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スターシードのなり損じ 第一話【週刊少年マガジン原作大賞応募作品】

記号注

M:モノローグ
N:ナレーション
〈〉:キャラ紹介




N
「6月13日、0時37分」

 柚木城、山間部の豪邸の門前で立ち止まる。

〈渋沢東高校一年 柚木城ゆぎしろ太弦たつる

柚木城
「ここか。結構広いな」

 柚木城、門扉を乗り越えて敷地内に入る。二人の少女が彼を待ち構えている。

リナ
「(不機嫌そうな表情で)変なのが来たよ、チカ」

チカ
「やっちゃおっか、リナ」

 リナの手に鞭が、チカの手に火球が現れる。

柚木城M
「リナって子は星術師か?チカって子の方は媒体無しでいきなり火の玉を出した。能力者で確定」

柚木城
「ちょっと通してくれないか?あんたらが憎くて来た訳じゃない。ここの家主に用があるんだ」

リナ
「は?先生に?」

チカ
「先生は今他の子達と『授業』があるの。邪魔すんなし」

柚木城
「······ったく、洗脳済みかよ」

 柚木城、二人に向かって駆けだす。

N
「八年前から、地球を含む太陽系は『フォトンベルト』と呼ばれる銀河系内の高エネルギー帯に突入した。降り注ぐフォトンエネルギーは地球人類のエネルギー問題を解決し、より多くのエネルギーが得られる場所を巡る第四次世界大戦を引き起こした」

 リナが振るった鞭が一気に伸び、柚木城を拘束する。チカが放った火球が柚木城に命中し、爆発する。

N
「フォトンエネルギーを宿した道具を用いる星術師。フォトンエネルギーにより覚醒した能力者。戦争により発達した兵器を使う科学徒。フォトンエネルギーを浴びて目覚めた生命体を使役する怪生物匠」

 リナとチカ、立ち昇る煙を見つめて口の端をもち上げる。

N
「フォトンベルトの影響で力を手にした者達の多くは、人知れず悲劇の渦中にある。そして」

 煙が晴れ、青い獣のような外殻で全身を覆った柚木城が内側から鞭を千切る。

N
「柚木城太弦もその一人である」

 リナとチカ、目を見開く。柚木城、猛スピードで距離を詰めて二人を殴り飛ばす。






 先生がベッドの上で四人の少女達を侍らせている。

先生
「(口から涎を垂らして)ん~、みんなの涎甘~い。こまりちゃんの涎も先生に味見させてほしいな~」

 こまりはベッドから離れた部屋の隅で先生を睨む。先生は笑みを浮かべて端末を手に取り操作する。こまり、立ち上がってベッドに歩み寄る。

こまりM
「身体が、勝手に······!」

先生
「怖がらなくていいよ~、どうせすぐ気持ち良くなるから」

 こまり、ベッドに腰掛けて舌を出し、目に涙を浮かべる。

先生
「あ~かわいくて惨めな顔!ちょっと高くてもマヂで買って良かったわ」

 先生がこまりの頭を両手で掴む。

先生
「こまりちゃんの涎、いただきま~す」

こまりM
「やめて······!」

 跳躍した柚木城が窓ガラスを突き破って先生の寝室に飛び込む。先生、しばし唖然とする。

先生
「······か、怪生物!?リナちゃんとチカちゃんは!?」

柚木城
「見張りの子達は倒した。たぶん死んでないはずだ」

先生
「喋る怪生物!?何でそんなバケモンが俺の家に!?」

柚木城
「バケモン、ね。(拳を握る)催眠装置で女の子を犯しまくってるてめえの方がバケモンだろうが」

 柚木城は逃げようとする先生の背中に飛びかかって組み伏せ、先生が持っている洗脳端末を破壊する。正気に戻った四人の少女は悲鳴を上げて逃げるが、こまりは怯えて動けずにいる。柚木城、それを横目で確認する。

