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みんなで習近平に感謝しよう!

2023年9月、台北市華山文創園區内の青鳥書店で、野嶋剛さんの講演を聞いてきました。
その中で、何回もリフレインされていたフレーズがあります。"感謝習近平"。さて、どういうことでしょう?

野嶋さんの講演会

今回の公演は、台湾で新しく翻訳/発売された書籍『中國的執念』の発表記念に行われたものです。元の日本語の本は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。野嶋さんは、この本は中国の問題を本格的に著した初めての著作だと言っていました。
これまでは台湾と香港について書いた本ばかりであり、内容もどちらかと言うと文化についての話が多く、あまり政治的な話題については書いていないのだが、今の中国の習近平体制の問題については、書かないではいられなかった。こんなことを書いたのでは、中国への出入り禁止になってしまうかもしれないが、ジャーナリストとして不問に付してはいけないと考え、意を決して書いたと話していました。

講演会のタイトルは「旁觀者清不清?日本人解讀台灣、香港與中國」でした。「第三者として、日本人は台湾、香港と中国の問題をどのように見るか」というような意味合いでしょうか。

旁觀者清不清?

台湾人来場者との会話

この講演会は全体で1時間半、そのうち本についての説明は30分程度で、残りの時間は台湾人来場者との質疑応答になりました。
台湾人からの質問は、中国との関係、日本の外交や政治に関するものばかりで、野島さんもこのような話題は胃が痛くなると苦笑していました。

例えば、中国は本当に台湾に攻めてくるのか?日本が軍隊を差し向けて台湾を助けることは考えられるか?沖縄の言論は日本の中でも特有なものだがそれについてどう考えるか?というような質問が上がっていました。
この様な話題に、中国語でその意図を正確に汲みとり、中国語で論理立てて説明するのはとても難儀なことです。内容も面白い意見だと思いましたが、まずその様に中国語で対応できることが、とても素晴らしいことだと思いました。

「従軍記者として台湾に来ます」

「台湾が攻められた場合、日本は軍隊を派遣しますか」という質問に、野島さんは「それは必ずしも正しい対応方法ではないと考えている」と答えていました。
そして、「もしそんな事になったら、自分は従軍記者として台湾に来て、その戦争のことを日本に伝えます。」と話していました。これは、なかなか繊細な、上手い回答だなと思いました。

日本が海外に自衛隊を派遣して援助するというのは、現状ほとんど実現不可能な考えです。そもそも自衛隊なので海外で戦闘活動をするのは無理です。さらに、日台間には正式な外交関係が存在しない。なので、自衛隊による台湾への軍事援助というのは二重の意味で困難があります。しかし、そんなふうに回答したのでは身もふたもない。
それで野嶋さんは、それは「正しい対応方法ではないと考えている」と、とても微妙な言い方をしていました。その上で、自分個人としては台湾のために何かしたいと考えていることをこの様に表現したのでしょう。台湾の聴衆を前にして、彼らの情緒に配慮した、素晴らしいやり取りだったと思います。

「感謝、習近平」

そんな質疑応答の中で、僕が印象に残っていたのは、日本でも台湾でも、与党政権は「習近平に感謝するべきだろう」と言っていた言葉です。もちろんこれは皮肉です。

2018年、蔡英文総統が2回目の総統選挙に出馬した際、下馬評では民進党は不利な状況でした。そんな中、習近平の外交的威嚇が始まると、台湾の民意は次第に中国に対して硬化していきました。そして、その影響は民進党に有利に働くようになり、最終的には圧倒的な有利で蔡総統の再選が決まりました。

日本の例では、直近の福島の処理水問題を挙げていました。この問題は、国際的には日本に対してある程度の悪影響を与えてはいますが、この外国からの声がなかった場合、日本国内でこの決断に対して、野党やメディアから反対の声が上がり、自民党はその対応に追われていたであろうと、野嶋さんは言っていました。しかし、中国からのこの大きな声で、逆に国内は一致団結してこの決断を擁護するよう、風向きが変わった。そんな意味で、やはり習近平の中国に感謝しても良いのではないか。そんな発言でした。

これは、全体として習近平の中国は、様々な政策で間違いを犯しているという、この本の趣旨の中で、これらの間違いがこの様な結果に結びついている。中国としても、自分の思った方向に事態は進んでいないのではないかという指摘なのだと思います。

政治的に、外部に敵を作ると内政が比較的まとまりやすいということはよく言われます。ですので、現在の様に、中国がアメリカやヨーロッパから名指して敵視されているという状況は、外交的な環境で見ると、自由主義・民主主義陣営が一致団結しやすいという点で、とても良いことなのではないかという感想を持ちました。

特に台湾にとっては、自国の存在意義を高め、自由主義陣営の一員としての振る舞うにあたって、願ってもない環境である様に思います。このまま中国が台湾に軍事的威嚇を続け、それに対して国際社会が台湾を擁護する状況が続けば、中華民国・台湾が国際社会に独立した一国として認められる日も遠くないかもしれません。
習近平は台湾独立を阻止する目的のための行動で、逆に台湾に独立を許してしまうのかもしれません。

ここまで書いて、イソップの「北風と太陽」の寓話を思い出しました。

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