見出し画像

本は「初速」が命! おカネの教室ができるまで㉔

「できるまで」シリーズ3 商業出版編の第9回です。総集編その1その2のリンクはこちらから。面倒な方は文末の超ダイジェストをご覧下さい。

2年ぶりの帰国

2018年2月11日の早朝、私はほぼ2年ぶりに日本の地を踏んだ。
ロンドンからのフライトは約12時間。プレミアムエコノミーの座席は案外快適だったが、あいにく風邪気味で着いた時にはヘロヘロだった。羽田で通関を抜けたところで初音ミクに出迎えられ、「ああ、帰ってきたんだな」と妙な感慨を覚えた。

2年ぶりの日本は、何とも言えない違和感と懐かしさを引き起こした。あらゆるところで日本語が通じるだけで妙な感じがする。コンビニの店員は丁寧で、食べ物も飲み物も何でもかんでもうまそうだ。電車が時刻表通りに来る。そして、乗客の多くは目がうっすら死んでいる…。

そんな違和感と戯れている暇はあまりなかった。
私には、3週間後に帰国予定の家族が入居するマンションを探すという重要な使命があった。家探しの拠点となる江東区・墨田区方面に急いだ。
着いた日の午後からすぐにいくつも物件を回り、最終的に現在この原稿を書いているマンションの一室を確保した。

ついにミシマ社編集アライと対面

そして2月某日、私は自由が丘のミシマ社東京オフィスを訪れ、ついに編集アライと対面を果たした。版元のインプレスで「しごとのわ」を担当する井上さんも加わって、3人で作戦会議を開いた。

(問題の編集アライ。昭和家屋なミシマ社オフィスで)

(無問題なインプレス井上さん。天然系ゆるキャラ)

実際に会ってみると、編集アライは驚くほど若く、お肌はつるつる。まあ、実際、20歳くらい年下なわけだが、それでいて時に見せる鋭い目つきとちらつく棘が「コイツ、できる…」と思わせる「剛」のキャラだった。
インプレスの井上さんは対照的に、ほんわかした語りと、相手の目をみて「うんうん」と相槌を絶やさない「柔」のキャラ
「しごとのわ」は、ミシマ社が編集してインプレスが売るという分業型の共同レーベルだ。2人に会ってみて、「これはなかなか良い凸凹コンビだな」と思った。第一印象は当たるもので、今も楽しく一緒に仕事ができている。

発売まで約1か月。表紙の色校も固まり、本作り自体は詰めの段階に来ていた。3人の打ち合わせは「この変な本をどうやって売り込むか」というテーマに集中した。
かねて私は、マーケティングに関してある「武器」の投入を提案をしていた。3人でこの「武器」の活用法のアイデアを練った。

アイデアの1つが、のちにインプレスのサイトに載せた著者インタビューだった(こちらがそのリンク。未読の方はご一読いただけると嬉しい。我ながら、なかなか良いこと言っている)。
ベタな手法ながら、これは効果抜群だった。ジャーナリストの佐々木俊尚さんがSNSで本の推薦と一緒にシェアしてくれて、一気に拡散されたからだ。佐々木さんには、ご著書に個人出版のKindle版を出す背中を押してもらったうえ、Kindle版もオススメしてもらった御恩がある。
なのに、まだご挨拶も、お礼もできていない…。ちょっと人としてどうかと思うので、近いうちになんとか…。

(「佐々木砲」で発売直後にAmazonランキング30位以内に急上昇)

打ち合わせに話を戻すと、インタビューは後日やるとして、写真だけ日本にいるうちに撮ってしまおうという流れになった。カメラマン・編集アライがバシャバシャ撮る間、「何か話せ」という。仕方ないので私は井上さん相手に、
「ロンドンでは豚骨ラーメンが空前のブーム」
「次に来ているのがカツカレー。でも、『カツカレー』は日本風カレーという意味で、肉が一切入っていない『ベジタブル・カツカレー』などというものまである」
というくだらない話を熱く語った。

