病気の治療のため2か月もの入院を要した。退院した際主治医からこの病気は突然なくなるかもしれない。と説明を受けた。

家族側が覚悟をもって父に接することになるのだが、自宅でほぼ引きこもりのような状態だったが、なくなる前日まで自分でトイレにも行けたし食事もきちんと椅子に座ってでき会話もはっきりと成立していたのだ。

なくなる前日、父は自分が使用している携帯回線を解約するよう私に依頼してきた。私は年取って人付き合いがなくなってるのはわかるが、孤独になることを自分から選んではダメだと説得したが、父はもういらない。とだけ言って強く解約をお願いしてきたのだ。

私はこの時父が弱ってきているのはわかっていたが、まさか翌日に亡くなるなどとは思ってもみなかった。言う通りに私が解約処理をしたのだが、携帯会社が言うには本人確認が必要だというので、電話で話すのは労力を要するのだが父本人に解約の意思確認をやってもらった。かなり息を切らしていた。

この時父は何を考えていたのだろう。もう死ぬから携帯なんかいらない!と思っていたのだろうか。携帯や銀行の解約、退会手続きというのは代理で行うとかなり面倒である。それを思って父は自分からその行為を選んだのだろうか。

当たり前だが、亡くなる人にいつ頃死ぬってわかった?とは聞けない。もし自分が死期を悟ったとしても、誰かに伝えることもSNSに報告することもできない。バカなことを語っているが、この話は誰もが気になることかも。

いつ亡くなるかを誰かに伝えることより、自分の人生がどうだったかはまとめておきたいし、死ぬ間際に誰かに聞かれたら、アホな言葉でもいいから誰かに伝えたい。いや、一人で逝ってしまうかもしれないから伝えずに終わってしまうかもしれない。

とりあえず今はまだ死ねない、まだやりたいことがある!という気持ちだということだけはこれを読んでいる人たちに伝えます。



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