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お久しぶりです。装幀の上田豪がお届けします。|立川談笑『令和版 現代落語論』 #わたラク マガジン Vol.17

はい、みなさんこんにちは。

ひろのぶと株式会社 社外アートディレクターの上田豪です。
お久しぶりです。生きてます。

「豪さんそろそろnote書いてくださいよー」と、ひろのぶとの阿佐ヶ谷姉妹に6階の非常階段に呼び出されて詰められたので、今回は立川談笑師匠の新刊『令和版 現代落語論』の装幀デザインについて、どのように制作していったのか、順を追って泣きながら書いてみたいと思います。どうなることやら。


◎地球始皇帝からの依頼

2023年3月、志半ばで自らの会社(ビースタッフカンパニー)を畳むことになり、これから先の見通しも全く立たず、失意のズンドコ、もとい、どん底にいた俺に、ひろのぶと株式会社代表取締役の田中泰延(地球始皇帝)より装幀の依頼があった。

「豪さん、今度、立川談笑師匠の本を出すことになったから装幀を頼みます」

「こんな状況の俺に装幀依頼なんて想定外です」

そんなやりとりがあったかもしれないし無かったかもしれない。ただ確かなのはオッサンになるとどうしても駄洒落が言いたい時があり、それは抗えないということだ。

俺が会社を畳むことで、そこに同居していたひろのぶと株式会社のみんなは急な引越しを余儀なくされた。大変な迷惑をかけてしまったにも関わらず、装幀の依頼、そして仕事をする場所まで確保していただいたのはとても有難かった。

「俺はね、これまで広告をやってきた豪さんを、装幀家として世に出したいんだよ」

原宿のシェアオフィスの屋上で煙草を喫いながら田中泰延は言った。そんなことまで言われちゃったら、やるしかないでしょ。だって男の子だもん。泣くぞ。

兎にも角にも、引き続き、ひろのぶと株式会社の社外アートディレクターを続けていけることになり、そして今日、俺はこれを書いているのであった。

◎広告屋らしく考える

ある日、原宿のシェアオフィスにて本の概要説明を受けた。立川談笑さんの書く本とは、

●立川流家元の立川談志師匠が書いた名著『現代落語論』。そのタイトルを受け継ぐ本『令和版 現代落語論』だということ。
●落語好きにも楽しめる、落語初心者の入門書としても楽しめる本だということ
●刊行される今年(2023年)は、立川流40周年だということ。
●さらに、家元の立川談志師匠13回忌だということ。
●そして、立川談笑30周年だということ。

立川流にとって重要な要素ばかりじゃん……。これ、間違いなく落語界に残る本じゃん……。

昨年、ひろのぶとで装幀を手がけた『スローシャッター 』田所敦嗣(ひろのぶと株式会社)の時とは違ったプレッシャーが襲ってきた。立川ボーイズ球団代表を務める俺も言うなれば立川流、プレッシャーを感じるのも当然なのだ。プレッシャーの宝石箱や。胃が痛くなってきた。

こんな時に装幀家の方々はどのように考えるのだろうと思いつつ、俺の出自は装幀家ではないのでいくら考えたところでわかるはずもない。そこで今回も広告屋らしく、俺らしく、装幀をVI(ヴィジュアルアイデンティティ)開発と捉え、考えていくことにした。

※VI(ヴィジュアルアイデンティティ)とは、企業・ブランドの価値やコンセプトを視覚化することでブランドメッセージを伝える、あらゆるデザイン要素のこと。

●コンセプト
●ブランドシンボル
●ブランドロゴ
●ブランドカラー
●デザインエレメント(グラフィックパターン)

これらをひとつ一つ丁寧に考えていけば、自ずと形になるはずなんだけど。
というわけで、まずはいつものように毎度の地図、英語で言えばマインドマップ(スローシャッター参照)を脳内で作成して、以下を導き出した。

