調和を重んじるギリシア神話。
そんな中で「酒の神」で「豊穣の神」の
ディオニューソスは、
極めて異端であり、異様、異色です。

本記事は、この神様について少々…。

あまりにも異端であるために、
この神は長らくギリシア神話「ではなく」
他の神話の神なのではないか…？
と思われていたそうです。

19世紀の学者たちは、

（ちょっとラノベのタイトルみたいですが）
と主張し、後付けで、
他の地方の神がギリシア神話や文学などの中に
紛れ込んだだけだ、と思っていたそうです。

ところが20世紀に入って
「線文字Ｂ」という謎の文字が解読されると、

実はこのディオニューソス、古代ギリシアでも
しっかりと信じられていたことがわかります。
立派なギリシア神話の神の一人だった。

ここに「酒の神」ことディオニューソスは
改めて学問上でも
「認定」されることになりました。

ディオ、とは、ゼウスの別名。

ゼウス、とか、ディオス、とかは
古代ギリシア語で「神」を表す言葉です。
それに「ニューソス」新しい、若い、がつき
「若いゼウス」という意味があります。

漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部で
「俺は人間をやめるぞーっ！」と言って
「ディオ」というキャラが
石仮面をかぶって人間をやめていますが、

これも「神」になろうとした、
という暗喩なのでしょう。

それはともかく、このディオニューソス、
けっこう過激な神話が残っております。

父ゼウスと、母セメレーの間の子ども。
ゼウスは神、しかしセメレーはただの人間。
ゼウスにはヘラという正妻がいますから、
いわば、妻に内緒の不義密通の子ども
（一夫多妻制、という解釈もあります）。

嫉妬深い妻のヘラは一計を案じて、
「本当にあなたの元に通ってくる
ゼウス様は、本物なの…？
どこぞのただのならず者なんじゃないの…？」
と、妊娠したセメレーに吹き込みます。

こうして疑心に囚われたセメレーは、
ゼウスに「神の姿で」
自分の家に来るように言ってしまうのです。

ゼウス、雷をまとった神様です。

よせばいいのにその姿のまま、
セメレーに会いにきたものですから
人間であるセメレーは焼け死にます。
そう、ヘラの謀略で、死んでしまう。

「え、ではディオニューソスも生まれないの？」

いえいえ、神の血を引いた子どもは
母が焼け死んでも、死んではおりません。
そこでゼウスは、自分の太ももに
その胎児を縫い付けて（まじかよ）育てた、
と言われています。

こうして誕生したのが、ディオニューソス。

…生まれからして、
数奇な運命を持った神様、ですよね。

このディオニューソス、まあ色々と
ギリシア神話の中でやらかすのですが
（ギリシア神話は非常に人間臭い神話です）
それを全部書いていくと字数が足りないので
「彼の変遷」に的を絞って書いていきます。

もともとこのディオニューソス、
ギリシアから見て東方の神様であり、
熱狂的な女性信者たちを
獲得していた神様だ、と言われています。

それがギリシアの民衆にも伝わり、
神話に取り上げられて、

ついにはギリシア神話の神の
仲間入りをしたのではないか…？

つまり、この神様、古いけど新しい、
受け入れられてきたけど実は外国の神、
そんな「二面性」を持っている。

だから名前が「ディオニューソス」
＝「ゼウス（神）・若い」となっている。

まさに「酒」が解き放つ、
人間の「二面性」をあらわしていますね。
ほら、普段は謹厳実直でも、
酒が入ると豹変する人、いるじゃないですか。

この神様は、後にローマ神話にも伝わり、
「バッカス」という名前になりました。

ギリシア神話ではかっこいい男の姿ですが
ローマ神話では恰幅のいい中年男性になる。
（なお、バッカスは英語読みで、
本当はバッコスとかバックスと読みます）

名作ゲームの
『ファイナルファンタジー』シリーズでは
「バッカスの酒」というアイテムがあります。
これを飲むと陶酔して、狂戦士状態になる。
うん、まさに、
「酒の神」「二面性」をあらわしていますね。

それで、このバッカスを讃える踊りのことを
「バッカナリア」（英語読み）と言います。
フランス語読みだと「バッカナール」。
イタリア語読みだと「バッカナーレ」。

この踊りのモチーフは
クラシック音楽の多くの楽曲にも
取り入れられておりまして、

例えばイタリアのオペラ王ヴェルディの
『椿姫』の第三幕には
「バッカナーレ」という合唱があり、

ワーグナーの『タンホイザー』には
「バッカナール」
というバレエ音楽があります。

（歌劇王ワーグナーはドイツ人ですが、
パリで上演した時にわざわざ
パリっ子に受けるよう、追加作曲したんです）

※なお、吹奏楽の作品にも
「ディオニソスの祭り」という曲があります。

このように、
元々はギリシアの東方で生まれた
地方ローカルの神様が、

ギリシア神話の神になり、
さらにはローマ神話の神にもなり、
後にクラシック音楽にも取り上げられ、
何と日本のゲームにまで登場して、

世界中に（名を変えながら）広がった…。

私はここに「酒」「二面性」などのテーマは
人類に共通するような、

まさに人を陶酔させ、
熱狂させるようなものなのだ、
人間の本質のあらわれのひとつなのだ、と
思ってしまうのです。

最後に、まとめます。

表と裏、明と暗、理性と本能、建前と本音。
ケとハレ。日常の毎日と非日常の祭り。

そういった「二面性」を媒介して、
その中を取り持ち、
行き来させるのが「酒」ならば、

数々の浮名を流した「ゼウス」から
若いゼウス「ディオニューソス」が誕生し、
「酒の神」として活躍するのは
何となくわかる気がします。

そう、論理、理性、ロジカル、
それらはとても大事なことなのですが、

その一方で、

情熱、本能、エモーショナル、
そういうものも併せ持つのが
人間だ、と言えるのではないでしょうか。

トランプゲーム、将棋、囲碁などでは
表だけでなく、裏もしっかり読まないと
勝てないのと同じことです。

冷静に判断して、情熱的に動く。
情熱的に判断して、冷静に進める。
どちらも、大事。

情熱や本能を無理して押し込めるのではなく、

良いところも悪いところも
ありのままに認め、
もちろん人を悲しませたり傷つけたり
犯罪を犯したりすることはなく、

うまく自分で「制御」していく。
メリハリをつける。
時には（認められる範囲で）「解放」する…。

それも大事ではないでしょうか？

ディオニューソスの神話と変遷は、
そう物語っているように思うのです。

まあ、一言で言えば、こうです。

（本記事は、これが言いたいだけでした）

◆本記事は以前に書いた記事を
リライトしたものです↓
『酒の神「ディオニューソス」の変遷』

合わせてぜひどうぞ！