失うには惜しい「時代遅れ」と言われたグラス
時代遅れのグラスと言われ、製造中止になったワイングラスがあります。
それは「Le verre à vin d’Anjou アンジューのワイングラス」
私達のお店ではオープン当時から大切にしているワイングラスです。
このグラスは「アンジューの甘口白ワイン」をサーブする為だけに使用しています。
大きい方のグラスは親しくしているワイン生産者さんから、お店をオープンする時に譲り受けたもの。
小さい方は、ある方から「もう使わないから、このグラスを有効に使っていただける所にお譲りしたい」ということで、私達の所にやって来ました。
かつて「アンジューのワイングラス」はメーヌ・エ・ロワール県の「甘口白ワイン」を味わう為の伝統的なグラスでした。
それが製造中止になり、普通のお店ではもう買うことができません。
アンティークショップや蚤の市などで、たまに見かけるくらいの貴重なグラスとなってしまいました。
話を進める前に、アンジューの位置を確認しましょう。
アンジュー(Anjou)は、アンジェを州都としてフランス北西部にあった州の一つ。ほぼ現在のメーヌ・エ・ロワール県に対応する地方です。
ロワールワインの産地はロワール河沿いに西(左)から「ペイ・ナンテ」「アンジュー・ソミュール」「トゥーレーヌ」「サントル・ロワール」「オーベルニュ 」と5つの地区に分けられています。アンジューは左から2番目、黄緑色の「アンジュー・ソミュール」地区にあります。
貴族の優雅さを感じさせるグラス
ワイングラスの世界では、「アンジューのワイングラス」は特別。
ステム(脚)が高く、シンプルでエレガント、貴族の優雅さを感じさせます。
クリスタルガラスの重厚感、平らな台と彫刻が施された鎖の模様があるのも特徴です。
その誕生は1913年7月に遡ります。
メイン・エ・ロワール県のブドウ生産者組合が、パリからソムリエを招き、ラ・ランボディエール(イベントなどを行う場所)で会議が行われました。
オーナーはJacques Ambroise ジャック・アンブロワーズ。
彼はアンジューの議員であり、アンジェの前市長でもあり、ワイン生産者でもあり、アンジェの医学部の教授でもありました。すごい肩書き!何者?
会の終わりに、彼は「アンジューの甘口白ワイン」を象徴するグラスを作ることを提案しました。
その背景には、ボルドーワインには専用グラスがあり、ブルゴーニュワインやアルザスワインにも専用グラスがあり、シャンパーニュにも専用グラスがあります。
アンジューのワイン生産者達はアンジューワインの専用グラスを望んでいたのです。
フランス最高級の甘口白ワインを楽しめるグラスを
コンペティションが開催され、300以上のグラスのデザインが提出されました。参加者はフランス全土から集まり、ワイン生産者、詩人、美術館の学芸員、美術学校の生徒など。
その条件は「シンプルで、壊れにくい独創的な形、12cm程度の容量、エレガントさ、洗いやすさ、そして何よりもアンジューのワインの良さをアピールできること」
このコンペで優勝したのはChâteau de Bellerive シャトー・ド・ベレーヴのオーナー、Louis Mignot ルイ・ミニョでした。
その後、「アンジューのワイングラス」はロゼ社とジュベール社から手頃な価格で発売されました。「アンジューのワイングラス」の誕生です。
長い間、このワイングラスは、アンジューのシンボルとして、結婚式の最も人気のある贈り物のひとつとなりました。
テイスティングには向かないグラス?
テーブルの上では綺麗でエレガントな「アンジューのワイングラス」。
贈り物には喜ばれるけれど、テイスティングには向かないと言われ始めます。
理由は「アンジューのグラスは小さすぎるし、底が平らなので、ワインを回して香りを引き出すことができない」から。
というのも1970年代、ワイン技術者たちは、「すべてのワインの香りを引き出すグラス」を探していたのです。
だんだん需要がなくなったアンジューのワイングラスは時代遅れと言われ、製造中止になってしまいました。
ここから「アンジューのワイングラス」を再び
確かにテイスティングには向かないグラスだとは思います。
実際、お店でもテイスティングにはロゴ入りの「Le verre à vin INAO」という万能グラスを使用していますし。
でも「アンジューの甘口白ワイン」を楽しむには、申し分のないグラス。
むしろ「甘口白ワイン」を好むマダム達には、このエレガントなグラスの方がお似合いです。
時々、マダム達から「この素敵なワイングラスを購入できますか?」と聞かれることがあります。残念ながら売ることはできないんですよね。
個人的には、テイスティング用にデザインされたワイングラスで飲むよりも、ワインの良さを引き出すグラスで飲む方が好きです。
ワインを飲むだけではない、その場の雰囲気やワインに合ったグラス、料理、全てがマッチして、より美味しくいただけるとゆうものです。
ただ需要がないとグラスの製造再開は難しいでしょうけど。。。
私達は「アンジューのワイングラス」の歴史を知り、「もう一度アンジューワインの良さをアピールできるグラスが必要だ」と考えました。
そこで冒頭でも書いたように、オープンの時にワイン生産者から写真のグラスを譲ってもらったわけです。
普通のワイングラスとは違う特別感と、「アンジューの甘口白ワイン」の良さをアピールするのに一役買っているのは間違いないですから。
いつか、このエレガントなグラスが再び製造されて、アンジューの甘口白ワインと共に広まっていくと良いなぁ。。。
そんなことを思いながら、今日もこの素敵なグラスでサーブしています。
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