●コンセプトについて

「コンセプトを考えるヒントは会社案内にあり」という基本に照らし合わせて、インプットするべき基本情報を頭の中に叩き込んだ。

その上で、今回の本のタイトル『令和版 現代落語論』、そして談笑師匠の経歴にある「早稲田大学法学部卒」「予備校講師」、談笑師匠の特徴である「古典落語を独自の視点で解体・再構築する改作落語」というスタイル、そして「落語は心のデトックス」「落語は人間の業の肯定である」「江戸の風」という言葉を踏まえ、まずは世界観をデザインしていくにあたってのコンセプトを導き出してみた。

「時代を超えて継承されていくべき本」

これしかない。いわば落語の経典みたいな本と言ったら言い過ぎだろうか。もう言っちゃったけど。落語を俯瞰して見渡す本みたいな感じか。

それから談笑師匠は、経典ではないけれども六法全書とか教科書とかに触れてきた人だ。不良の俺には全く親しみのない世界の人だ。
あ、だったら経典というより教科書的な佇まいくらいが丁度いい塩梅かもしれない。いわば、落語のあんちょこみたいな本。

●ブランドシンボルについて

落語といえば高座。座布団。緋毛氈。わかりやすく素直にそのモチーフをシンボルとして表現すればいいんじゃないかと考えた。
緋毛氈に置かれた紫の座布団。俯瞰から見たイメージのそれをシンプルなグラフィックデザインに落とし込むことで、書店でも目立ちそうだし、webでの書影としても目立ちそうだ。そして、なにより教科書っぽい佇まいになりそうな気がする。

●ブランドロゴ

『令和版 現代落語論』という漢字ばかりの文字面を明朝体で組むと、それこそ小難しく専門書的な印象になりそうだ。『令和版 現代落語論 立川談笑』まで入れるともはや中国語にしか見えない。そしてなにより昭和感が出てしまいそうだ。
落語初心者がこの本を手に取るハードルが上がるようなデザインは避けたい。なにしろサブタイトルが「私を落語に連れてって」だ。「落語は心のデトックス」が「落語は心のデッドストック」になっては困る。
この本は落語マニア向けの本じゃなくて一般大衆にもわかりやすい落語の本だもん。ひとまず、センスよさげな雰囲気と、親しみやすさが感じるよう、細いゴシックをベースに考えてみることにする。

●ブランドカラー

視覚は人間の五感の中で情報判断に対する影響が最も大きい。特に色はそれを目にした人が感じるイメージを大きく左右する。だから、広告制作を真っ当にやっているデザイナーなら根拠のない色づかいはしない。特定の色や形を目にした人が抱くイメージにはある程度の共通性があるということを知っているからだ。
そして俺の経験上、意図するイメージを多くの人に効果的に伝える必要がある場合は、色については捏ねくり回して考えるより、ベタでもわかりやすさを優先して考えたほうがいいと個人的に思っている。まじめか。

というわけで、この本が落語の本だと感じてもらえるよう、緋毛氈のレッド、座布団のパープル、和紙のホワイト、金屏風のゴールド、墨文字のブラック。素直に落語周りの世界観にあるモチーフからブランドカラーを設定した。

●デザインエレメント(グラフィックパターン)

「七宝つなぎ」と「市松模様」、そして「定式幕」をエレメントとして用いることにした。特にメインのエレメントとして「七宝つなぎ」と「市松模様」に込められた意味を見れば、談笑師匠の落語のスタイルや人柄に通じてるんじゃないかなあと思い装幀に取り入れることにした。
これらのエレメントは「落語との縁」「談笑師匠との縁」を作る本に相応しい。そして「落語は人間の業の肯定である」との言葉を咀嚼すると、円満な人間関係や社会を築くための近道であり、世界平和にまで繋がるのだ。