柚木城M
「ここで戦うとこの子が危ない」

 柚木城は先生の首を掴んで振り回し、破った窓から外へ放り投げ、すぐに自分も飛び降りる。着地と同時に先生の腹へ拳をめり込ませ、投げ飛ばして塀に叩きつける。

 先生、よろよろと逃走を図る。柚木城は彼の頭に近くの植木鉢を投げつけて動きを止め、一気に接近して拳を放つ。先生が大きく吹っ飛ぶ。

 柚木城は尚も接近して殴ろうとする。先生、気絶している。

柚木城M
「······何も死ぬことはないか」

 柚木城、拳を解く。

 こまりはしばらく呆然としていたが、サイレンが聞こえて立ち上がりふらふらと歩く。門を開いて外に出ると、パトカーに少女達が保護され、先生が救急車に運ばれ、その近くにこまりの両親がいる。

こまり
「お父さん!お母さん!」

両親
「こまり!」

 こまり、駆け寄って両親と抱き合う。

こまり
「お父さん、お母さん······!」

こまり父
「ごめん、ごめんよこまり」

こまり母
「お家に帰れるよ。もう大丈夫だよ」

 柚木城、離れた木陰からそれを見つめ、青い外殻から脱皮するように抜け出す。青い外殻、光の粒子となって消える。柚木城、立ち去る。






N
「同日13時25分」

 カフェのカウンター席に詩紅と足田が座っている。

〈内閣府特定状況対応局第四課 東条とうじょう詩紅しぐれ

詩紅
「ホントにゴミみたいな科学徒でしたね。女の子を催眠して先生呼びさせた上で『授業』ですよ?ホントにゴミすぎる」

〈詩紅の上司 足田たらだ文仁ふみひと

足田
「あの催眠装置の販売元には既に桜田さくらだ達を向かわせたから大丈夫だろ。目下の問題は、我々より早く先生の悪事を突き止め、彼を倒した存在がいることだ」

詩紅
「青いヒーロー······被害者こまりちゃんはそう言ってましたね」

足田
「ここ二か月、この地域での青い怪生物の目撃情報は多い。我々が把握していないだけで、そいつが救った悲劇も多いのかもしれん。この近くに怪生物販売人がいたよな?」

詩紅
「はい、来週潰す予定ですが」

足田
「今夜そこに行って、青い獣型の個体を売買したか調べよう。青いヒーローは知的怪生物か、あるいは······」

詩紅
「あるいは?まさか人間に化ける怪生物がいるんですか?」

足田
「まだわからん。その辺りも含めた調査だ。まずは警察に行こう。先生の悪事を知らせたのがいくら匿名での通報といっても、声紋照合をかければ特定できるはずだ」

詩紅
「でもそれって、犯罪歴が無かったら引っ掛からないんじゃないですか?」

足田
「なーに、第四次大戦のときから国は公共機関での国民の会話を収集してんだぞ?すぐに見つかるだろ」

詩紅
「それマジなんですか?」

足田
「マジなんだよ。いいか詩紅、この国に期待なんかしちゃ駄目だぞ?」

詩紅
「国家公務員のセリフじゃない」





N
「同日、15時47分」

教師
「プリント余ったら前持ってきてくださーい」

 柚木城、配られたプリントに目をやる。プリントには『買わない、危険機工!飼わない、怪生物!』『能力者かも?星術師かも?怪しかったら特況局へ連絡を!』と書かれている。

教師
「(柚木城がプリントを見ている間に)二年生は来週修学旅行を予定していましたが、アメリカの内戦の影響で中止になったそうです。かわいそ。君らは来年どうなるんでしょうね~」

