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体で感じたいアルバム HYDE『ANTI』 HYDE LIVE 2019 仙台PIT公演を通して<反抗>する意義を考えた

※2019年7月12日に掲載された音楽文です。いろいろ訂正したい箇所はあるにせよ、あえてそのまま転載します。

HYDE LIVE 2019 仙台PIT 2DAYS公演は両日とも平日の開催だった。終演後、本当はライブの余韻に浸っていたいところだったけれど、平日ダイヤの乗りたいバスに間に合うかもしれないと思い、急いで会場を後にした。無事、バスに乗ることができた。「ピーンポーン」と誰かが降車ボタンを押した。降車ボタンなんて今まで一切、気にしたことがなかった。それなのに、なぜか耳から離れなかった。これってどこかで聞いたことがある…。そうか、これはさっきまで「ANOTHER MOMENT」のコール&レスポンス部分でみんなではしゃぎ合っていた「ウォーオー」と同じ音程だと気付き、それ以降は降車ボタンが鳴る度にドキドキしてしまっていた。厳密には違う音程かもしれないけれど、ライブの後、すぐに乗ったバスのため、そう聞こえてしまったのかもしれない。二日目も同じ時刻のバスに乗ったのに、車種によって、降車ボタンの音が違うらしく、残念ながら、「ウォーオー」ボタンではなかった。

思い起こせば、去年、アルバムを引っ提げないHYDE LIVE 2018において、コール&レスポンスはHYDEが丁寧に何度も教えてくれた。未知の曲の「ウォーオー」はみんな手探り状態だった気がする。今年はアルバム発売後の引っ提げライブだから、少しも難解な部分はない。すでにコール&レスポンスはみんなマスターしていたけれど、「ANOTHER MOMENT」の前にはちゃんとHYDEが練習する時間を与えてくれた。「去年は5時間くらいかかったよね。」と冗談交じりに言っていた。本当に去年と比べたら、格段、みんなの乗り具合が違う気がした。完璧だったと思う。それぞれのツアーのセットリストは似ているのに、アルバムが発売される前と後ではこれだけ違うのかと驚いた。例えるなら、自転車の練習で後ろを支えてもらいながら、「手、離さないでね。」と必死に自転車をこいでいたのが去年のライブで、今年はHYDEに自転車を支えてもらわなくても、みんな自力でこいで、ちゃんと乗れていた感じがする。

ノルことに関して言えば、ライブハウス公演の場合、前の方はなかなか過酷な状態だ。10年ほど前、チケットが奇跡の1番だったことがあり、たった一度だけ最前列のど真ん中で参戦したことがある。けれど、元気でもない、体力もない私は途中でその場から離脱してしまった。それ以降は大人しく、後方で参戦している。前方はどうしても押しが強く、柵があっても、過酷な状況になりやすい。HYDEは今回、ジャンプする時など「自分たちなりに、うまくやりくりして。」と言ってくれた。後方で見ているといろいろよく見えるのだけれど、みんな勢いがつくとどんどん前のめりになって、結果的に一番後ろはまだまだ人が入れるくらいのスペースが空いてしまっていたりする。後方でさえもこんな感じなのだから、前方の押しはさらに物凄いのだろうと容易に想像できるだろう。スタンディング状態で、他者の領域を侵さず、自分の持ち場だけで楽しむというのはなかなか難しいことかもしれないけれど、自分のスペースを弁えて常識から逸脱しない楽しみ方を忘れないようにしないといけない。