(カツカレーを熱く語る高井。この男前な奇跡の1枚はアチコチ乱用中)

嬉し恥ずかし書店回りデビュー

顔合わせと会議が終わり、私は編集アライとともに自由が丘のミシマ社のオフィスを後にした。
向かったのは東京屈指のオサレ書店、青山ブックセンター(ABC)。レーベル「しごとのわ」シリーズを推してくれていて、ゲラを読んで「おカネの教室」も気に入ってくれた書店員さんがいるという。
デビュー作だから書店回りももちろんデビュー。こういうものに緊張する質ではないが、「何すんの?」と純粋に段取りがよく分からなかった

表参道駅から歩くこと5分。おそらく10年ぶりくらいに足を踏み入れたABCは、記憶の通り、デザイン系の大判の本が並ぶオサレな書店で、正直、「ホントにこんな店に自分の本が並ぶのかいな」と半信半疑だった。

ところが、である。
ABCのビジネス書担当の益子さん(当時、現在は「TSUTAYA LALAガーデンつくば」にご在籍)に対面して、そんな気持ちは氷解した。
「うわー! 高井さん! もう、この『おカネ』、最高ですね! ほんと、この本、絶対売れるべきですよ!」
益子さんは最初からテンションが異常に高く、ハッキリ言って、お仕事の初対面モードとしては、ちょっと挙動不審だった。

(発売直後のABCの棚。入り口入ってすぐの位置で色紙付きの大展開。これ、無名作家のデビュー作の扱いじゃないです)

挙動不審なのは益子さんだけではなかった。
同行者によると、この時、私は顔を真っ赤にして、テレまくって、困っていたらしい。
自分の本が、書店員さんというプロの読み手に、こんなに面と向かって絶賛されるとは思っていなかったし、益子さんが「何年かしたら人気作家になりそう…」などとぶつくさつぶやくのが聞こえ、戸惑うしかなかった

店内でどんな展開をするか、といった話が終わった後、益子さんから「では、是非、色紙、お願いします!」と裏のセミナールームに連行された。
これには参った。初体験&うかつにも想定外だったからだ。それに、私は手書きの字がすこぶる汚いのだ
うなること数分。冷や汗をかきながらなんとか文句をひねり出し、漢字を間違えないようにノロノロとぎこちない手つきで、色紙を書き上げた。

(人生初色紙。これは、ひどい…。危うく本名の〇章と書きかけた)

ABCは「おカネの教室」の大展開をかなりの期間続けてくれて、全国の書店でも屈指の販売を記録した。
益子さんは現在お勤めの新天地でも「おカネの教室」をプッシュしてくれている応援団長のような人で、歳は離れているけどウマも合い、たまに飲んだりしている。

(益子さん。インプレス本社の受付にて。モザイクの下は満面の笑み。この後、飲みに行った)

つくづく、「おカネの教室」は、本作りでも、読者に届ける面でも、「縁」に恵まれた本だな、と思う。

現場の声から学んだこと

この一時帰国時には、ABCのほか、丸の内の丸善、新宿の紀伊國屋書店とブックファーストなど都内屈指の大型書店をいくつか回った。
どこにお邪魔しても、書店員さんとの会話からあれこれ学ぶことが多かったのだが、あえて一言に集約すれば、

「本を売るのは大変だ!」

という、当たり前の事実を、肌で実感できたのが収穫だった。

ある書店員さんは「この本は、このまま並べたら、ウチでは売れません」と即断した後、その場で「どんなポップを付けたら売れるか」と一緒に考えてくれて、「子供に読ませたいと思えるフレーズを添えて、お父さん、お母さんに手に取ってもらう」という作戦を示してくれた。
別の書店員さんは「良い本だと思うけど、地味なので、埋没しないように平積み用の目立つボックスがあればベスト」とアドバイスしてくれて、インプレス井上さんが奮闘してリクエストに応じた。

