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"平等"は生モノ

りんごを半分個したり、1000円のお会計を500円ずつで割り勘したり、
このような等しい分け合いの事を" 平等"だと思っていた。

我が家は平等、家事分担もしっかり均等に行われる。

去年、私は"学生"で、母は"会社員"という明確な立場があった。
「学生は暇」ということで、ほぼ毎日夕飯や食器洗いなどの家事を担当していた。

家事が苦手な私は苦痛で苦痛で仕方なかった。

そして今年、私は会社員になり、静かに母と同じ立場になっていた。  

それに伴い家事は半分ずつやることになった。

しかし、皿を残したまま寝てる母の寝顔をみてると、これは本当の平等なのか疑問を持ち始めた。

たしかに、母と私は"会社員"という同じ立場ではあるが、母は50代で私は20代。

体力に大きく差があるのは当然だ。

それなのに"会社員"という表面的な肩書だけに捉われ、"母"という人と向き合わなかった。
自分の不甲斐なさに落胆した。

これを機に自らご飯を作ったりと、進んで家事を行うようになった。

平等って難しい。

ひとりひとりの環境や条件を理解し、時の流れに応じて更新し続けなくてはならない。

平等は生モノだ。


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