 SHRが終わる。柚木城、教室を出る。

 柚木城、自転車に乗って校門を出る。

 柚木城、河川敷で自転車を降りる。橋の真下でこまりの両親から報酬金を受け取る。

こまり父
「本当に何とお礼を言えばいいか······」

柚木城
「いえ、お金をいただく以上当然です。こまりさんの様子は?」

こまり母
「落ち着いています。本当に酷い目に遭う前に助けていただいたので」

 柚木城、微笑んでこまりの両親と別れる。

柚木城M
「何人ものクソ野郎どもから誰かを助けてきた報酬も、これで百万。やっと怪生物が買える」

 柚木城、たこ焼き屋に寄る。病院に着き、病室の扉をノックする。

叶子
「どうぞ」

 柚木城、扉を開ける。ベッドの上の叶子、柚木城の顔を見て嬉しそうに微笑む。

畑島はたしま叶子かのこ

柚木城
「叶子、たこ焼き買ってきたよ」

叶子
「あーっと······(開いたノートに目をやる)太弦だよね?今日も来てくれてありがとう」

柚木城
「いいって、俺が来たくて来てるんだから」

叶子
「それでも嬉しいよ。一緒に食べよ?」

 柚木城、テーブルの隅にたこ焼きを置く。叶子、ノートに『太弦がたこ焼きを買ってきてくれた』と書き込む。他のページには柚木城の顔写真と名前や叶子の名前等が書かれている。

叶子
「オッケー、書けた」

柚木城
「良かった。じゃあ食べよう」

叶子
「うん」

 柚木城と叶子、たこ焼きを食べる。

叶子
「おいしい!やっぱりわたしたこ焼き好きなんだ」

柚木城
「(浮かない顔で)うん、昔からそうだよ」

叶子
「······どうしたの?」

柚木城
「いや、その······ごめん、叶子。俺がしっかりしてれば、叶子がこうなることも無かった」

叶子
「(たこ焼きを頬張りながら)大丈夫。(ノートに目をやり)太弦が来てくれたことも、他のことも、全部これに書いてあるから。いつでも読み返して想像できるから、別に問題無いよ」

柚木城
「······叶子」

 叶子、空になった舟皿に割り箸を置く。

叶子
「ごちそうさま。何か食べたら眠くなっちゃった」

柚木城
「······寝るの?じゃあ俺そろそろ出るよ」

 柚木城、舟皿と割り箸を袋に入れ、自分の割り箸を持ったまま立ち上がる。

叶子
「うん、ありがとう。またね」

 柚木城、病室から出てゴミ箱に自分の割り箸を捨てる。

 病院のロビー。柚木城、外に出ようとする。

奏子
「太弦くん」

 奏子、病院に入ってくる。

〈叶子の姉 畑島奏子かなこ

柚木城
「奏子さん、こんにちは」

 柚木城、頭を下げる。

奏子
「今日も来てくれたんだ」

柚木城
「はい。叶子、もう寝ちゃいましたけど」

奏子
「そっか」

 奏子、目線を落とす。

柚木城
「······どうしました?」

奏子
「······太弦くん、ちょっと話があるんだけど」

 柚木城と奏子、病院のロビーで向かい合って座る。

奏子
「太弦くん、もう叶子の所に来てくれなくていいよ」

柚木城
「······すみません、迷惑でしたか」

奏子
「まさか、叶子も喜んでるし。ただ······施設に預けることにしたの。瀬戸内海の島にある施設。そこでは同じような症状の人達がたくさん入所してて、国立施設だから費用はここの入院費よりずっと安いの」

柚木城
「瀬戸内海って······泊まりで行かなきゃですね」

奏子
「ううん、もう行かなくていい。太弦くんも自分のことに人生使いなよ。せっかく高校に入ったんだからさ、部活やったり彼女作ったり、叶子なんか関係ない生活に戻ってほしい」

柚木城
「じゃあ、奏子さんは?奏子さんはどうするんですか?」

 奏子、右手薬指を左手の指でなぞる。右手薬指には指輪がある。

奏子
「私ね、結婚するの。まだ婚約段階で、式場だって選んでないけどね」

柚木城
「それは······おめでとうございます」

奏子
「ありがとう。それでね、彼、転勤が多いの。薬剤師ってどこでも需要あるから私は問題無いんだけど、叶子を連れ回すことはできないでしょ?もしかしたら海外にだって行くかもしれないし」

