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ついに発売!でも… おカネの教室ができるまで㉕(シリーズ最終回)

「できるまで」シリーズ3 商業出版編の第10回にして最終回です。総集編その1その2のリンクはこちらから。面倒な方は文末の超ダイジェストをご覧下さい。

独身ライフ in ロンドン

2018年3月初め、私はヒースロー空港で三姉妹と妻を見送った後、高速道路M4で一人、家路についた。自分が帰国する3月末まで3週間余りの独身生活が始まった。

ロンドンではほとんど毎晩、自宅で一緒に夕食をとっていたし、家族と離れるのは寂しいといえば寂しかったが、ひとり身が身軽で気軽なのもまた事実。「ロンドン生活残り1か月、楽しみ倒してやろう」と目論んでいた。
まずは借りていた郊外の家を早々に解約。自家用車も中古車ディーラーに売り払い、以降はロンドンの繁華街のど真ん中に拠点を移した。
宿はホテルではなく、AIRBNB、いわゆる民泊を利用した。欧州ではエアビーがとてもリーズナブルかつ便利で、しかもユニークな物件が多くて面白い。いろんな国でいろんな宿を利用したので、いつか体験記にまとめたい。

独身ライフ最初の2週間ちょいは2つの宿を渡り歩いた。
最初がコベントガーデン駅から歩いて5分の部屋で、これはフラット(マンション)の広いベッドルームを1室借りるルームシェア型。
ここはビクトリア朝時代の超一等地の建物をリノベーションした、200平米はあろうかという、10億~20億円はする超豪華フラットだった。歳若い家主がどうやってこんな超高級物件を入手したのか謎。毎晩遊び歩いているパリピっぽかったし、顔つきからして中央アジアあたりのオリガルヒのボンボンだったのでは、と勝手に想像している。
カネの出どころはともかく、ホストとしてはプライバシーを尊重しつつ気軽にコミュニケーションできるナイスガイで、居心地は最高だった。
2番目はSOHOのど真ん中のワンベッドルームのフラットで借り切りタイプ。こちらはいろいろ残念な物件で、歌舞伎町のど真ん中のような場所なので、夜は耳栓必須。よく確認せず、洗濯機無し物件だったのには参った。
どちらも1泊100ポンドちょいで、同じロケーションのホテルの半値以下だ。機会があったら、ロンドンに限らず、欧州の旅はぜひエアビーの活用をおススメする。

私の部屋選びには2つの基準があった。
1つは徒歩20分程度で通勤できること。オフィスはホルボーン駅から10分ちょい、チャンセリーレーン駅からは3分のオフィス街にあった。
2つ目の、より重要な条件は、ウエストエンドの各シアターに歩いてアクセスできることだった。
ウエストエンドはアメリカで言えばブロードウェイのような舞台芸術の集積地。私のお目当てはミュージカルだった。
ロンドンに渡ってすぐに気まぐれに Jersey Boys を見てから私はすっかり本場のミュージカルにはまっていた。結局、帰国までの3週間ちょいの間に、駆け足でミュージカルを8本も鑑賞した。映画 Shape Of Water も見に行ったから、送別会のない夜はほぼ皆勤賞で劇場に通っていた。
ミュージカルは通常7時半に開演する。時差の関係で仕事が夕方に終わるので、宿で軽食を食べてからトコトコ歩いて劇場に行って、帰りにパブに寄ってエールとチップスをお供にパンフレットを読み返すという極上の日々。

舞台はどれも世界最高レベルの役者たちが繰り広げる素晴らしいクオリティーで、思いだしてもヨダレが出てくる…。チケットは高いもので60ポンド(1万円)、安いのは20ポンド程度。それでこちらで言うA席レベルが確保できる。しかも、家族5人で行くのと比べれば…私は「これは実質8割引きではないだろうか!」とチケットを買いあさった。
あまり期待しないで行った 42nd Street にシーナ・イーストンが出てきてびっくりしたり、Dream Girls とオペラ座の怪人の主役の人間離れした歌唱に思わず笑ってしまったり、TINA のクライマックスで「ナンミョーホーレンゲーキョー」と唱えだしたのに仰け反ったり…。
ロンドンの何が懐かしいかといえば、あのいつまでも続く夏の美しい夕焼けと、パブと、ミュージカル。ああ、帰りたい…。

(戦利品。ベタなのを押さえてる。Chicago、TINAも見た)

ミュージカル漬けの日々の間隙をぬって、念願のベルリン訪問も果たした。冷戦時代に思春期を過ごした最後の Cold War Kids 世代としては、どうしても行っておきたい場所だった。
ベルリンの壁やブランデンブルグ門、チェックポイントチャーリーなどベタなスポットを見て回ったのだが、記録的寒波でマイナス5度&強風のコンボで、テレビのお天気お姉さんによると体感温度はマイナス15~20度。相当の重装備でも10分歩くと歯ががちがちと鳴り、20分もすると関節がきしむような鈍い痛みが走る。人生で初めて「このままでは凍死する」と恐怖感を覚えた。

発売!されたんだよね…?

