専業主婦で何が悪いか!

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なお、タイトル画像は「専業主婦もブラック!」というのが持論の次女が描いてくれました。

この手の話は炎上しがちなので最初にお断りを。
私はこのテーマの専門家でも何でもありません。これは我が家の個別ケースでしかありません。タイトルのアタマに「ウチの奥様が」と脳内補足してお読みください。それでも不愉快だったら、サッサと読むの止めちゃって、こちらのしゃっくりについての快作でもご覧ください。

「あなたの奥さんは『寄生』しているの」

何年たっても忘れられない会話というものがある。
三女が生まれる前後、十年ほど前のこと。数人で居酒屋で飲んでいて、酔った同年代の女性が私に絡んできた。その人は「既婚・子なし・共働き」。

女性「高井さんのところは、奥さん、何のお仕事されてるの?」
高井「ウチは専業主婦ですね。長女が生まれてからずっと完全専業」
女性「ふーん……。どうして?」
高井「うーん…。向いてないんですよ、外で働くの。子どもは大好きなんで、今は子育て専用モビルスーツって感じですね(笑)」
女性「ふーん……。それってつまり、私があなたの奥さんの分も納税してあげてるってことよねぇ
高井「……はい?」
女性「だって、そうでしょ。税金払ってないのに公共サービスは受けてるんだから。私が払った税金にタダ乗りしてるわけよ、奥さんは」
高井「……」
女性「あなた配偶者控除も受けてるでしょ? 日本の税制だと、専業主婦は社会に寄生しているってことなのよ。わかってる、その辺?

いくら酒の席でも、言っていいことと、悪いことがある。
人の奥様を寄生虫呼ばわりするのは、即、ビールをぶっかけて良いレベルの暴言だし、そうするべきだったと反省している。
なぜ反省しているかと言えば、アタマにきた私も暴言を吐いてしまったからだ。

高井「日本の年金は賦課方式だから、アンタが婆さんになったらウチの子どもに寄生するってことだけど、わかってる?」

「売り言葉に買い言葉」とはいえ、これは酷い。
何より、相手と同じクソのような低レベルに堕ちてしまった自分が情けない。ビールぶっかけて、席を蹴ればよかった。

肩身の狭い専業主婦世帯

高井家の奥様は、かれこれ20年ほど専業主婦だ。ちなみに我が家は春から大学、高校、中学にそれぞれ進学する三姉妹と夫婦の5人家族。
一時期は高校の非常勤講師を務めていたし、本屋なんかでバイトをやってたこともあったが、27歳で長女が生まれてからはずっと専業主婦である(高校の同級生なので同い年です)。

今さら、ではありますが、下のグラフのように、日本ではとっくの昔に専業主婦世帯はマイノリティーである。

(出所等はこちらのリンクを参照

私は「みんな好きにしたらエエがな」という素朴な古典的リベラリズムの信奉者だ。
女性の社会進出も、男女共同参画社会も、男性の育児休暇取得促進も、同性婚も、同性婚カップルの育児も、「専業主夫」の増加も、「個人の選択が縛られない」方向への社会の変化は、すべて歓迎する。
みんな、好きにしたらエエがな。

なのだが。
その選択の1つでしかないはずなのに、最近、「専業主婦世帯」は妙に肩身が狭い。

冒頭のような暴言はさすがにレアケースだが、酒席などで「ウチは専業主婦です」と話すと、ビミョーな空気が流れる。「え…いまどき…?」みたいな感じの空気だ。
世慣れた人は「へえ」とか「そうなんですか」といった当たり障りのない反応で流してくれるが、なかには「すごいですね!」とか「さすが!」といった、「養えるオレ、凄い自慢かよ…」というニュアンスがにじむお言葉を頂戴することや、「奥さんも仕事したいと思ってるんじゃないの~?」とか「『外』に出させない主義?」といった、まるで私が奥様を幽閉しているかのようなご見解を賜ることもある。
相手に「ああ、ウチも専業でして」と言われると、ちょっとホッとする。「なんでホッとしなきゃいけねーんだよ」と思いながら。
奥様にインタビューしてみたところ、PTAなどでも「働いているママさんが多いから『専業主婦です』と言いにくい空気。聞かれなければ言わない」とのこと。

