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【天然ガス】その握手は”悪手”でしょ

 地域住民に水不足を強いておきながら、人工雪を降らせて敢行された北京冬季オリンピック。
 その裏で予断を許さないウクライナ情勢が続きます。

 世間の耳目をオリンピックに集める中、しれっと当事国の2人が手を結んだというニュースが入りました。

 このニュースで特筆すべきは「天然ガス」の取引です。

 経済において一つの「武器」となりつつある天然ガスを取り巻く環境を本記事で少し整理してみましょう。

・ロシアの「ガス外交」

 ご存じのとおり、ウクライナに圧力をかけているロシアは天然ガスの輸出で外貨を稼いでいる国家です。

 ロシアの主な天然ガス(LNG:液化天然ガス)の輸出先は、JOGMECの情報によると2021年(令和3年)6月時点では以下のとおりです。

欧州210万トン(全輸出量に占める割合39.2%)
日本186万トン(同割合34.6%)
韓国59万トン(同割合11.0%)
中国55万トン(同割合10.3%)

 なお日本は2018年(平成30年)の年間トータルで見ると、全輸出の47.7%という驚異的な数字を占めていました。
 ロシアにとって日本はヨーロッパ全土に匹敵するほどの「お得意様」なわけで、中国を大きく引き離しています。

 続いてパイプラインガス(つまり液体にせず気体のまま輸出する)によるロシアの主な輸出先は以下の通りです。

ドイツ4.2BCM(全輸出量に占める割合26.9%)
トルコ2.4BCM(同割合15.4%)
フランス1.2BCM(同割合7.5%)

 BCMとはここでは10億㎥(ビリオン キュービック メートルの頭文字)を意味します。
 パイプラインガスは当然に地続きでないと成立しないので、ヨーロッパ大陸でつながっている国が主な取引先となります。

 さて、ではロシアに対しやたら宥和政策をとりがちなドイツの経済事情を見てみましょう。

 ドイツといえば世界有数の優れた兵器の輸出国EUの盟主面をしていますが、危機に陥っているウクライナに対して軍事用ヘルメットを5000個送りつけてきたツワモノです。

 そんなドイツは冬季の寒冷化が進んでおり、パイプラインガスの55%をロシアに依存しています。

 上の記事は数字に強いと有名な不破雷蔵さんが令和3年8月にまとめたものです。

 こちらはヨーロッパの気候の予測です。
 どこかの学校にも行かない環境活動家の主張とは正反対にヨーロッパはより寒冷化に向かうそうです。
 やったね!グレちゃん!ヨーロッパが冷えるよ!

 つまりヨーロッパ経済の中心であるドイツは、冬を越すための生命線である天然ガスの供給をロシアに半分以上依存しており、しかも今後も寒冷化が予測されているので独露関係をも冷え込ませるわけにはいかないということです。

 実際、ヨーロッパにおいてロシアが天然ガスの供給を渋っていることからこのコロナでてんてこ舞いの時期にガツガツ光熱費の値段が上がっているそうです。
 しかも地続きなのが災いし、ウクライナを経由したパイプラインガスの供給を「わざと」引き締めてヨーロッパ、もっというとドイツの経済事情を圧迫しています。

 なぁ~んと光熱費が63%も上昇!庶民でなくともこの上昇率は異常です。
 日本であれば政府の無能を糾弾する声がこだましてもおかしくない状態でしょう。

 ロシアのヨーロッパに対する天然ガス外交はほぼ成功していると言っていいでしょう。

・意外にしたたかな日本の天然ガス外交

 さてロシアにいいようにされているヨーロッパと違い、日本をとりまく天然ガス事情は意外に盤石です。

 https://www.gas.or.jp/tokucho/torihiki/

 こちらの「日本ガス協会」がまとめた2019年のデータによると、日本は天然ガスを以下の国々から輸入しています。

オーストラリア2,997万トン(全体の39%)
マレーシア994万トン(同13%)
カタール859万トン(同11%)
ロシア631万トン(同8%)

