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突然の驟雨に打たれたとしても 〜 「驟雨」 さだまさし

「驟雨」~吉行淳之介

「驟雨」とは予期せぬ本ぶりの雨のこと。ただしばらくすると雨は徐々に力を失い短期間で止んでしまう。いわゆる「にわか雨」。

吉行淳之介の短編に『驟雨』というものがあり、これは主人公と訳ありの女性との関係性について書かれたもので、同じ場面の2つの側面で「驟雨」のイメージが使われている。

一つは小説の場面でふるにわか雨、二つ目はそのさなか、彼の感情が急激にこの女性に傾いていることを、急に散り落ちた樹木の落ち葉を驟雨に見立てて描いている。

そして、彼の気持ちが「驟雨」=にわか雨、であることも示唆しているように思う。

驟雨のような出来事に遭遇してしまったとき、そのために何ができるか。それは今日を後悔しないことだろうか。

「驟雨」~さだまさし

受話器から伝わってきたのは、突然の別れのメッセージ。予兆はあったのかもしれないが、触れないように、見ないようにしていたのだろうか。気持ちの整理のために、どこか遠くへ、、、と願う。が、遠く離れた地でも、その人の事を思って生きようという矛盾。

我に返ると、忘れていたくちなしの香りが漂ってきた。

そこからは、水辺に静かに咲く花のように、家族への思いが浮かんでいる。人生の終末をもうかがわせる。が、ここは、おそらくそれなりの関係を結んでいた人との別れ故の、両親への申し訳ない気持ちだと解釈をしてみたい。

梅の実が青くなっていることにも気が付かない日々だったのだろうか。心変わりに見て見ぬふりをして、その結果として、現実の物体である梅の実が青くなってることも見えなくなっていたのだろうか。

忘れていた 紫陽花は色を移した
多分あなたの心に(歌詞一部引用)

紫陽花が色を変えるという現象を、大切な人の心変わりと結びつけている。日常生活でも、驟雨のように、その瞬間予期せぬことがおきる。どちらかというと、計算通りにいかないことのほうが多いだろう。それもまた人生。平坦な道のりよりも凹凸があった方が、人生は面白く、奥ゆかしいはず。そんな風に、突然の驟雨に打たれたとしても、どんな風に気持ちを切り替えていけるか。。

今日を後悔しないこと。そのために一生懸命になること。それが死ぬまで続く人生という授業からの学びなのだろう。


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