さて、アルバム『ANTI』についてだが、どちらかと言えば、私は『ROENTGEN』のような静かなアルバムが好きで、ライブに参戦するまで、ずっと『ANTI』を聞いていたけれど、なんとなく『ANTI』にはアンチな気分になっていた。VAMPS以来、どんどんハードな曲が増えて、海外進出のため、ハードロックしか興味がなくなったのかなと、キャッチーな曲やバラードナンバーが減って正直な所、物足りなさも感じていた。HYDEはもはや、海外しか見ていないのかなと日本に住んでいる私は、少しばかり寂しさも感じていた。けれど、ライブに参戦してその気持ちは見事に払拭させられた。HYDEのMCによると、『ANTI』はリリースされただけで完成する世界ではないという。ライブでみんなで盛り上がってこそ、やっと完成するのが『ANTI』の世界だと教えられて、しっくりした。そう、このアルバムはライブに参戦してこそ、意味のあるアルバムなのだ。もちろん今までのライブもずっと楽しかったけれど、不思議なことに、今回はこれまでよりもさらに会場全体の一体感が増した気がした。「こういうハードな曲だらけで、やんちゃするのも反抗するのも悪くないでしょ?」と教えられた気がした。実際、いつもはノリの悪い私も、今回に限っては、妙にノッてしまって、挙句の果てにライブ後は喉を痛めて、耳鼻科行きになってしまったから、今までとの違いは明確だ。明るく優しいと評判の先生だから、「ライブ、楽しかったんだね。」と笑ってくれた。気管支炎と診断されて喉は痛いけれども、心はずっと元気で、ライブを忘れたくなくて、咳をしながらも、こうして綴っている。

私は反抗期とは無縁の人生を送り続けていたと思う。子どもの頃から、今まで、たとえ何か思うことがあっても、じっと自分の中で我慢して、大人や周囲の人たちに何か反抗的な態度を示すことはほとんどなかった。良く言えば和を乱すようなことはしたくなくて、悪く言えば長いものには巻かれていたくて、単純に面倒くさいことはしたくなくて、何にも抗うことなく、適当に生きてきたと思う。それはそれで楽な生き方ではあったけれど、振り返ってみると、これといった成果はなく、何も残せていない人生だと気付いた。だから最近は書くことで少しずつ、反抗心を示すようになった。
HYDEは聖書の原罪の話から「反抗は創造の始まり」と言っている。自分の意思を持ち始めることがロックの始まりでもあると言う。たしかにその通りだ。私は自分の意思を表現するようになってから、いろいろな創造ができるようになった。自己満足の世界ではあるけれど、書いた物語の挿絵に使うために、小さな小物類を並べて写真を撮り、文字と写真をレイアウトし、プリンタで大量にコピーし、表紙も付けて、仕上げは製本テープも使い、冊子を作るという、無駄に時間のかかる地味な作業を続けている。地味だけれど、これもまた私にとっては自分の反抗心を示すためのロックな創造的行為だったりする。ヘヴィな『ANTI』を聞きながら、製本作業ってなんだか滑稽だけれど、案外楽しい。地味な作業ってけっこう過酷だし、趣味のはずが作業は仕事並みになかなか披露困憊する。製本ってある意味、ヘヴィだと気付いた。

少し話が逸れてしまったので、『ANTI』に関して戻ると、CDだけを聞くよりはライブとセットで体感することをお勧めする。CDにライブチケットがもれなくついてくるのが理想だけれど、キャパの問題もあるし、やっぱりライブに行ける人は限られてしまう。だから運良くライブに行けた人は自分なりに全力で楽しむべきだと思う。ライブが始まるまでの高揚感、開演後、暗がりの中の熱気、コール&レスポンスなど心と体が触れ合う瞬間、HYDEと観客が一体となって初めて『ANTI』が完成するってこういうことだと気付いた。音源を耳で聞くだけなく、体全体を通して、五感でライブを感じてこそ、良さが分かるし、イメージしやすくなるアルバムだと思う。実際、ライブに参戦後、CDを聞いてみると、印象がガラリと変わった。脳内でライブが蘇って来て、まるでライブDVDを見ている感覚になった。ライブに行く前と後で、こんなに捉え方が変わったアルバムは他にない。アンチだった私が、完全に『ANTI』の虜になってしまった。