柚木城
「······奏子さんは、奏子さんの人生を選ぶんですね」

奏子
「薄情者だよね」

柚木城
「そんなことは」

奏子
「いいよ、実際そうだし。でもさ、もう八年経つの。その間私は部活も恋愛もしないで、留学も諦めて、就職先も変えて、ずっと叶子をお世話してきた。一度寝て起きたら私がずっとお世話してきたことも、他の家族がみんな死んだことも、君がずっと通ってくれてることも、何もかも忘れちゃう叶子を。だから、そろそろ自分の幸せに手を伸ばしたい」

柚木城
「そのこと······叶子には話したんですか?」

奏子
「うん。ノートにも書いたから、見返せばあの子もわかると思う」

柚木城
「そうですか······」

柚木城M
「そんなこと、さっきは言ってくれなかったのに」

柚木城
「施設にはいつ?」

奏子
「二週間後。それまではいろいろ準備があって」

柚木城
「······そうなんですね」

 柚木城、立ち上がる。

柚木城
「奏子さん、どうかお幸せに。今までお疲れ様でした」

奏子
「(悲しげに微笑む)うん、ありがとう。太弦くんも元気でね」

 柚木城、病院の外に出て、固く拳を握る。






N
「同日17時06分」

 足田と詩紅、柚木城が通う高校で担任教師に話を聞いている。

教師
「確かに柚木城くんの声ですね」

詩紅
「よし、声紋照合と関係者の証言が一致しましたね」

足田
「ああ、意外と早かった。(教師を見て)ご協力ありがとうございました」

教師
「あの、柚木城くんが何かやらかしたんですか?」

足田
「申し訳ありませんがお答えできません。特況局で調査中の事案ですから。では、失礼します」

 足田と詩紅、学校を出る。

詩紅
「柚木城太弦······どっかで聞いた名前なんですけど、どこだったかなぁ?」

足田
「さあな。お前と歳が近いし、どっかで知り合ってたんじゃねえか?とりあえず第十課に連絡して、彼の経歴を調べてもらおう」






 柚木城の回想。

 青い外殻を纏った幼い柚木城、地面を転がる。外殻、光の粒子となって消える。柚木城、立ち上がって自分の外殻と同じような形の赤い獣型の怪生物に詰め寄る。赤い怪生物、柚木城を蹴り飛ばす。

 転がる柚木城の視線の先で、赤い怪生物が背を向ける。

赤い怪生物
「弱すぎる。また来てやるから私を倒せ。そうすればその子は助かる」

柚木城
「てめえ、叶子に何を······!」

 赤い怪生物、跳躍して立ち去る。柚木城、歯噛みして幼い叶子に駆け寄り、抱き抱える。

柚木城
「叶子、しっかりしろ!叶子!」

 叶子、目を開ける。

柚木城
「叶子······!」

叶子
「え······っと、誰?」

 柚木城、大きく目を見開く。

 回想終了。

N
「同日22時47分」

 柚木城、夜の街を歩いている。手にはたこ焼き屋の袋を提げている。

柚木城M
「八年間、叶子を襲ったやつは俺の前に現れなかった。だから別の方法を取るしかない。俺が叶子を助けるしかない。あの姉妹が離れ離れになる前に」

 柚木城、空き倉庫に入る。首筋に違和感を覚えて手を当てる。

柚木城
「······?」

 柚木城、奥に座っているアツヤに近づく。

柚木城
「約束通り、百万稼いできた。俺に怪生物を売ってくれ」

アツヤ
「ああ、お前か。えーっと、どんなのが欲しいんだっけ?」

柚木城
「DNAを取り込んだ相手の病気や怪我を治す怪生物······あんたに話しただろ?記憶障害を負った女の子がいるって」

アツヤ
「あ~そうだったそうだった。んじゃまずは金をくれ。そっから投げてくれていい」

 柚木城、封筒をアツヤに投げる。アツヤ、中身を確認して口笛を吹く。

アツヤ
「まさかホントに稼いでくるとは。まあ元々おれの金だけど」

柚木城
「何だと?」

 尋ねた直後、片足に触手が巻きつき、柚木城は吊し上げられる。たこ焼き屋の袋が手から落ち、触手をもった大型の怪生物に踏み潰される。

柚木城
「······どういうつもりだ」

アツヤ
「おいおい怒んなよ、お前には感謝してるし、おれだって身を切ったんだぜ?ポケットマネーは出したし、おれのオンナも危ない目に遭わせた。結果的にどっちも返ってきたけどな」

