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シュールな現実の向こうに 〜 「sûre danse」 米米クラブ

この曲が収録されたアルバム「KOMEGUNY」の発売は1987年。ソウルオリンピックの前年。昭和62年。

北海道では、国鉄からJRへの変化の波を受けたのか、幸福駅、愛国駅で知られる広尾駅や、幌内線、瀬棚線、湧網線、羽幌線、士幌線などが相次いで廃線に。

変わって、道内にはバスの通路網がひかれていきました。電車がなくなっていったあとの、風景は寂しいものでした。しばらくは駅舎はバス停として使われていましたが、子供心にはそこは電車が止まる場所であり続けました。

老朽化から駅舎が取り壊されたのは、しばらく後のこと。これでやっと街の人々は名残惜しさから解放されていったのかもしれません。

電車はかつて、人を運びました。あちらからこちらへ、こちらからあちらへと。それは循環であり、交流でもありました。電車の存在がコミュニケーションの一環だったのかもしれません。

電車の廃止という、各地で起きたシュールな現実は、来るべき未来を明るく照らしたかといえば、そうではなく、地方の過疎という現実を突きつけたのみでした。

あの日、あの年。最終電車を迎える駅はたくさんの人で賑わっていました。今日が最後なのに、不思議な熱気に包まれていました。シュールな現実の向こうに浪漫溢れる出来事が待ち受けているかのように。

そう言えば、米米クラブのアルバム「KOMEGUNY」に収録されている「sûre danse」の次の曲は「浪漫飛行」という曲でした。


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