※七宝つなぎ:いくつもの円が重なり、上下左右つまり四方に連続する模様は永遠に続くことから、「円満」「調和」「ご縁」の意味を持つ縁起が良い文様とされている。「四方」=「しっぽう」=「七宝」と呼ばれるようになった。ちなみに七つの宝とは、金・銀・瑠璃・瑪瑙・珊瑚・水晶・真珠。 

※市松模様:正方形や長方形を格子状に並べ、上下左右つまり四方に連続する模様は永遠に続くことから、「永遠」「発展」「繁栄」の意味を持つ縁起が良い文様とされている。 

そして「定式幕」(いわゆる永谷園の三色のアレ)。これは主に歌舞伎の舞台で使用される柄なので、本のデザインには使わずプロモーションにおける出版イベントなどの告知物を制作する際に使うサブエレメントという位置付けにした。メインビジュアルを考えながらプロモーションへの展開も同時に考えるのは広告屋としての習性です。っていうか、俺に装幀やらせたら出版社おトクじゃない?

◎デザインの方向性が決まる

いくつもの試行錯誤を重ねた上で、絞った4つのラフデザインを携えデザイン提案に臨む。ただ、俺の中では決めていた。前述したVIの方針に沿って形にしたデザインに。倒置法なのはなんでなんだぜ。

イメージしたのはいわゆる「赤本」。受験勉強のお供にするアレである。机に向かわないことで定評があり、勉強をしないことで他の追随を許さなかった学生時代の俺には全く縁のない書物だったのに、人生はわからないもんです。

提案の場に同席した談笑師匠含む一同、満場一致で「赤本」案に決まった。キレのいいアイディアはロジックなんかじゃなく見せたら一発で決まる。よかった。(ボツ案は大人の事情により登壇イベントでしかお見せできません)


デザインの方向性が決まったら、カバー、本体の表紙についてデザインを精緻化していく。それと並行して実際の印刷や加工、用紙の選定などについて、今回お世話になったモリモト印刷とのやりとりを重ねた。

特にカバーについては多くの検証すべき点がある。赤の表現をどうするか、特殊な赤い用紙を使うのか&使えるのか、白い用紙に特色で赤を印刷するのか、箔押し加工との相性や浮き上げ加工の難易度はどうなのか、ニスかPPか、耐摩耗性や防汚性は、コスト的にはどうなるのか、かのうほのか、おのののか、などなど、いくつかのパターンを考え、あらゆる角度から検証した。検証しすぎて腱鞘炎になりそうだった。オッサンになるとどうしても駄洒落が言いたい時がある。そしてそれは抗えない。許せ。

◎最終デザイン決定

試行錯誤を重ねた上でようやく最終の仕様とデザインが決まった。
広告と違って時間に追われすぎず、じっくり取り組めるのが装幀仕事のいいところだ。他にやることがないからなのでは?というツッコミはご遠慮ください。

【ロゴについて】

縦組みにしても横組にしても美しく見えるようデザインされているゴシック体(AXIS-L)をベースに、ところどころに市松模様のイメージを取り入れつつ、デザインしすぎないよう読める範囲でタイポグラフィをデザインした。書店員さんの注文時を想像すると可読性は担保しなければならないからだ。
また、装丁だけでなくプロモーションでの使い勝手も考慮し、いくつかのロゴ組パターンを作成した。ちなみに何故スミ一色なのか。ロゴはまずモノクロでデザインするのが基本だからだ。カラーでデザインすると目が誤魔化されて良くないデザインが良く見えたりします。これだけは覚えて帰ってください。


【カバーについて】

最終的な仕様は、特色の赤を印刷しマットPP、座布団を表す紫の箔押しには七宝柄の地紋浮上げ加工を施した。遠目でもわかる赤と紫のシンプルなグラフィックデザイン、そして光の反社もとい反射によって表情が変わる箔押しは、まるで表情が目まぐるしく変わる高座に上がった落語家のようじゃないだろうか。
そしてなにより店頭で映えるはず。うっかり赤本と間違えて受験生が買っていってくれないかな。さて、どうだろう。