 つまりロシアにとっては、日本は一国単独でみれば「第一位」のお客様であるのに対し、日本にとってはせいぜい8%程度のシェアしかない扱いです。
 アメリカもシェールガス革命が起き、日米ともにロシアに頼らずとも天然ガスの供給が可能な状態になりつつあります。

 そんな中、一通の連絡が日本に飛び込んできます。
 天然ガスをヨーロッパに「供給」してほしいというお願いです。

 上記のニュースの詳細はこちらです。

「なぁにぃぃぃ!?こちとらガソリン代が上がって困っているのに天然ガスまで他人様にあげていられるか!」

 そう感じた方も多いでしょう。私自身「え?日本がヨーロッパに天然ガスをあげるの?」と疑問に感じたくらいです。
 これにはカラクリがあります。

 こちらは東京電力によるものですが、日本の発電量の割合は火力発電が75%程度を占めており、その原料は天然ガスが35%ほどですので実質日本の発電量の26%程度は天然ガスに依存しているということになります。

 さて私は以前「ジャガイモ危機と先物」という記事を書きました。
 これに関連しますが、天然ガスも先物取引というほどでもないですが長期契約を締結し、10年ほどの単位で各国と天然ガスの供給を約束してもらっています。

 先の記事でアメリカが日本や韓国などの同盟国に天然ガスの供給を打診したというのは、日本で採れる天然ガスを融通しろというのではなく、長期契約によって先々にわたって「確保」している天然ガスのいくつかをヨーロッパに融通してあげろ、という話だったのです。

 これでわかる通り、別に自分の国で天然ガスが多く採取できずともガスの輸出国が「日本に是非とも買ってもらいたい」と思ってもらえる状態を確保していれば、つまりビジネスとしての信用が強ければそれでも十分「力を持つ」ことが可能だということです。

 いわゆる地下資源の少なさを最大限に活かし、かつ専守防衛を掲げて軍事費を経済の方に回すことで国際協調を前面に出し、ビジネスとしての信用を第一とした外交を展開する日本はロシアからするととてもやり辛い相手ではないでしょうか。

 また中々開発は進んでいないようですが、日本の領海にはメタンハイドレートが多数存在しており、これを安定供給できるようになれば天然ガスの海外依存も減らせることにもなります。

 少なくとも、北方領土問題などで日本にチャチャ入れる余裕は実際にはロシアには無く、今回のウクライナ危機により更なるビジネスチャンスを失う可能性もあるのは明らかに悪手です。

 先日の駐日ロシア大使の言葉からもほんのりと本音が滲み出ています。

 ここでガルージン駐日大使は「“強い行動”は関係断つに等しい」などと述べていますが、裏を返すと「日本と関係を断たれることはロシアにとっては困る」と言っています。

 武力でなくビジネスで徐々に追い込んでいく日本の外交はしたたかです。

・勝手に張り合ってくるウゼェ国

 安定して天然ガスの供給を得ることは、安定した発電の確保、安定した生活を送ることにつながり、ひいては安定した経済活動につながります。

 そして天然ガスが十分に採れなくても長期契約で量を確保すれば他の国との外交関係が有利にもなります。
 ここに目を付けたのが中国です。

 ちょっと周回遅れという気もしますが、長い目で信用を積み重ねていく日本とは違い、中国は政府や企業の要人にハニートラップを仕掛けてでも貪欲に、刹那的に契約を取りに行く傾向があります。
 その成果かどうかはわかりませんが、2021年にはLNGの輸入量が日本を抜いたということでニュースになりました。

 中国の天然ガスの輸入先は2018年のデータでは、パイプラインガスでトルクメニスタン(カスピ海に面した、中国の西にある国家)が22%程度、LNGではオーストラリアから16%ほどです。

 特にオーストラリアとは天然ガスなどの関係で仲良くしなければならないのに、中国は面子かどうか知りませんが強硬な姿勢を取り続け、石炭の輸入制限の憂き目に遭い、情けないことに敗北しました。