柚木城
「何?」

こまり
「まだ気づかないんだ」

 こまり、物陰から歩いてきてアツヤと腕を組む。

柚木城
「どうしてあんたがここに······」

こまり
「(にこやかに手を振り)どうも、アツヤのオンナでーす。この辺を縄張りにしてるアツヤの将来的なライバルを、あなたに全員倒してもらったってこと。あなたが助けてきた被害者達は、みんなアツヤの関係者だよ?わたしだってわざとあんなキモオタの家に行ったし、両親役まで用意した。予め報酬金を関係者に配っておいて、あなたが邪魔な奴らを倒した後で渡すよう指示しといたの。ただの高校生が悪者達のところに辿り着いたのだって、全部それとなく誘導しといたからだよ」

アツヤ
「事業拡大するんでね、お前のおかげでライバルが全員消えて助かったよ。金もこまりも返ってきて、全てを実行したお前は怪生物の餌になる。きれいすぎるだろ?」

柚木城
「おい、じゃあ叶子を治す怪生物は!」

アツヤ
「んな都合のいいやついる訳ねえじゃん。ああそうそう、おれの新事業の最初の取引、その叶子ちゃんってのを扱うことにしたから」

柚木城
「······何言ってんだてめえ」

アツヤ
「奴隷商をやることにしたんだ。このクソみてえな世界では、ディープなカジノや豪華客船なんかに若い女の奴隷がまだまだいるんだぜ?原価が高い怪生物より儲かるだろうよ。何されても忘れちまう十五、六の女の子なんて、みんな欲しいと思うぜ~?オークションに出せば海外に買い手がつくかもな」

柚木城
「てめえ、ふざけんな!」

アツヤ
「だから怒んなって。んじゃ、そういうことだから。ありがとよ、バカなクソガキ」

こまり
「わたしのこと助けてくれてありがとね。どうか安らかに」

 柚木城、大型怪生物に丸呑みされる。

アツヤ
「行こう、病院から叶子ちゃんを連れ出すんだ」

こまり
「ねえ、その子がかわいくても浮気しないで、ちゃんと売り飛ばしてよ?」

アツヤ
「はいはい」

こまり
「ちょっと~?」

 大型怪生物、血を吐いて倒れる。青い外殻を纏った柚木城、怪生物の腹を突き破って現れる。アツヤとこまり、振り向く。

柚木城
「行かせねえよバカップル」

アツヤ
「······すげえ。噂には聞いてたが、それがお前の能力」

 柚木城、二人に詰め寄る。アツヤ、リードマシンにカードを何枚も読み込ませて怪生物を召喚し、柚木城を止める。

 柚木城、一つ目の怪生物を殴って目を潰し、首の長い怪生物に横蹴りを放って首を折り、球状の怪生物を投げて他の怪生物にぶつける。

アツヤ
「あらー、結構強いじゃん」

こまり
「大丈夫、そろそろだから」

 柚木城、突然動きを止める。

柚木城M
「体が、動かない······!?」

こまり
「モスキートマシンの効果が出てきた?あなたがここに入ってくるときに、極小の機械で薬を打ったの。あと一分もすれば意識が落ちて、今度こそ怪生物のお腹の中だから」

