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ロシア経済から見るウクライナ危機

 ウクライナを取り巻く環境が風雲急を告げています
 イギリスやアメリカの駐ウクライナ大使館の職員たちに本国から自発的な出国を促しているようです。
 またロシア軍もウクライナ国境に集結し圧力を加えています。

 軍事的なことを述べるには知識が足りないため、ここは経済コラム「一葉」らしく経済の面から今回のウクライナ危機を分析してみたいと思います。

・ウクライナの経済価値


 尖閣諸島や竹島と違って、東欧のことはいまいちピンと来ない方が多いのではないかと思います。かく言う私もこういった事態に直面するまではウクライナのことを勉強しようとは思いませんでした。

 この令和のご時世に何故ロシアがドンパチしようとするのか。そのためにはウクライナの経済価値をしっかり見定める必要があると思います。

 在ウクライナ日本国大使館の情報を引用すると、ウクライナは「ヨーロッパのパンかご」と形容されるほど、肥沃な土壌を有し小麦などの穀物を輸出する農業国です。

 単純な輸出量だけで見れば2019年にはアメリカに次いで世界2位ですが、旧共産主義圏の辛いところで品質にはむらがあるらしく、大抵は人間用というよりは家畜などの飼料に使われることが多いそうです。
 それでも結果としては、安価な飼料のおかげで安価に手に入る家畜のお肉などを人間が食べることになるわけですからやっぱりその経済効果は無視できません

 主な輸出先は中国(14%)で、次いでポーランド(7%)、ロシア(6%)と続きます。品目としては穀物(19.1%)、鉄(15%)、鉄鉱石(9%)が主だった輸出品です。
 輸入先でも一位は中国で15%、次いでドイツ(10%)、ロシア(8%)と続きます。 
 意外にも、現在のウクライナはロシアよりは中国依存の貿易にシフトしているようです。

 日本との貿易のつながりは余り強くなく、ウクライナからは鉄鉱石やアルミニウムといった原料のほか、意外にも「タバコ」を輸入しているそうです。貿易の輸出入額は共に550億円程度で日本全体が68兆円くらいであることから見ても、わずか0.08%ほどの取引量ということになります。
 ウーム、こうして統計を見てみてもやっぱりピンと来ないのは当然なのかもしれません。(下は統計データの参考にした経済産業省の資料です。)

https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2021/pdf/01-02-04.pdf 

 とはいえ、長らくウクライナは「ヨーロッパのパンかご」としての役目を果たして来ましたし、一朝一夕でウクライナの代わりになるような国は現れないと考えていいでしょう。

 すなわち、現在でもヨーロッパや中国にとっての重要な穀倉地帯としての地位、経済価値は十分に有するのがウクライナだということです。

 しかしそのウクライナとロシアとは貿易関係が悪化しています。

 こちらの記事に分かりやすくまとめてありますが、2014年に発生したロシアによるクリミア侵攻に抗議する形で、ウクライナはロシアからEUに重点を置いた貿易関係にシフトしました。
 これにロシアが対抗し2016年1月から双方の自由貿易制度の一部が停止し現在に至っています。停止している品目はお互いに天然ガスです。

 もともとEUは天然ガスの主だった輸入先をロシアにしていましたが、クリミア侵攻以来少しずつ輸入先をウクライナにシフトしています。
 ご存じのとおり、ヨーロッパの主要国の緯度は日本の北海道くらいの場所にあり冬場の生存のために安定した天然ガスの供給を得ることは文字通り死活問題です。

 もしウクライナがロシアの手中に落ちれば、EUにとっての穀倉地帯および天然ガスの供給源が握られてしまうということです。
 特に冬場に天然ガスを抑えられてしまったらEUは極寒の中、春を待たなければいけなくなります。

・ロシアの政策金利を観察する


 さてウクライナの事情をまとめたところで、次はロシアの経済事情を見てみます。

 特に着目するのは政策金利です。

 私が以前書いた記事「【中国経済】剛腕、同時に捨て身…」において中国が政策金利を引き下げ、経済の停滞に備えていることを述べました。
 一般的に日本やスイス、EU、アメリカなどの主要国・主要地域の政策金利と内情を見れば分かるのですが、軍事的に危ういことをしない安定した国家では得てして政策金利が下がり、いつも内情がきな臭く国家リスクが高い地域は政策金利を上げていきます。