 中国は「アジアのリーダーは俺だぞ」とでも言いたいのか、日本にGDPなども含めてやたらと張り合って来ています。
 先ほどの天然ガスの輸入量なども別に勝ち負けの問題ではないのですが、とりあえず「日本に勝った」みたいなポーズを取るために自国の事情などは度外視してひたすらに数字を上げてきました。

 コロナがあるまでは大事な消費地ということもあり温かい目で見てあげていましたが、勝手にライバル扱いして勝手に張り合ってくるのですから正直ウゼェ国です。

 さてそんな中国は、最初のニュースのようにロシアとの結びつきをオリンピックにかこつけてアピールしてきました。
 ロシアの武器でもある天然ガスを1BCM分追加で中国に供給する約束を取り付け、ヨーロッパへの揺さぶり、そして中国が天然ガスの輸入量を更に日本より確保することになった、ということで両国のトップともにホクホク顔です。

 ロシアと中国は地続きなので当然にパイプラインでつながっており、ドイツの4分の1に匹敵する天然ガスを追加で供給するわけですからEUとしては気が気じゃないでしょう。

 日本への対抗心で天然ガスの供給量を調整されるヨーロッパには気の毒な話です。

・国際決済シェアが弱い通貨同士の”同盟”

  様々な国を通して行う貿易ですが、その国々で重きを置いている通貨というものが当然にあります。どこの国の通貨か分からないものよりも信頼できる通貨で取引しようよ、交換しようよ、ということです。

 その決済通貨の統計を取っているのはSWIFTと呼ばれる国際銀行間通信協会です。2020年10月の実績データによると以下のとおりでした。

ユーロ 37.82%
米ドル 37.46%
英ポンド 6.92%
日本円 3.59%
加ドル 1.74%
人民元 1.66%

 ロシアルーブルなどランキングの彼方です。
 つまりロシアは国際貿易で輸出するときも輸入するときも自国の通貨ではなく少なくともユーロや米ドルを用いる必要があります。そしてそれは中国とて同じです。

 両者は外貨がなければろくすっぽ海外から商品を購入できない状況なのに軍事力を後ろ盾とした恫喝外交で自国に有利になるようにしているのだから何だか哀れです。

 軍事費などの面でみたら強力な中露ですが、こと経済の面で見るとかなり脆弱な関係です。

 ロシアは中国に対して天然ガスを融通することになりましたが、その貿易取引においてはおそらく米ドルを互いに要求することになるのでしょう。
 つまりNATOに対抗する、だとかアメリカに対抗する、などと声高に唱えていながら実質両国ともに米ドルなどを欲しがっていることになります。

 アメリカ経済ありきで貿易が成り立っているのに、そのアメリカを圧迫するというのはなかなか滑稽です。

 国際通貨の2大シェアを誇るアメリカドルとユーロにそれぞれ喧嘩を吹っ掛け、ビジネスとしての信用を失墜し、自分たちが欲しがっている2大外貨を得る機会を自ら手放しているわけですから、この経済同盟は初めから失敗するのが見えているというものです。

 しかも日本に対してもロシアは圧力を加えて来ています。

 天然ガスのお得意先である日本に圧力を加えていったい何を得ようと思っているのでしょうか。

 一応アメリカはロシアをSWIFTから締め出すことはしないとしています。第二次世界大戦のように経済的に圧迫しすぎることでドイツの暴発を招いた経験から一定の譲歩はしています。

 日本としては一見華々しく見える中露のパフォーマンスに惑わされず、粛々とビジネスとしての信用を引き続き積み重ね、信用を武器とした外交をしたたかに展開していくだけです。

 ロシアは全方位に強気の姿勢を見せていますが、中国に弱みを一部握られた形になるので、一度中露関係に摩擦が生じればロシアの立場が急に悪くなります。
 その中国も恒大集団などに見られる不動産バブルの処理に追われ、下手すれば共倒れもありえます。

 今回のプーチンの握手は、ロシアの将来にとっては「悪手」になりかねません。

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