単なる「分業」でしかない

退屈な結論で申し訳ないが、高井家が専業主婦世帯なのは、それぞれの得意・不得意を反映した単なる分業でしかない。
奥様は「内向的で経済・お金関係は苦手だけど家事や育児は好き」という人で、私は「外交的で経済関係は強いけどジッとしていられない」という人だ。奥様は正直・地道系、私はハッタリ・ザックリ系、奥様はアナログ志向、私はITデジタル志向という違いもある。
こうした性格・スキルの違いから、高井家は「ややこしいこと担当=私 めんどくさいこと担当=奥様」という大まかな分業体制をとっている。
「ややこしいこと」とは、

・仕事してお金を稼ぐ
・銀行や保険、不動産・ローン、金融資産の管理
・PC、スマホ、Wi-Fi機器などIT環境の整備
・家族旅行のツアーコンダクター
・水回りや電気系統などのトラブルシューティング

などなどである。
奥様が担当する「めんどくさいこと」は、

・炊事・洗濯・掃除など家事一般
・消耗品の管理
・学校・PTA関係の行事や手続き
・家族・家庭の健康・衛生管理

などなど。手間がかかり、反復作業を伴う、私の苦手分野だ。

当然だが、「私は仕事オンリー・家事と育児は全部奥様」というような完全な分担ではない。
三姉妹が小さかったころは、私もおむつ替えやミルク、寝かしつけなどそれなりに子育てをやっていた。ただ、昔の記者稼業は拘束時間が長く、「深夜帰宅・起きたら出勤」の繰り返しで、平日はほぼ家にいないのだから、家事も子育てもほぼ奥様のワンオペだった。例外は幼稚園の「送り」ぐらいだったろうか。
仕事ということでいえば、ペンネームの原稿の第一読者は奥様だ。ちなみにスティーブン・キング、村上春樹、カズオ・イシグロもそうらしい。へえ。

目標は「健康第一」

高井家の適材適所型分業の最大の目標は「家族みんなの健康」だ。

私は「苦手なことからは逃げる」タイプの自堕落な人間なので、仕事をこなしたうえで苦手な家事をちゃんとやる自信がない。おまけにフラフラ、ウロウロする癖がある。「彷徨ってないでもっと家事やれや」と言われたら「すいません」と言うしかないが、フラフラ・ウロウロしないと、ストレスで心身に悪影響が出そうだ。もっと「完璧パパさん」だったらよかったのだが、こういう人間なんだからしょうがない(と開き直っている)。

一方、奥様は、一言でまとめると、「貨幣経済に向いていない」人だ。お金の絡むアクティビティがとにかく苦手。ビジネス・仕事だけでなく、消費や貯蓄などでお金を扱うのも得意ではないし、好きじゃない。
奥様は定期的に「私もちょっとパートとかやろうかな」と言い出すことがあるのだが、私はいつも「やめといたら?」とお諫めする。
不特定多数の他人と接触すると人一倍気疲れする性格だし、体力だって年齢相応に落ちている。心身の負担で健康を崩してしまうリスクと実入りのバランスが悪いと思うのだ。
奥様の忘れられない一言がありまして。長女が生まれて数か月、すごい寝不足で、一番きつい時期だったある日。疲れた顔で授乳してる途中にふと、「あー、私、『これ』をやるために生まれてきたんだわ」
だから「三姉妹の育児が一段落したら地域の子育てボランティアとかやろうかな」という話には大賛成している。「貨幣経済の外」で社会に関わった方が良い人もいるのだ。

さて、「家族みんなの健康」という目標で、奥様の重要ミッションの1つは三姉妹の健康管理である。
例えばお弁当作り。長女が幼稚園に上がって以降のこの15年間ほどの間、「弁当フリー」になった期間は2年しかない。次女と三女がバトンタッチで高校生になるので、向こう6年はお弁当が要る。ついでに作ってもらえる私へのお弁当供給も安泰だろうと期待している。
三姉妹が小さい頃は、冬場なんて下手すると週3回ぐらいのペースで小児科やら歯医者やら耳鼻科やらのお世話になっていた。これも、奥様がほぼフルカバーしてくれた。
病気の予防活動にも余念がない。長女と三女が受験生だった今年も、おかげさまで受験が終わるまで三姉妹は風邪・インフルを回避できた。試験が終わったら2人ともすぐに軽く風邪ひいて、ちょっと笑ってしまったが。

