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いろ衣都つむぎ ~白い人びと 続き~

わたしがいちばん好きな小説は「白い人びと」だと、前回書きました。
だけど、どんな本なのか、あれだけではわからないのではないかと思います。
わたしは45年もイゾベルといっしょに生きてきました。
彼女には、死というものがなく、生も死も同じように受け容れているのでです。
死というものがないと感じる精神。
わたしはそうはいかなくて、愛する人を亡くしたとき、どんなに泣いたことでしょう。
悲しみのなかに沈みこんでいて、大声で泣いたものです。
死者は親しい人に寄り添っている、イゾベルはそんなふうに感じています。
イゾベルの境地はわたしにはわかりませんでした。

「死って本当は目覚めで、新しいすばらしいものを見たり、聞いたりといった、驚異の思いのうちに自分を見いだすことじゃないでしょうか」

 イゾベルは天使たちに囲まれる世界ではなく、この荒野のなかにいるようなことが、死だというのです。そこには惧れというものはありません。

「こんなふうにあくまでも伸びやかに!捉われずに!光、そうなにものにも捉われない自在さを、わたし、思うんです」

そして、荒野の美しさと自分は、ほんとうは一体である、とも言います。
わかるでしょうか。
死とともにある、イゾベルの精神が。
実はなにも伝わらないような気もしています。
というのも、わたしはこれまで、イゾベルのような視点で、人間存在を書いたものに出会ったことがないからです。
むずかしいことを書いているひとも、死への惧れから自由になってはいないし、人間の精神世界をちっともわかっていない、表面での言葉を書いています。

「ひとが死をまえにして真の覚醒を経験し、自分がーーというか、自分の知りぬいている自己が、身も心も軽く、本当の意味で自由だということに気づくならば、お先真っ暗な、虚しい突進に終始した過去の年月を思い出し、その子どもじみたむなしさに気づくならば、彼はおそらくそこに佇んで微笑するでしょう!」

そう、わたしたちは、死後、微笑むために、精神を覚醒させることが重要なのです。
だけど、それにも増して重要なのは、この世界の美しさを感じることです。
世界は美しいです。空も地も海も川も花も樹も鳥も風もみな美しいのです。
それを感じてください。
わたしはこのお話を親友のように思っています。
イゾベルとわたしも大親友です。

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