ライブではVAMPSの楽曲も何曲か披露されたため、改めてVAMPSのアルバムも聞き直してみたが、『ANTI』を知るまではVAMPSってロックだなと漠然と聞いていたけれど、『ANTI』と比べると、VAMPSの曲はまだかわいい方のロックかもしれないと思うようにさえなった。今まではほとんどHYDE自身が自分で楽曲制作をしていたが、今回のソロでは他者にも委ねるようになったことが一番変化を感じられる点である。イメージを伝えた上で、作詞や作曲は任せて、自身と他者が求めるハードロックを追求し、歌によって表現することで、この『ANTI』という世界が確立したのだと思う。実際「LION」は特に異色な曲で、もしもHYDEが自分だけで制作していたら、絶対に作らないような曲なのに、歌ってみるとハマっていて、ライブでも盛り上がる曲に仕上がっているから不思議だ。HYDEのボーカル力が優れているからだろうけど。

『ANTI』は日本ではHYDEを確立してしまったHYDEがあえて、HYDEを知らない海外で自分の力を試そうと挑戦する渾身のアルバムとなったが、HYDEは日本のファンのこともないがしろにせず、真剣に向き合ってくれる。
ライブ最後に披露されたデュラン・デュランのカバー曲「ORDINARY WORLD」は感動的だった。仙台ライブ前日から、宮城入りし、海沿いを巡ってくれたらしい。震災前、VAMPSメンバーで行った、キレイな海にも分厚いコンクリートの壁が出来ていたこと、(震災犠牲者の中に)自分のファンもいたかもしれないから、明日(ライブに)行って来るよと伝えたことなどを静かに語ってくれた。普通の日々が早く訪れますようにと、歌い始める前、充電ある人はスマホライトをつけて照らしてと促し、その無数の灯りを見たHYDEは「(亡くなってしまった人やここに来られなかった人も)なんかいるような気がするよね。」と愛のあるやさしい言葉をくれた。「震災のことが薄れてきている。(復興して来ていると考えれば)それは良いことかもしれないけれど、でも忘れちゃいけないよね。」とも語ってくれた。
私はずっと宮城に住んでいるから、震災のことが薄れてきていることを肌で感じていた。薄れるというか、言い出しにくい場合も少なくない。震災直後は海沿いの知人には「大丈夫だった?」とか「何か必要なものがあれば、何でも言ってね。」と話しやすかったけれど、時間が経つにつれて、もしかしたら思い出したくないこともあるかもしれないし、触れない方がいいのかなと考えると、次第に震災の話をすることが少なくなった。それは初対面で知り合った人に関しても同じだ。福島の浜通り住みですとか石巻住みですという人と知り合うこともあるけれど、5年以上経過した頃からは、震災の話をこちらから尋ねることはしなくなった気がする。個々人のそういうことが実は風化につながっているのかもしれない。宮城や福島などは全国や世界から見れば「被災地」と一括りで見られる傾向にあるけれど、私のように内陸部に住んでいると、沿岸部の被災地とは被災のレベルが違い過ぎて、どうしても震災のことを言いにくい気持ちになってしまうこともあった。本当は風化させたくないのに、被災地住みだからこそ、言えないことも増えていたのだ。だから、被災していない遠くに住んでいる人から、震災のことを忘れずに胸に留めていてもらえることはとてもありがたく感じる。言いたくても言えないことを、HYDEが代わりにちゃんと言ってくれたことにちょっと泣きそうになるくらい感激した。
海外を攻略するためのアルバムで、特にアメリカではカバー曲が重要な要素らしく、それに倣ったらしいが、感動的な「ORDINARY WORLD」を聞いて、日本の地方住みにもしっかり思いが伝わるアルバムだと思った。

HYDEはきっと、海外で日本の良さを再認識しつつ、海外で日本人の良さを伝え、逆に日本人に足りない部分を海外からお土産に持ち帰って伝道してくれて、日本と海外の音楽の架け橋のような存在になってくれると思う。そしてさらに自分の理想を極めた音楽を作り上げて、私たちを驚愕させてくれるに違いない。HYDEの創造的音楽のやんちゃな冒険の旅は『ANTI』で始まったばかりだ。そのツアーに私はHYDEを信じてついていくだけだ。いつかさらにヘヴィでハードなアルバムが完成したとしても、もうアンチになりかけることはない。抗いの果てにどこまでHYDEが理想とする音楽を追求できるか、その軌跡をしっかり見届けるつもりだ。

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