アツヤ
「んじゃ、今度こそそういうことで」

 アツヤとこまり、腕を絡めて倉庫から出ていく。

柚木城
「おい、待て!」

 柚木城、迫る怪生物を蹴り飛ばすが、着地できずに倒れ込む。

柚木城M
「なんでだよ······なんでこうなるんだよ」

 怪生物達、柚木城の外殻に噛みついて食い剥がす。

柚木城M
「第四次大戦を終わらせたやつみたいに、世界を救いたい訳じゃないんだよ。ただ、知り合いの女の子を助けたいだけなんだよ。そのために必死に戦ってきた。クソ野郎どもをぶちのめしてきた。なのに」

 柚木城の頭に、叶子の嬉しそうな笑顔と奏子の悲しげな笑顔が浮かぶ。

柚木城M
「なのに······なんでこうなんだよ」

 柚木城の頭に、八年前の赤い怪生物の姿が浮かぶ。

柚木城M
「なんで俺は、叶子のヒーローになれないんだよ」

 柚木城、青い外殻から引きずり出され、手足を食い千切られて放り捨てられる。柚木城の眼前に赤い怪生物が見える。

赤い怪生物
「弱すぎる」

柚木城M
「······そんなの、わかってるよ」

赤い怪生物
「ならば立って戦え。もっと強くなれ」

柚木城M
「······死ぬ間際になって頭に浮かぶのがお前か。やり残しちまった」

赤い怪生物
「······全く、世話が焼ける」

 赤い怪生物、柚木城に手をかざす。柚木城の四肢が復活する。柚木城、手の指先を微かに動かす。

柚木城M
「俺の手足······おい、まさか!」

 柚木城、跳ね起きる。同時に赤い怪生物が背中から翼を生やして飛び上がる。

柚木城M
「俺の目の前にいる!叶子を襲った赤いあいつが、八年ぶりに!」

柚木城
「待て!お前を倒す!」

赤い怪生物
「(柚木城を見下ろして)毒を言い訳に食い殺される程度では無理だ。それに、私に構っている間にあの子が奴隷として売られてもいいのか?まずはこいつらを片づけられる強さを示してみろ」

 赤い怪生物、倉庫の屋根を突き破って飛び去る。柚木城、歯噛みし、自分を囲む怪生物達を見回す。

柚木城M
「あいつが何者で、何がしたいのかは知らない。だけど今は!」

柚木城
「おおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

 柚木城、青い外殻を全身に現出する。怪生物達、柚木城に突撃する。柚木城、拳で怪生物の腹を貫き、爪で怪生物の喉を裂き、尾で怪生物の体を吹っ飛ばす。

柚木城M
「体が動く!毒薬が抜けた?いや、あいつが抜いたのか!」

 両腕が剣になっている怪生物、柚木城に迫る。柚木城、剣をかわしてその怪生物を殴り倒し、両腕をもぐ。

柚木城
「オオオオオオアアアアァァァァァァッ!!」

 柚木城、その剣で残りの怪生物達を斬り伏せて全滅させる。

 柚木城、倉庫の外に出る。両手に握った剣が外殻に吸収される。柚木城、四足で走り出す。






 アツヤとこまりの乗る自動車、信号待ちをしている。

こまり
「ねえ、キスしよ」

アツヤ
「唐突だな」

こまり
「え~いいじゃんしようよ!ほら、信号変わっちゃう前に(舌を出す)」

アツヤ
「このマセガキ」

 アツヤ、こまりの舌を唇で挟む。信号が青になる。二人はそのままキスを続ける。

こまり
「(熱い吐息を洩らして)ねえ、わたしの涎って甘い?」

アツヤ
「うん、甘い」

こまり
「変態」

アツヤ
「何だよ自分で訊いといて」

 アツヤ、車を発進させ、バックミラーを見て驚く。青い外殻を纏った柚木城、走って追いかけてきている。

アツヤ
「おい嘘だろ······こまり!」

 屋根に柚木城が跳び乗り、自動車が揺れる。柚木城、拳でフロントガラスを割る。

こまり
「きゃあああぁぁぁっ!」

 アツヤ、急ブレーキをかけて柚木城を屋根から落とす。柚木城、道路を転がる。

 アツヤ、車を反対車線に動かして逃走する。

こまり
「アツヤ、一番強いのどれ!?」

アツヤ
「二足歩行のデカいワニみたいなやつ!」

 こまり、リードマシンにカードを読ませ、ワニのような怪生物を召喚する。

アツヤ
「モスキートマシンは!?」

こまり
「さっき使ったのが最後!くそっ、あの青いのは何で生きてるの!?」

 柚木城、二人を追いかけるが、ワニ怪生物に阻まれる。柚木城、ワニ怪生物と肉弾戦を展開し、相手の尾を掴んで振り回してから自動車に投げつける。自動車は潰れ、中からアツヤとこまりが這い出て走りだす。