スマホ中毒の裏返しで進む活字離れに、Amazonの攻勢、そして、あふれるほどの新刊の山。
書店の経営・運営はどこも厳しく、「良書なら黙っていても売れるはず」などという甘い時代ではない。アタマでは分かっていたつもりだが、現場の方々の声を聴くと、「本は、書いたら終わりじゃなくて、出してからが本番」という言葉が現実味をもって迫ってきた。

ついでに某店での、忘れられない瞬間を付記しておこう。
編集アライが書店員さんをつかまえ、資料を渡して「こういう本でして…」と立ち話であれこれ説明を始めた。私はすぐ横に立って「ほう、こうやってやるもんなのね。イチから説明して、こりゃ、大変だなあ」とウンウンとうなずいていた。
すると、わき腹への軽いエルボーと一緒に、(ほら…!なんかしゃべって…!)と編集アライがささやいた。
私は慌てて売り込みの文句を並べながら、(自分の本やん!? ボーっとしとったらアカンで!)という心の声まで聞こえたような気になり、「こいつ…できる…」との思いを新たにしたのだった。

合言葉は「初速」

版元インプレスの神保町の本社にもお邪魔した。どうでもいいが、窓から自分の勤め先の本社が見えるのは、とても微妙な気分だった。

私は事前に、「ま、無名の新人のデビュー作だし、自分&アライ&井上プラス2人ぐらいのスモールミーティングだろう」と想像していた。
ところが、始まってみると、マーケティング部門のトップから電子書籍のご担当、現場の営業の方々などで10人掛けのテーブルは満席、まわりの予備の椅子でギリギリなんとか収容、という大人数が集まっていた。
予想比3倍ぐらいの人数に、「こんなに多くの人が、自分の本を売るための作戦会議に参加してくれるのか」と驚き、ちょっと感動した

この席で井上&アライ&私は「武器」とその使用法のアイデアを説明した。
さて、再三、書いてきた「武器」とは、初版分の印税のことだ。
私は「初版分は印税はいらないので、プロモーションにそれを投入してほしい」と提案していたのだった。変な本だし、未知数のコンテンツなのは承知している。マーケティングの予算は限られるだろう。初版分ということは、定価1600円×ウン千部×ウン%なので、まあ、大層な金額ではない。
それでも、
①書店向けの特製ポスターを作る
②特製しおりを数万枚、書店に配布する
③動画広告を街頭の大型ディスプレーに流す
④書店回りなどで印象に残るよう、特製名刺を作る

といったプロモーションを展開する原資にはなった。後には、余った資金枠を新聞広告にも投入した。

(特製しおり。デザインは装丁と同じ佐藤亜沙美さん)

(新宿で打った動画広告。ご本人の両脇には長女と「サッチョウさん」の命名の由来である甥っ子。効果があったかは大いに疑問。遊びです)

(下手な字をさらしたポスター。こちらも佐藤さんのデザイン)

私はこの本の出版で「とことん、遊ぼう」と思っていた。
言わずもがなだが、「遊び」というのは言葉の綾だ。
私の好きなフレーズに「真剣にやれ! 仕事じゃねーんだぞ!」という名文句がある(仕事も真剣にやってます←社内読者向け)。元ネタが何かは知らないが、「遊ぶなら本気でやらないと楽しめない」のは真実だ。

そして、この本でできるだけ「長く、深く」遊ぶために必要なのは「サバイバル」だと認識していた。このセルフインタビュー(これはこれで面白いので、お時間あるときに)でその辺りの考えは詳しく述べている。
それにはスタートダッシュが肝心だ。初版の印税放棄というアイデアは、このサバイバルの発想から来ていた。

インプレスの「チーム・おカネの教室」の会議で、私は自分の考えがその道のプロの方々と一致しているのを確認できた。
会議で繰り返し出たキーワードは「初速」だった。
どうやって初速、つまり発売直後に販売を伸ばして、「売れる本だ」と書店に認識してもらうか。
山のように出る新刊の波の中で、無名の新人の本がサバイバルするのは、容易ではない。特に新陳代謝の激しいビジネス書コーナーの場合、下りのエスカレーターを上るぐらいでは足りず、鯉の滝登りぐらいの勢いを出さないと「返本・絶版」の淵に落っこちてしまう。