 当然と言えば当然で、借りたお金を返せる可能性が低ければ低いほど当然に利子は上がっていく訳ですから、金利が上がるということはそれだけその国家が置かれている状況が危ういということです。

 さてそれではロシアはどうでしょうか。
 こちらの記事を見ていただくと、ちょうど1か月前にロシアは政策金利を1%も引き上げました。ここ1年の間は断続的に金利を上げ続けているようです。

 ジェトロの記事では「ロシアはインフレーションに対応するため」という見方を示していますが、最近のロシアの動きから見たら単なる国内経済の動向だけで判断するには早計のような気がしてなりません

 というのも、もし軍事行動を起こす場合は、市中に出回る物資を軍事の方に割いてしまうため一般的に供給不足に陥りやすく、かつ需要がそのままであれば当然にインフレーションが発生してしまうからです。

 宣戦布告が行われ、はっきりとした戦時体制であればロシア政府が国民に対し強い規制を講じて総需要の抑制を図り、供給不足を乗り切るものですが第二次世界大戦以後は主要国は宣戦布告による戦争の開始を避けていますので、本当に戦争の準備をしているかどうかはあくまで推察するしかありません。

 戦争をするかどうかはさておき、ロシアにとってインフレの進行は他の国々よりも遥かに深刻な問題です。何故なら私の記事でも述べた通り、インフレはお金の価値を減らしてしまうからです。

・プーチンの痛手 年金改革


 ロシアにとってインフレが怖いのは年金との関係です。
 下の記事にあるとおり、プーチンは世界各国からの経済制裁の中、安定した財政運営のため、やむを得ず年金の支給開始年齢を段階的に引き上げていく改革に着手しました。2018年の年金改革です。

 長らく共産主義の体制下であったロシアでは、国民の生活は国家が面倒を見るという意識が根強く、特に年金制度は「国家と国民との最低限度の約束」であったため、この部分にメスを入れられたとなると「国家を信じていたのに裏切られた!」と感じるロシア国民が多いのだと思います。

 私の記事でも書いた通り、インフレが進行しても受け取る年金は額面通りの金額ですので、インフレが進めば進むほど実際に取引できる物の量が減っていき、しまいには生活が成り立たなくなってしまいます。

 ロシアにおけるインフレーションの原因は、アメリカなどと同様にコロナなどを原因とするサプライチェーンの弱体化に伴う供給不足と考えられます。

 クリミア侵攻はしたものの、経済制裁は今後も続くことになりますしコロナもいつ世界から無くなるか見通しが利きません。
 かと言ってクリミアを今更手放すこともできず、プーチンは今プライドと現実との間で苦しんでいることが予想されます。
 クリミアを手放して経済制裁を解除してもらうように懇願すれば世界の笑い者ですし、意地をはって現状を維持し続ければインフレによる国民の不満が自身の失脚につながります。

 国家としての威信と供給不足によるインフレを一挙に解決する手段として豊かな供給源であるウクライナを一思いに奪ってしまおうと考えついても何もおかしくない状況なのです。

・このご時世に軍事侵攻?

 

 ここまで書いていると、「じゃあ坂竹はロシアがウクライナに本当に侵攻すると考えているのか」と感じる方がいらっしゃると思います。

 私自身もそこについては半信半疑、というよりも予想が当たって欲しくないのですが、結論を言わせてもらえば、今回はウクライナに軍事侵攻はあり得ると考えています。

 しかし見出しにもあるとおり、この令和の時代に20世紀のような戦争が起こってしまうなんて本当に思ってんの?と考えてる方も多くいらっしゃると思います。
 というのも2014年のウクライナ危機の時には大規模な軍事衝突、すなわち戦争と言えるものは起きなかったじゃないか、という反論があるからです。

 まずウクライナ危機を知るにあたって、東欧の事情を軽く復習しておきましょう。

 ウクライナやクリミアには、日本などの島国と違って大陸でつながっていることが災いし、ソ連崩壊以後国家が分裂してからもロシア語を話し、ロシア的な生活習慣のある民族がウクライナやクリミアに残されていたのです。
 フランス革命を機に始まったナポレオン戦争は次第にナショナリズムの概念をヨーロッパ、ひいては世界中に拡散し「同一言語・同一国家」の考えの下、列強が従前に決めていた国境を超えて国家の再編成が行われてきました。
 ロシアも未だにその概念に憑りつかれている、またはそれを方便にして国家運営をしていると考えていいでしょう。