【本体表紙について】

真っ赤なカバーを外すと現れる表紙には、立川談笑の写真、裏表紙を立川談志の写真を用いた。二人の間にある師弟関係、そして『現代落語論』と『令和版 現代落語論』のつながり、時代の継承、をリッチブラックでモノクロ表現した。ちなみにここでちょっとしたイタズラを仕掛けようかとふと思ったが、恐れ多くてやめたのはここだけの話だ。内緒だよ。

【帯について】

帯はうっすらと和柄のエンボスが施された「江戸小染かすみ」という和紙のような風合いのある紙を選んだ。カバーの赤が微妙に透けるのが粋だなあと思いませんか。本文中にある、談志師匠のこだわった「江戸の風」をイメージしてこの紙を選んでみました。この帯はとても気に入っています。

【見返しについて】

見返しはジパングリッチゴールドという金色の紙を選んだ。ラックススーパーリッチ風の言い回しでこの紙の名前を口にするのが俺の中だけで流行りましたがこれはどうでもいい情報ですね。
この紙を選んだ理由は、金屏風のイメージというだけでなく、この本の発刊が立川流にとって大事な節目の年を表したかったから。カバーの赤、帯の白、見返しの金、徹底的におめでたい本にしたかったんだもん。
そして、この本を手に取った方が表紙をめくった時に、目に飛び込んでくる金色に驚いて欲しいという狙いもあったのですが、実際にそれを目にした時のインパクトに、あろうことかデザインした自分が一番驚いた。(本当に声が出た)

【本文について】

用紙は目にやさしい生成りの紙に。扉や目次には七宝柄を。そして、改作落語の解説ページには市松模様を小口寄りにアクセントとしてあしらいました。それによって、この本を小口から見た時に「改作落語の解説ページの範囲がわかる」機能となっています。
また、解説ページにある落語の従来版と談笑版、どちらを読んでいるかが一目でわかるようフォントを変えることで、落語初心者にもわかりやすくしたつもりです。

◎最後のお願い

ここまで装幀について長々と書いてしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございます。あまり役に立つようなことは書いていなかったかもしれませんが、あともう少しだけお付き合いください。最後に俺からの切実なお願いがございます。

この本は、落語の本というだけではなく、例えば、生き方やビジネスや人間関係を考える上で参考になる内容の本じゃないかあと思います。何かを変えたいと思っている人、この本にヒントがあるかもしれません。落語好きの方々は勿論、落語初心者や落語に触れたことのない人(食わず嫌いな人)にこそ読んでほしいなあと思います。
あと、モテたい人。特に若いボーイズ&ガールズ、これを機会に落語に触れてみてください。教養があるとモテるぞ。歳を重ねていくと武器は教養しかないぞ。俺を見るな。落語家を見ろ。ほんとだぞ。

『令和版 現代落語論』をまだ手にしていない方、最寄りの書店でもひろのぶとONLINESTORE直販でもかまいません。是非お買い求めください。
バレンタインデーの贈り物としても最適です。なにより「私を落語に連れてって」ですから。というわけで、よろしくお願いいたします。

最後に。

これまで俺が手がけたいくつかの装幀仕事を見て、某革製品ブランドオウナーの某前田将多さんだったり、某ダイヤモンド社の某今野良介さんだったりが、「豪さんは金のかかるアートディレクター」と風評被害も甚だしいことを言ったり言わなかったりしているようなのですが、非常に心外です。実際は「ちょっと金のかかるアートディレクター」くらいなのに。
とにかくこの本が売れてくれないと「金のかかる売れないアートディレクター」に出世してしまいます。非常に困ります。商売あがったりです。というわけで、俺の装幀仕事が、ひろのぶとの売り上げに貢献できるようお願いします。

格好つけにゃあならんのじゃけん。俺を男にしてやってつかあさい。


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