炎上防止のため、言わずもがなの補足を。
私は何も「専業主婦(主夫)じゃないとお弁当作りや子供の健康管理は完璧にできない」などと主張しているわけじゃない。
共働きでちゃんとやれている家庭の方が、立派に決まっている。
高井家の場合、私も奥様も仕事と家事・育児を両立する自信がないから、「チームとして無理のないサステナブルな形で分業している」というだけの話だ。

リスキー?そうだろうねえ

さて、専業主婦世帯に対しては、世間でこういう言説がある。

(右肩に注目。フォローはしてません!)

脊髄反射するほどコドモではないので「時代遅れになってほしい」という部分はスルーしておこう。大変ですね、人生切り売り型炎上商法って(←スルーできてない)。

この「稼ぎ手が1人しかいないリスク」は、もちろん、危なっかしい。私が働けなくなったらキャッシュフローは途絶えるわけで、共働きならその懸念は小さくなるだろう。
ただ、このリスクは管理可能なものでもある。「カネの問題は所詮、カネでカタがつく」のだ。高井家の場合、以下の基本方針のもと、リスク管理プランを立ててきた。

①目標は「私が若死にしても、子どもは何とか大学まで行ける」
②「給料は明日にでも3割下がる」を前提に生活レベルをキープ
③子どもには小中高、できれば大学まで国公立を狙ってもらう

ミソは、「何とか」というレベル感である。
完璧なリスクヘッジのためには貯蓄や保険をかなり厚くする必要があるが、遺族年金や母子家庭の支援制度など公的サポートを考慮すると、サラリーマン家庭の場合、実は「何とか」というレベルへの備えはそんなにハードルは高くないのだ。
もちろん、私が今すぐ死んだら、奥様と子どもたちは苦労するだろう。国公立進学は「できれば」でなく、must になってしまうだろう。
でも、父親が死ぬような不幸に見舞われたら、人生というゲームがハードモードになるのはしょうがない。貴族じゃないんだから。

なお、専業主婦の「離婚で収入が途絶える」というリスクについては詳細は割愛する。私が養育費を踏み倒すレベルのクズでなければ「路頭に迷う」ようなことはないのはちょっと調べればわかる、とだけ付記しておこう。

放っておいてください…

唐突なようだが、私も奥様も、物欲が乏しく、お金のかからない人である。
たとえば服。絶望的にセンスがないのもあって、私は着るものに興味がない。数千円のものを量販店で買えば十分だ。というより、オシャレな店は店員さんが怖いので行きたくない。滅多に着ないスーツを作るのは数年に一度。奥様も似たり寄ったりで、ブランドものなんかに全く興味がない。
高井家で一番の「物欲」案件は本だろう。我が家には本棚が14本あって本は16本分ぐらいある(あれ…計算が合わないな…)。ま、半分はマンガなのだが。
これにしたって、別に図書館で借りるか、BOOKOFFなりで買うようにすれば、新規投資額はすぐに何分の一かに圧縮できる。
外食も滅多にしないし、チェーン店で十分満足できる「舌」の持ち主で、金のかかる趣味もない。私の趣味のビリヤードも、道具はそろっているので、そう金はかからない。やらなきゃ発狂するレベルの中毒でもない。

何が言いたいかというと、高井夫妻は出費を抑えてもそんなに幸福度は下がらないようなチームなのだ。私の稼ぎとか、「三姉妹全員が国公立」といった前提が変化したら、節約モードを発動してフローを調整すれば良い。