 2014年ウクライナ危機は下の記事によくまとめられていますが、ロシア民族が多く住んでいるクリミアをロシアが軍事力を背景に無理やり国民投票を促し、その結果を「民意」と標榜して瞬く間にロシアに編入し、その流れでウクライナにも編入を迫ったのです。
 戦争というほどの被害ではないにせよ、ロシア・ウクライナ間で約14000人ほどが犠牲になったと伝えられています。

 ウクライナは歴史的にロシアからいじめられてきた過去があります。

 特に有名なのはソ連時代に起きたホロドモールと呼ばれる人工的な飢餓を強いられたことでしょう。
 私の記事「ジャガイモ危機と先物」でも軽く触れていますが、この時のソ連はまさしく外国から軍事等にかかる材料を購入するため、ウクライナから食べ物を収奪してその穀物を売り、その結果大規模な飢饉をウクライナにばらまいたのです。

 やっと抑圧的なソ連の支配から脱し、自分たちの手で国家を運営しようとしているのに、元々同じ国だったかロシア民族が住んでるだか知りませんが圧力を加えてきたわけですから、自衛のために東ではなく西側、すなわちEU側に身を寄せるのはウクライナとしては当然です。

 しかしウクライナは軍事的にはロシアに到底叶わないため、自衛のためにNATOに加盟するかどうかを検討していました。
 今回のウクライナ危機はこのNATO加盟が火種でした。

 ロシアとしてはNATO、もっというとアメリカ軍が緩衝地帯なしで直接ロシアと国境を接するところに布陣する可能性があるため、ロシアにとっても自衛の問題が生じてきます。

 国民からの人気を取り戻すためにも、自衛のためにもロシアは引くに引けない状態となっているのです。

 そして前回と決定的に違う点が、このコロナの存在です。

 前回は各国ともパンデミック対応など不要で、ヒトも経済も自由に動きまわることができました。当然に軍人さんも軍事物資も、です。
 しかし今回は違います。
 今はヨーロッパ各国はもちろんのこと、世界中の国々がパンデミック対策に追われています。こんな状態で自国民の内政を後回しにし、他国の防衛のために軍隊を出せる国がどれだけ存在するのでしょうか。

 そしてコロナの怖いところは、相手に「正当防衛」の言質を与えかねないことです。
 想像してみてください。たとえばアメリカの軍隊がウクライナでロシア軍と衝突した際に、ウクライナとロシアでコロナ患者が急増したとします。
 するとおそらくロシアはこう言うでしょう。「おいアメリカ。お前のところの不潔な兵士のせいで我が国でコロナが蔓延した。お前の不手際のせいだ。この落とし前どうつけてくれるんだ。」とね。

 ウクライナとて援軍に対して強いことは言えないにせよ、国民からの突き上げで友軍のコロナ対策を批判せざるを得ない状態になる可能性は十分にあります。
 もしウクライナ国民や議員の中に親ロシア派の人たちがいて、ウクライナ政府の怠慢を批判するデモや暴動を起こしたらどうなるでしょうか。

 このことを見越してかどうか不明ですが、どうやらロシアには”無国籍部隊”が存在しているそうです。

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/25392?page=2

 通称「リトルグリーンメン」と呼ばれる、ロシア軍の装備をし、ロシア語を操る、でもロシア軍の正規のバッチをつけていない軍隊が2014年クリミア危機の時に暗躍したそうです。

 いやどう考えてもロシアの正規軍の特殊部隊だろ!と呆れてしまいますがその証拠を見つけるのは、すなわち立証責任があるのは侵略を受けた側なのですから国際司法の場に臨むことすらも難しいかもしれません。
 やりたい放題、暴力が正義の時代になってしまいます
 …いや今までもそうですし、今も、そしてこれからもそうなのかもしれません。

 これらの情報をまとめる限り、ロシアのウクライナ侵攻を止める術はなく各国がコロナ対策で追われる中、ただ指をくわえて戦車でウクライナが蹂躙されるのを見ることになる未来が現実味を帯びてくるのはやむを得ない結論だと思いませんか。

