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NOと言えないあなたへ~上司に反抗しなくても上手に要望を通す法(はじめに)

ひろ健作です。

あなたは上司に要望を言おうとするとき躊躇することはないだろうか?

「それ、ちがうと思います」

「それやっていいんですか?」

「(多忙なときに)休んでいいですか?」

言いたいことを言いたい。自分にウソは付きたくない。けれどNOと言えば自分の立場は危うくなる。だからゴクンと言いたい言葉を飲み込みがまんしてしまう。

日大アメフト反則問題、カルロス・ゴーン逮捕、森友問題・・・・・・一見まったく別のできごとのように想える。しかしつぶさに見て行くと、想わぬ共通点が浮かび上がってくる。

日大アメフト問題では宮川くんがアメフト部の圧力の中、反則指示ととらえ、突っ込んだ。我に返り謝罪しようとするが引き留められる。いたたまれなくなって独自の判断で相手チームへの謝罪会見をひらく。その結果、内田監督と井上コーチは更迭。

カルロス・ゴーン問題では拡大戦略を続けるゴーンの報酬が開示制度がはじまったことで目立つようになり、報酬額を少なくする。しかし本来そのグローバルな働きから20億はあっていい報酬を減額し、10億としたため、どこでその帳尻を合わせればよいか、ケリーが思案する。あくまで法にのっとった形で探していたのだが、海外で要人を迎える別荘購入、アラブ法人への多額なインセンティブ等このままでは会社を私物化しかねないと心配した大沼元秘書が検察と司法取引をし、ゴーンとケリーを逮捕した。

しかしケリーもゴーンもそれが違法ならなぜ言ってくれなかったのか? と言っている。大沼元秘書は供述で、長年ゴーンに仕えてきた身である以上、指示は絶対であり、盾突くことはできなかったと言っている。

しかしだ。もしNO、マズいですよこれはと言っていたらどうだろう。まったく違う結果になっていたはずだ。

じつはゴーンは前妻リタ・ゴーンとの離婚訴訟でモメていた。だから金銭的にも厳しく、再婚したキャロル夫人との披露宴や別荘購入を日産に払わせている。

だがこれも、もし違法であれば自費で払う予定だった。別荘にしてもリフォームをおこない、資産価値を上げていた。もしゴーンが日産を去るとき購入時の価格よりも下がっていればゴーンが差額を支払うこととしていた。つまりゴーンは日産に一切損害を与えてはいなかったのだ。

日大アメフト部の内田監督にしても選手がよくやってくれたと涙するほどの人物だ。ことば足らずで圧をかけるやり方には賛否両論あるが、少なくとももし宮川くんに疑問があったのならなぜ「指示されたと思う」で終わらせるのではなく、「指示されたと想い違いをしてしまった」とならないのだろうか。

その後の警察の200人に及ぶ捜査で「指示されたという証拠・証言は見つからなかった」となった。当時その前に日大で第三者委員会を立ち上げ、彼らふたりを悪者にしてしまったのはあまりにも厳し過ぎる。

この2つの事件では一時的に上司の言うことを聴いていて、最終的にNOを突き付けたことでとんでもなく大きな問題となった。

だがそこまで大きな問題になる前に、「これ、違うんじゃないですか」「これどういう意味ですか?」「これ違法になりかねないと想うんですけど」と言っていたらどうだろう? 展開はまったく違ったはずだ。

そこからすると森友問題での財務局職員赤木俊夫さんは組織の中ひとり抵抗はしたけれどもNOを突き付けず自ら命を絶ってしまった。うつ状態に陥り、孤立していくなか、愛する妻を遺して旅立ってしまった。

しかしこの問題を考えるとき、問題はひとつだけではないと感じる。安倍昭恵さんはあくまでよかれと思って森友学園を賞賛した。籠池理事長はそのツテを使って最大限便宜を図ってもらおうとした。しかしそこまで関係性を持ってはいない安倍総理は忖度はないとした。

一方野党は格好の攻撃材料として取り上げた。実際のところ赤木俊夫さんの上司は「国が関わっているからと言って値引きはしていない」と断言している。つまり忖度して安くしたのではないのだ。

だが連日の厳しい追及に誤解を招くようなやり取りは極力排したいと思うのが組織の論理だ。だから文書改ざん・廃棄等の指示をするのは当然の成り行きだった。

そこへ持ってものごとをまっすぐとらえ、誠実に生きる俊夫さんはウソを付けない人だった。ウソも方便が通用しない人なのだ。その結果、すべての罪をひとり背負って逝ってしまったのは何とも悲しいことなのだ。

奥さん昌子さんは真実を知りたいと提訴した。しかしこれはさまざまな要因が複雑にからみ合って起きたことだ。だから誰か一人が悪いと言うわけではないのだ。

私自身上司につぶされそうになった人間だ。うつに近い状態で歯を食いしばり、抵抗し、時に涙を流しながら反抗した。だから俊夫さんや奥さんの気持ちは痛いほどわかる。

だがその一方でものごとと言うのは一筋縄にはいかないことも知っている。上司としての立場、組織の論理、世の中に対する環境、そうしたもろもろのことがからみ合ってものごとは決まって行く。

だからゴーンが悪い、内田監督井上コーチが悪い、財務局が悪いで終わらせるのは違うと言いたいのだ。

もし、上手にNOと言えたらどうだろう? もし違う形で上司や組織を動かせたらどうだろう? もし告白して組織を危うくするのではなく、みながいい形で変わっていけたらどうだろう。そうすれば被害者や犠牲者を生むことなく、ものごとはいいほうに転がっていけるはずだ。

私は自分自身がNOとうまく言えず、それでも言うように心がけてきたからこそ、上司に反抗せず上手に切り抜けていく方法をこれからご紹介していくつもりだ。

そうすれば、赤木さんのような悲しいことが起きずに済むだろうし、世の中がもっと明るく、人とつながっていける社会になるはずだ。そう信じているからこれからこの路線で本を書いていく。

関連音声

「悪者にされたカルロス・ゴーン」
https://youtu.be/C3cS3jQv634

「日大アメフト問題。内田監督井上コーチは悪者なのか?」
https://youtu.be/eXeDHXhqqD4

「すべては佐川局長の指示です」相沢冬樹さんの記事
https://bunshun.jp/articles/-/36818




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