「節約生活になってもどうってことない」と思っているのは、「日本のヒルビリーだった私」で書いたように、子ども時代、貧乏だったからだ。
給食代も滞るような金欠だったが、高井三兄弟の子供時代はとても幸福だったと断言できる。最低限は必要だけど、金は幸、不幸を分ける決定的ファクターじゃないと身に染みて分かっているのは、私の強みだ。ちなみに子ども時代の合言葉は「明るい借金生活」だった。
例えば、私だけなら、近くに図書館があって、友達とおしゃべりしたり、たまにnote書いたりしてれば、衣食住が最低限度でも、かなりの幸福度を保てる確信がある。現状、読みたい本の残量と寿命のバランスが悪いのが最大の悩みなので、金があっても老後はそんな生活をしそうな気がする。

まとめると、高井家は「専業主婦世帯」がライフスタイルに合っていて、慎ましく暮らして子どもたちの人生の選択を極端に狭めないように備えもして、幸運にも家族一同、そこそこ健康を維持して平和に暮らしている。
だから、私は言いたい。
専業主婦で、何が悪いか!
そりゃ、「今どき」っぽくないかもしれんけど、放っておいていただけませんか…。

計算通りに「カツカツ」

ああ、聞こえる。
「専業でやっていけるなんて、恵まれてるからでしょ」という声が。
「ダンナ(オレやん)の稼ぎがそこそこ良くて、子どもたちが公立校で貫徹できる学力があって…自慢ですか?」という声が。

しかし、ちょっと待ってほしい。
確かに高井家は現状、悪くない状態にあるが、それはある「選択」に幸運と若干の努力が加わった結果にすぎない。
そして、私はこの「選択」を左右するファクターの方に、「専業主婦世帯は肩身が狭い」という不愉快な状態より、もっと強い不満を持っている。

高井家が選択したのは「子どもの数」である。
長女、次女がある程度大きくなったころ、何となく4人家族のペースもできて、高井家は「いい感じ」であった。
その頃、私のリスク管理プランは現状と少し違っていた。再掲する。

①目標は「私が急死しても、子どもは何とか大学まで行ける」
②「給料は明日にでも3割下がる」を前提に生活レベルをキープ
③子どもには小中高、できれば大学まで国公立を狙ってもらう

違いは③の部分だった。子どもが2人だったころは「高校か大学から私立でもOK」という前提で人生プランを練っていた。
でも、そのうち「3人いた方が楽しそうだな」という気がしてきたので、「ま、いいか」とお1人様追加してみた。
それに伴い、③の部分を「原則、国公立」に切り替えた。お子様方の選択を狭めるのは恐縮だが、「ガヤガヤ楽しいんだから、まあ、贅沢言うなや」というノリでコースチェンジしてみた。実際、三女が良い意味で家庭内を撹乱するナイスなキャラに育ち、愉快な一家である。

さて、横川楓さんの「ミレニアル世代のお金のリアル」から少々拝借すると、「大学まで公立」で通しても教育費は1人800万円弱、大学だけ私立だとプラス200万円ほどかかる。生活費や塾・お稽古事などまで考えると、「お1人様追加」はなかなかの家計リスクである。

(良い本です。ご興味ある方はこちらの書評を参照ください)

だから、「お2人様」から三姉妹への切り替えに伴って、あれこれ修正・調整をした。出費を抑えて貯蓄を増やしたり、「父ちゃんが死ぬリスク」への備えもちょっと厚くしたり、という感じだ。
幸運だったのは公立路線という想定にハマる、都立中高一貫校という選択肢の発見だった。うかつにも長女が小6で急に受験すると言い出して初めて存在を知ったのだが、「これや!」と天啓をうけた高井さんは、通称「お父さん問題」という都立中高一貫校対策の独自の小論文プログラムを開発した。どこまでがその効果だったかは不明だが、結果的にこのプログラムを受講した三姉妹はそろって同じ某都立に滑り込んだ。親孝行だなあ。「お父さん問題」については、別の機会にまとめて。

そんな感じで計画通りにきているわけだが、それでもけっこうカツカツである。マージンは取ってあるが、余裕綽々からは程遠い。
というより、逆算で「3人までギリいける」と選択したのだから、「カツカツなのは計算通り」なのだ。「都内で『一馬力』で子ども3人」というのは、我が家の財政状況からすると、そういう選択だ。