・ミュンヘン会談をどう評価するか

 クリミア侵攻しかり、ウクライナ危機しかり、このように大陸に残された自国民を保護するという名目で、軍事的な圧力を背景に外交的勝利を手にしてしまった事例が世界には存在します。

 そうです。1938年のミュンヘン会談です。

 第一次世界大戦の傷が癒えないヨーロッパ各国は、次に戦争が起こることに対して病的なほどに恐れていました。
 何があっても戦争だけは起こしてはならない。それが至上命題だった時期でした。

 そんな中、大戦で天文学的な賠償金を課され、ハイパーインフレーションで地獄の苦しみを味わったドイツでは理不尽なヴェルサイユ条約の破棄を公約に掲げたナチス党が台頭してきます。
 彼らはドイツ民族の誇り、優位性を主張し同じドイツ系のオーストラリアを併合した勢いで、同じく国内に多数のドイツ民族が住んでいるチェコスロバキアのズデーテン地方の「自治」を要求します。

 むろんナチス党が狙っているのは、自治を獲得したあとに国民投票を行い、圧倒的な民意を盾にズデーテン地方を独立させドイツに組み込むことでした。

 その意図を理解していながらも、イギリスとフランスの両首相は自国民の平和を望む民意に背かないために、当事者であるチェコスロバキアの代表を別部屋に留めた状態で、わざわざドイツ国内で会談し、なんと自治どころかズデーテン地方を一足飛びでドイツに割譲するという内容を決めてしまいます。
 代表なくして課税なし、の理念はどこに行ってしまったのでしょうか。

 当然そのことを事後報告でイギリス・チェンバレン首相から聞かされたチェコスロバキア代表のマサリク駐英大使は、祖国がイギリスによって「売られた」ことを悲しみ涙を流したと言います。

 この時、アメリカはモンロー主義によりヨーロッパの事情には一切口を出さないという国是であったため、チェコスロバキアを救ってくれる国はどこにもありませんでした。
 当時のヨーロッパでドイツとまともに張り合える国はイギリスしかなかったからです。

 このミュンヘン会談の状況。どこかで見たことありませんか。
 そうです。まさしくロシアがクリミアに行ったこと、ウクライナにやろうとしていることと一致しています。
 そして各国がヒト・物を容易に出せない状態は、この会談時の極端な平和主義の思想と類似しています

 アメリカの動向はどうでしょうか。
 もしトランプ大統領のままだったら何をするか予想ができず、強硬な手段も辞さないとプーチンに思わせることも可能だったかもしれませんが、今のバイデン大統領にそれだけの行動力や胆力を期待していいものでしょうか。
 一応アメリカからも軍隊を増援した、というニュースもありましたが一説によると17万人ほど集結させているロシアに対し、8500人ほどの人数を派遣「待機」させているというのはちょっとお粗末なのではないでしょうか。

https://www.bbc.com/japanese/60121448

 モンロー主義とまではいかないまでも、アメリカにウクライナを本気で助けるだけの軍事力を割く力や、やる気があるのか甚だ疑問です。

 今でこそミュンヘン会談は批判されていますが、当時はイギリスをはじめ世界各国でチェンバレンの決断に対し拍手喝采が送られました
 この後に起こる悲劇を予想していたのはチャーチルの他少数の人たちのみで、わずか半年後にその会談が失敗だったと知ることになります。

 歴史というものは、判断する人が生きている時代や環境によって捉え方が変わってきます。ある時代には良いとみなされたものが、別の時代では悪と断罪されることがあります。

 ミュンヘン会談のことを踏まえて、ロシアと矛を構えてまでウクライナを助けることが本当に良いことなのか、それともロシアは理性的に軍を引いて帰るのを期待してほどほどの対応をするのが良いのか。

 私はニーチェのこの言葉に従うべきだと思います。

「悪とは何か。弱さから生じるすべてのものだ。」

 コロナを理由に「やらないこと」を正当化せず、暴力に敢然と立ち向かっていきましょう。
 列車内で喫煙していた薄らバカを勇気を出して注意した、あの高校生のように。我が国にも小さな英雄がいます。

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令和4年1月26日
坂竹央




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