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石川雅規、という絶対領域

2019年8月14日。7回を終えて石川雅規のノーノーピッチが続く神宮球場。
「いつか打たれると思った」という本人談があったが、多分どこかで打たれるんじゃないか、とは誰しも思っていたのじゃないか。
でもそれ以上に、皆が強く思ったのだ。ノーノーして欲しい。打たれないで欲しい。叶えて欲しい。
ファンも選手も、きっと監督コーチスタッフも抱いた強い願いは、それがカツオさんだったからこそ余計に強い。

8回のマウンドに向かう姿を見た時にはじわじわ来た。先頭のソトを打ち取った時にも涙が出た。自然と手が祈る形に組まれる。
体格とか年齢とか、全てどうでもよくなるほどのピッチング。
何て投手だろう。コツコツ取ったアウトは22個。
大好きだと言った神宮のマウンドで。
そして。伊藤裕季也に浴びたホームラン1本。フェンスに飛びつく上田の姿が、ファンの心を代表する。マウンドに集まる野手たち。1点を失ったものの、それまでの素晴らしいピッチングが無になるわけじゃない。薄れやしない。
ファンは温かい拍手を惜しまなかった。大きな大きな石川コール。
このところ降板後のベンチで怒りの感情を見せたり、晴れない表情を見ることもあったが、この時は穏やかな表情を見せていたのが嬉しかった。青木さんと話しこむ姿。しかも手つきからしたらバッティングの話。これぞカツオさんだ。
伊藤裕季也に対しては恨みごとなど何もない。次第に強くなるプレッシャーの中、あの沈む球をホームランにしたことに素直に感嘆する。彼も故障者続くベイスターズの希望の光だ。何より大量点差のノーノーを免れ一矢報いた喜びは、我が身のこととしてよく分かる(よね?)ので温かく見てあげたい。
打たれまいとし、打とうとする。
魂を込めた真剣勝負で、そうなった。これが野球だ。

思い出すのは2017年のこと。「カツオが泣いてる」と、テレビ観戦していた友人が言った。
96敗のうちの1つの負け試合。不甲斐ない投球でKOされた後、ベンチで涙を流していたという。それをLINEで見た現地の自分たちは頭から信じようとしなかった。
でも、後から映像を見れば明らかに泣いていた。長谷川さんの「96敗」の選手インタビューで、その時のことが書いてある。
「自分の中では泣いていたつもりはないんですけど」
ただ制御できない感情がこみ上げてきたのだと。
その次の言葉も突き刺さる。

「言いたきゃ言えよ」「それくらい命がけでやっていますから」

簡単に出せる言葉ではない。
「命がけで野球をやっている」
そんな風に言えるプロ野球選手が、今どれくらいいるだろうか。そしてそれを体現できる選手が。
1球1球、真剣に考え工夫を凝らして、全力で打者に向かう。それが石川雅規のピッチング。
いつもいつも好結果になるわけではないが、勝ちたい、負けたくない、その強い気持ちを燃やし続ける。

2018年7月に吉見と投げ合って負けた時、「石川さんは6回に崩れるイメージ」と言われた。
内心何を思ったかは別として、石川雅規は怒るでもなく相手を讃え、「やはり投手はコントロールだ」と言った。そしてその後、自らのコントロールが冴え渡る圧巻のピッチングを見せてくれた。
2018年8月12日。ナゴドでその日も、7回まで無安打だった。0-0の8回に連打され降板。1点を取られた。
その日は、本屋でその速報を見ていた。よくあることだ。よくあるけど負け投手になるには悔しすぎた。ココの2ランで逆転した瞬間には涙が出て、「ありがとう」と本屋で静かに目を拭ったものだった。
その日は勝ちはつかなかったが、今回は立派な勝ち投手だ。

ストレートは130km/h前半くらい。切れと球種とコントロールと経験。緩急を投げ分け、プレートを踏む場所まで変えてタイミングを外す、変幻自在の投球。それらを武器にどんな打者にも立ち向かう。体格では比較にならない強打者を、巧みなピッチングで手玉に取るその気持ち良さ。
とにかく投げる。大きな怪我なく毎年投げて勝つ。本当に貴重なベテランだ。監督も投手コーチもことあるごとにありがたいと言う投手。ファンにも選手にも尊敬されるその人柄。
倦まず弛まず、積み上げた勝利は身長を超えた。
167cmの存在は、チームの中でそれはそれは大きい。

カツオさんの背中を見て、ほかの投手も学ぶことは多いだろう。
「身近に石川というお手本がいるのだから」
智さんもそんな風に言ったことがあった。
投手は一人一人違うから、技術的なことは誰にでもアドバイスできるわけではないだろうけれども。本人は、若い選手に対してでも積極的に話しかけて、自分のプラスにしようとしているくらいだから。壁は作らないタイプだ。
心から思う。カツオさんや亮太や青木さんが元気に活躍しているうちに、身近に見て一緒にプレイする選手が少しでも多く出て欲しい。
勉強して吸収して、その貴重な経験を生かし、その存在を脅かす選手がどんどん出てきて欲しい。
とはいえ、若い者に負けて欲しくもない。まだまだ見ていたい。

1本のホームランと24個の凡打に彩られた、魂の101球。
目に焼き付け、心に刻まれたそれは、ノーノーに劣らない。並の投手には決して至ることの出来ない領域。
勲章はなくとも、石川雅規はスワローズの誇る大投手だ。
まだまだ満足はしないだろう。進歩し、進化し続ける39歳。
この先170勝、180勝と積み重ねて、輝き続けて欲しい。
全力投球で、一つひとつ。
200勝までの道程を。

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