見出し画像

わがままクリームソーダ

我が家は外食がほとんどない家庭だったのだが、年に数回、家族4人とおばあちゃんで日帰り温泉に行っていた。

着いたらすぐ温泉に入って、施設内でご飯を食べる。細麺のシンプルな醤油ラーメン、コーンに乗ったソフトクリーム...家で食べるご飯と全然違うメニューの数々は、見てるだけでワクワクした。温泉といってもほぼスーパー銭湯みたいなもので、食堂もフードコートと大差ないレベルだったけど、外で食べるご飯はそれだけで特別だった。

施設内には食堂の他に、レトロな内装の喫茶店も併設されていた。ご飯を食べた後、おばあちゃんは決まって私を連れて行ってくれた。コーヒー片手に煙草をふかすおばあちゃんの傍ら、クリームソーダを食べるのが私のお気に入りだった。

なのに、その日はクリームソーダが売り切れだった。クリームソーダに乗せるバニラアイスが売り切れてしまい、作れないのだという。

年に数回の外食。ここでしか食べられないキラキラのクリームソーダ。楽しみにしてた分、売り切れかぁ...と静かにうつむいた。ショックだったし、落ち込んだものの、作れないんなら仕方ない。切り替えが早いというか、諦めの早い私は、代わりに何を注文しようか考え始めていた。だけど、クリームソーダが作れないと聞いたおばあちゃんは、店員さんをまっすぐに見据えて聞いた。

「アイスがあればいいんだね?」

店員さんに謎の確認をとったおばあちゃんは、さっさと喫茶店を出ていってしまった。え、どこ行くの??喫茶店は...?突然すぎて何が起きたかわからないまま追いかけると、施設内の売店に着いていた。

アイスケースに迷わず突進していったおばあちゃんが手に取ったのは、アイスの「爽」。なんでアイス???と全然意味がわからない私。喫茶店に戻ったおばあちゃんが店員さんに爽を渡すのを見て、やっと私のために買ってきてくれたことを理解した。

つまりおばあちゃんは、クリームソーダ用のアイスを買いに行ってくれたのだった。店員さんへの謎の確認は、アイスを用意すればクリームソーダが作れるんだね?の確認だったのだ。

絶対クリームソーダを飲みたい!!と駄々をこねるわけでもなく、無いなら仕方ないと諦めていた私はシンプルに驚いた。そこまでしてくれるのか、という驚きでもあったし、そんなことができるのか、という驚きでもあった。

売店で買ってきた爽を渡すと、店員さんは手早くクリームソーダを作ってくれた。わざわざアイスを買ってきて作ってもらい、満を持して登場したクリームソーダ。期待した顔で私を見つめるおばあちゃん。

おばあちゃんに直視されながら、バニラアイスを一口すくって口に運ぶ。一口食べて、いつものバニラアイスと味が違うことはすぐにわかった。いつものバニラアイスの方が濃厚でおいしいことも、すぐにわかった。

だけど、自然と口から出たのは「おいしい!」という言葉だった。じっと私を見つめていたおばあちゃんは、そうかそうか!と、満足気な顔になる。おいしいかどうか、心配だったのかもしれない。おいしいね、良かったね、何度も何度も繰り返していた。

いつものクリームソーダの方がおいしかったことは、間違いない。一方で、あの時のクリームソーダが特別なものであることも、間違いなかった。その特別さを肌で感じ取ったから、あの日私はおいしいと言っていたのだ。

売り切れですと言われたら、普通そこで諦める。あの日喫茶店でクリームソーダを諦めたのは、私たちだけじゃなかったかもしれない。だけど、あの日クリームソーダを勝ち取ったのは、私たちだけだったんじゃないかと思う。それは、おばあちゃんが私のために手を尽くしてくれたからに他ならなかった。

共働きの両親に代わって、親代わりをしてくれていたおばあちゃん。私が覚えていないだけで、クリームソーダ以外にも、あらゆる手を尽くして私の夢を叶えてくれていたのかもしれない。

そんなおばあちゃんの背中を見て育ったのか、いつしか、欲しい物は絶対手に入れる強欲娘に育った私。もっとわがままになっていい、お前は特別なんだよ、そんな風にあの日のクリームソーダが私を特別にしてくれたからだと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?