そして、各種条件が違っていたら、子どもを1人か2人にする、あるいは完全に「公立縛り」にする、あるいはいっそ「子供なし」で行く、などなど、教育費の見込みから逆算して子供の数を調整していたことだろう。
それはつまり、仲良し三姉妹の誰か(もしくは全員)がこの世に居なかったかもしれないということを意味していて、考えるとちょっと「来る」ものがある。

子育てというギャンブル

ところで、このnoteのタイトル、「どっかで見たな」と思いませんか。
はい、パクリです。元ネタはこちらの赤川学さんの本。

(2004年刊。もう15年前かよ、とちょっと驚いている)

ちなみに、この本のタイトル自体が機動戦士ガンダムのブライト艦長の名セリフ「殴ってなぜ悪いか!」から着想したそうなので、そちらを連想した方もいるかもしれない。

パラパラ読み返すと、さすがに15年前の本なので、古さは否めない。
でも、長女が幼稚園に上がったころ、この本を読んで、「男女共同参画の推進が少子化問題の処方箋になるという主張は欺瞞だ」という冷徹な分析と、いささか乱暴なタイトルに込められた、「個人の自由な選択が認められる社会の行き着く先が少子化なら、それは悪いことではない」という主張に強く共感したものだった。
一方で、子育て支援について、「子供をもたない」という選択をした人との間で有利・不利が出ない、ニュートラルな形で行われるべきだという主張には、「それは部分最適で『悪手』じゃないの?」と疑問を抱いた。

改めて指摘するまでもなく、今の日本の社会は子育てに優しくない。
特に共働き世帯にはきつい。季節柄、保育園の不足は言うに及ばずだろうし、いくらかマシになったとはいえ、産休・育休がきっちり取れない人も多いだろう。シングル世帯となると、さらに難易度は上がるので、きっちり子育てされてる人たちは、ほんとに凄いと思う。尊敬します。

様々な制度をフルに活用できても、子育ては想定外のトラブルの連続で、そこに親の介護だ、人事異動だ、転勤だ、リストラだ、自分の病気だ、アレだ、コレだと、人生には次々とハードルが待っている。個人レベルで大変なのに、「まさか」という大企業が倒産したり、トランプが大統領になったり、イギリスがEUから離脱したり(まだ「しようとしたり」ですな)もする。
だから、「子どもをもつ」という選択は、リスキーで、エネルギーを消耗する選択だ。ハッキリ言って、そろばん勘定(お!「おカネの教室」の著者っぽいぞ)だけなら「損」だ。

それでも、ある人はそろばん勘定を超える喜びがあると思うから、子を生み、育てるのだろう。
そしてある人は、そろばん勘定が壁になり、「子どもはもてない」という判断を下すのだろう。
我が家は、そろばん勘定の末、「カツカツだけど、3人、行ってみよか!」というギャンブルに出た。勝負の行方はまだ見えない。巡航速度で三女が大学を修了する10年後ぐらいに、「まずまずプラン通り」の着地となる可能性は50%ぐらいかな、と見積もっている。異変があったら、ビリヤードに行く回数が減りそうだなぁ。それで済めばいいか…。

高すぎる学費の本当のコスト

「子育て」というギャンブルのレートを上げている決定的な要素は教育費だ。再び「ミレニアル世代のお金のリアル」から引くと、「幼稚園からすべて私立」というコースでは、子ども1人の学費が2200万円を超える。
はっきりいって、よほど高給取りか、実家が太いご家庭以外、3人なんて無理過ぎる。2人でも相当きついだろう。