さて、そろそろ「おい、これ、本の出版体験記じゃないのか」とツッコミたくなっている読者もいらっしゃるだろう
そう、確かに「おカネの教室」は、3月16日に発売され、店頭に並んだ。その前日にはギリギリ、私の手元にも見本誌が届き、「おお、本になった!」という感慨はあった。

(ロンドンに届いた貴重な5冊。1冊キープして、後は同僚・知人に配った)

しかも、前回書いたように、「おカネの教室」は予想以上の「初速」を発揮し、無名作家のデビュー作としては異例の売れ行きを見せた。
佐々木俊尚さんの援護射撃のほか、ビジネスブックマラソン(BBM)も発売4日目にして「傑作です」と太鼓判を押してくださり、Amazonのランキングは9000位前後から1000位以内、100位以内とホイホイと文字通り「けた違い」に上昇し、最高28位まで食い込む「お祭り」状態になっていた。
インプレスの担当、井上さんからは「書店でこんな展開になっています!」と平積み・面展開の写真が続々と届いていた。
発売から2週間足らずの3月28日には、なんと早々に重版まで決まった

(ウルバノヴィチかなさんのお祝いイラスト。GIFもあります)

絶好のスタート、望外の売れ行きは、当然、嬉しかった。
毎日、何度もAmazonのランキングをチェックして、浮き沈みに一喜一憂していた。

でも、どうにも釈然としない思いもあったのだ。
何といっても、せっかくの「お祭り」に、現場の日本から遠く1万キロも離れたロンドンにいる私はリアルタイムで参加できないのだ。
店頭の写真を見ても、Amazonランキングを見ても、どうにも実感がわかない
先に帰国した家族からも「ホントに本屋に並んでるよ!すごい!」とLINEで報告があったが、聞けば聞くほど「祭りに乗り遅れた…」という「損した感」がぬぐえなかった

贅沢な悩みというか、ひねくれものというか、発売前後の豪遊(?)には、「『あっち』では乗り遅れちゃったから、『こっち』で楽しもう!」という気分もあった。

帰国

そんな喜びとモヤモヤのもんじゃ焼きな日々も、忙しさのなかであっという間に過ぎ、ロンドンで過ごすのもあと数日となった。
3月26日の月曜日は休暇を取り、案外取りこぼしのあったロンドン観光に1日を費やした。歩いて10分のオフィスに2年もいて、なぜか1度も見学していなかったセントポール大聖堂にも入り、楼上に立った。
晴天の眼下には、528段の階段を踏破した甲斐のある絶景が広がっていた。

ロンドンでの最後の夜となった28日には同僚の記者たちが行きつけのパブ、Inn Of Courtで送別会を開いてくれた。Brexit 狂騒曲を一緒に乗り切ったメンバーと「これが飲み納めだ!」としこたまエールを楽しんだ。

(ゲラチェックにもよく利用したInn of Court。居心地良し)

明けて29日早朝、私は予約しておいたUBERでヒースローに向かった。
期末とあって、ようやくチケットが確保できたのは、ロンドンを午前に出て日本の早朝に着くという、時差ボケ確定便だった。
案の定、機内でGreatest Showman などを見ているうち、ほとんど寝ないで日本についてしまった。羽田からタクシーで自宅に直行し、家族と約1か月ぶりに再会した。さすがに疲れていたので、まずはひと眠りした。

数時間の仮眠のあと、私はそそくさと大手町に向かった。
目指すは、丸の内の丸善。
勝手知ったる行きつけの書店の入り口を、いつもとは違う、はやるような気持ちでくぐった。

当たり前だが、そこにはちゃんと、私の初めての本、「おカネの教室」が並んでいた。

(レジ前の大展開は、店員さんが目の前にいて、撮り損ねた…)

「おいおい、ほんとに、売ってるよ!」

写真では散々見ていたはずだったが、現実に自分の目で見てみると、それはやはり、ニヤニヤと頬が緩んでしまうのを抑えられない格別の体験だった。

小学生の長女を相手にチマチマと書きはじめた家庭内連載は、8年の時を経て、いろんな縁に恵まれて、書籍として世に出た。
ちょうど連載開始時の長女と同じ年頃だったころ、本の虫だった高井少年が抱いた「いつか自分の本を出したい」という夢は、こうして叶ったのだった。

エピローグ ~Show Must Go On!~

これで「おカネの教室ができるまで」シリーズはひとまず完結いたします。さすがに通読している方は少なそうですが、長期連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。近日中にシリーズ3の総集編、その後には番外編を含めたシリーズ全体のまとめを何らかの形で発表する予定です。

「できてから」の話は、アレコレを書き出すとキリがないので、近況だけご報告して結びとします。
おかげさまで「おカネの教室」は11月時点で8刷まで版を重ねています。10月11日には、念願のAmazon総合ランキングでトップを獲得しました。
Kindle版もビックリするほど売れていて、こちらも総合ランキングトップになったことがあります。
この連載でも書いた通り、個人出版バージョンでは無料部門の総合トップになっていますので、おそらく日本初のAmazon三冠王コンテンツであろうと思われます。

皆さま、ご愛読&ご支援、ありがとうございます!

(版元インプレスの皆さんとのAmazonトップ記念パーティーで)

ここまででも出来すぎじゃないか、という展開なわけですが、こちらのお調子者のホラ話によりますと、「祭り」はまだ1~2合目らしいです。

まだまだ、長く、遠く、深く、「おカネの教室」を巡る冒険を続けたいな、と楽しみにしています。

乞うご期待!

「お金の教室」のわらしべ長者チャート
娘に「軽い経済読み物」の家庭内連載を開始
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作中人物が独走をはじめ、「小説」になってしまう
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出版の予定もないし、好き勝手に執筆続行
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連載開始から7年(!)経って、赴任先のロンドンで完成
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配った知人に好評だったので、電子書籍Kindleで個人出版
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1万ダウンロードを超える大ヒット。出版社に売り込み開始
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ミシマ社×インプレスのレーベル「しごとのわ」から出版決定←いまここ

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