 柚木城、跳躍してワニ怪生物の腹に着地し、その牙を引き抜いて投げる。牙が背中に刺さり、こまりが倒れる。

 柚木城、二人の元へ跳ぼうとする。ワニ怪生物、柚木城の足を掴んで地面に叩きつけ、柚木城の背中を踏み潰す。柚木城、尾でワニ怪生物の足を払い、左腕を剣に変えてワニ怪生物の体を切断する。

 柚木城、右手でワニ怪生物の別の牙を抜いて投げる。こまりを抱えて逃げているアツヤ、脚に牙が刺さって倒れ込む。

 柚木城、右腕も剣に変えて二人に近づく。

アツヤ
「(こまりを抱き抱えて)こまり!おい、こまり!」

 アツヤ、柚木城を怯えた眼で見る。

アツヤ
「わ、悪かったよ。金も渡すし、叶子ちゃんは狙わねえ。難なら奴隷商だってやめとく。だから赦してくれ」

 柚木城、二人の前で足を止める。

アツヤ
「······おれはこまりと二人、それなりに生きていきたいだけなんだよ。こいつ、ガキのくせして妙にマセてんだ。マセざるを得なかったんだよ。わかるだろ?戦争が、フォトンベルトが、こいつの環境をめちゃめちゃにしちまったんだよ。なあ頼む、赦してくれ。おれは死んでもしょうがないけど、こまりがここで死ぬのはあんまりだ。こいつには幸せが足んないんだよ」

 アツヤ、こまりを抱き抱える腕に力を込める。柚木城、自分に抱き抱えられた幼い叶子の姿を思い出す。

 柚木城、両腕を剣から拳に戻し、踵を返して歩きだす。アツヤ、こまりを抱きしめる。

柚木城M
「叶子なら、きっとあいつらがしたことなんか忘れる。記憶障害になる前でも、赦して、忘れて、また狙われるかもしれないなんて不安すら振り切って、あいつらの小さな幸せを願ってやれる」

 柚木城、二人が乗っていた自動車の横を通過する。

柚木城M
「あいつらは本当に、もう叶子に手を出さないかもしれない。だけど」

 柚木城、引き返して自動車を持ち上げる。

柚木城M
「ごめん。俺は叶子のヒーローにはなれない」

 柚木城、自動車を投げ飛ばす。







 ビルの屋上。赤い怪生物、外殻から抜け出る柚木城を見下ろし、視線を移す。そこでは血だまりの上に自動車が横転している。

赤い怪生物
「まずは一人、か」

 赤い怪生物、翼を生やして飛び去る。






 柚木城、夜の街を歩く。遠くでサイレンの音が聞こえる。

詩紅
「ちょっとあんた、止まって」

柚木城
「······もしかして、アツヤの関係者か?」

詩紅
「いや。あたし達は特況局」

 柚木城、立ち止まる。詩紅、柚木城の背後に現れる。

詩紅
「販売人のアジトが怪生物の死体の山になっていたから、少し調べさせてもらったよ」

 足田、柚木城の前で拳銃を構えている。柚木城、顔を強張らせる。

足田
「怪生物だけじゃねえ。今あっちで騒ぎになってる、車に潰されたカップルの死体······怪生物販売人と、その恋人の科学徒が死んだ。お前がやったんだよな?青いヒーロー、いや」

 足田、引き金に指をかける。

足田
「ヒーローのなり損じ」



〈つづく〉

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