ちょっと、どうしても書きたいので脱線。
私が今の今、腹立たしく思っているのは、私立の「入学金ゴッツァンです」ビジネスモデルだ。
今年、長女が大学、三女が中学受験で、ポコポコ合格したのは喜ばしいが、私立数校からそれぞれウン十万円の入学金をボッタくられた。
もう1度書きます。ボッタくられた。
「入学金には返還の義務がない」というのは最高裁で判断が出ているらしい。でも、何度でも書くが、あれは下品なボッタくりだ。
大学受験では、ちゃんと偏差値が低い順に入試が行われ、納入期限は「本命校」の前に設定され、「滑り止めの滑り止め」までウン十万円を徴収できるよう、日程が組まれている。
入学するなら、受け入れ準備等の対価を支払うのは当然だろう。
だが、そんな作業が始まるはるか前に納入期限を置き、足元を見透かして取れるところから搾り取る所業について、「お前たち、教育機関として恥ずかしくないのか」と問い詰めたい。小一時間、問い詰めたい(←古い)。

閑話休題。
「ミレニアル世代のお金のリアル」によると、公立でも大学の学費は260万円ほどかかる。諸経費抜きの学費のみ、でだ。
これを奨学金と言う名のローンで工面した若者が「借金漬け」になって苦しんでいるのは、ご存知の通り。横川さんもご著書で若者のシビアなリアルと指摘している。親が負担するか、子ども自身が奨学金ローンで負担するか、形はともかくとして、今の大学の学費負担は重すぎる。

私は「教育はすべて無償」が理想だと考える。機会の均等化と能力開発の最大化、世代を超えた経済格差の温存を避けるためにも、それがベストだ。無論、大学の淘汰など「教育の質」の向上や職業訓練とのバランスなどを含む教育システム全体の改革が前提になる。そう簡単にできることではないのは先刻承知。
無償化が難しくとも、次善の策として、親の所得から子供の学費の控除を認めるとか、無利子の奨学金制度の拡充と就職後の返済額の所得控除など、合理的に負担を軽減する策はいろいろとあるはずだ。

「義務教育以降は自己の責任と選択だから公的支援にはなじまない」という考え方がある。それには、「健全な『社会の担い手』を育てる投資は長期のリターンが高いから、大学に限らず、高校、専門学校、職業訓練コースを含めてもっと公的サポートを増やすべき」と申し上げたい。
単純に経済成長という側面だけ考えても、人口減少の「引き潮」に抗する手段の1つは、一人一人の働き手の生産性やクリエイティビティの向上=教育・職能水準の引き上げだろう。健全な中間層が社会の担い手として「厚み」をもたないと、政治と経済が不安定化して大きなツケが回ってくるのは、日本と世界の現状を見れば明らかだ。
この書評でも紹介したハンス・ロスリングの「ファクトフルネス」が指摘するように、この20年で世界をより良き場所にした原動力は、経済成長と教育が両輪だった(なお、この世界的なベストセラーに別の視点から反論も試みているので、ご興味があったらこちらも)。

育てるのは「子ども」じゃなくて「人間」だ

子育ては一義的には親の責務だ。だが、それが家庭で完結しない現代にあって、教育は不可避的に社会との共同作業でもある。

そのなかで教育費、特に高等教育の経済的な負担は、私の目には、子の親、あるいは子ども自身に不当に重くかかっているように映る。
2022年には成人人口が18歳に引き下げられる。「いくつになっても、親にとって子どもは子ども」だけど、「成人」の学費の面倒を見るのは果たして「子育て」なのだろうか、という素朴な疑問が湧いてくる。
大学に入るころには、育てられているのは「子ども」ではなく、成人、つまり名実ともに次世代を担う市民なのだ。
もっと社会的サポートが厚くても良いのではないだろうか。「子育て世帯」ではなく、本人への支援という形でできることはもっとないのか。

制度や社会の風向きはそう簡単には変わらないだろうし、そんなものに期待してリスク管理をするほど私は甘い人間ではない。
だから、高井家は、「健康第一」を目標に、三姉妹ができるだけ望む道を進めるようリスクをコントロールしつつ、でもたまにはプチ贅沢を楽しんだりしながら、専業主婦の奥様と私の二人三脚でチマチマと進んでいくつもりだ。
楽しいからやっているのだけれど、そんな調子で、けっこうな重荷を背負って「人間」を育てているのだから、温かく見守ってくださいな、というのは、そんな過分なお願いでもないだろう、と思うのだが、いかがでしょうか。

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高井浩章

高井浩章 雑文帳

徒然なるままに。案外、ええ事書いてます
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