この「初速」という業界用語(?)の印象が強く残り、これ以降、私は初版印税分の販促費用プールのことを「燃料」と呼ぶようになった。地球脱出速度を出して衛星軌道に乗るためのブースター役のイメージだ。

会議はテーマを「初速」に集中させた、とても有意義なものになった。
内容の濃さもさることながら、私が嬉しかったのは、インプレスの方々が「おカネの教室」を読んだうえで、「これは良い本だから、売れるべきだ」という意識を共有してくれていたことだった。
この「熱」にこたえるためにも、初速を出すのにやれることはやろう、という決意を新たにした。

幸い、前述のように、インタビューと「佐々木砲」の合わせ技もあって、「おカネの教室」は3月16日の発売からわずか10日ほどで最初の重版がかかる最高のスタートを切ることとなるのだった。

圧倒された佐藤事務所

話がすこし先走ってしまった。
この帰国時には、デザインを担当いただいた佐藤亜沙美さんの事務所「サトウサンカイ」にも伺うことができた。佐藤さんも本を読みこんでくださっていて、昭和なビルの素敵なアトリエで、創作の裏話などをまじえて楽しいひとときを過ごした。ポスターや名刺のデザインについても、膝詰めで打ち合わせができた。
佐藤さんは物腰の柔らかい方で、話していてとてもリラックスできる相手なのだが、本棚に並ぶ素敵な装丁の数々のヒット作や、所狭しと貼られたアートを担当されたイベントや雑誌のポスターには圧倒された。「こんな凄い人に『衣装』を着せてもらって幸せな本だなあ…」という感慨を新たにした。

編集作業、完了!

約1週間の濃密な日程をこなし、2月18日、私はロンドンに舞い戻った。
帰任までの1か月ほどで、先に帰る家族の帰国の準備や不動産契約の解約、車の売却手続き、そしてもちろん本業とその引継ぎなど、やるべきことは山ほどあった。
「おカネの教室」の方も、事前のプロモーションに絡んだ細かい詰めなど、編集アライや井上さんと日々、忙しいやり取りが続いた。

そんなバタバタした日々を過ごしていた2月27日、編集アライからこんなメールが届いた。

先ほど、本文、装丁ともに完全に私の手から離れました!!!!!!
素敵な本を本当にありがとうございました。
とりいそぎのご連絡まで!

6月末からちょうど8か月で、ようやく「おカネの教室」の編集作業はゴールインした。私はすぐさま、

おおおおお!!!!!
お疲れ様でした!!!
あとは、売るだけ!!

と返信した。
ついに矢は放たれた。発売日の3月16日まで、もう3週間を切っていた。

================

「おカネの教室」ができるまで、ご愛読ありがとうございます。
シリーズ3の商業出版編、次回でいよいよ最終回です。デビュー作が出たのはいいけど、まだロンドンにいたから実感が全くわかなかった、といったお話などを予定しています(笑)

乞うご期待!

「お金の教室」のわらしべ長者チャート
娘に「軽い経済読み物」の家庭内連載を開始
       ↓
作中人物が独走をはじめ、「小説」になってしまう
       ↓
出版の予定もないし、好き勝手に執筆続行
       ↓
連載開始から7年(!)経って、赴任先のロンドンで完成
       ↓
配った知人に好評だったので、電子書籍Kindleで個人出版
       ↓
1万ダウンロードを超える大ヒット。出版社に売り込み開始
       ↓
ミシマ社×インプレスのレーベル「しごとのわ」から出版決定←いまここ

無料投稿へのサポートは右から左に「国境なき医師団」に寄付いたします。著者本人への一番のサポートは「スキ」と「拡散」でございます。著書を読んでいただけたら、もっと嬉しゅうございます。