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【短編小説】雨と壁

 家をリフォームした。新しくしたサッシは遮音性が高く、締め切った夜は一切の音が消え、宇宙船に乗っているような気分になる。

 大型の台風が来た。直撃はないけど大雨になることは間違いなく、週末の予定はすべてキャンセルになった。朝から降りはじめた雨は夕方になるにつれ強くなり、テレビは各地の交通情報や河川の情報をずっと表示していた。
 住んでいる所は平坦な地盤で近くに川もなく比較的安心な場所だけど、普段気づかない場所が冠水して初めて窪んだ場所だと分かることもある。用心するに越したことはない。

 夜暗くなると閉め切った室内からは外の様子も分からず雨音もしない。テレビやネットの情報では、ここもかなりの降水量になっているはずだ。気になって窓を少しあけて雨が降っていることを確認して急いで閉めた。確かに外は大雨だ。静かな室内の方が不自然なのだけど、それでも安心する。
 壁一枚を隔てて、外は隣の人に声が届かないくらいの大雨、中は物音一つない静寂。一枚の壁といっても厚さ何センチもあって正確には金属や幾つかの素材が重なって作られている物だろうけど、それだけでこんなに違うのかと思うと少し信じられない気持ちにもなる。外はもう雨があがっているんじゃないだろうか。テレビやネットの情報では大雨だし、実際に窓をあければその通りなことは分かる。

 こういう時はさっさと寝てしまえば良いのに目が冴えてテレビを見てしまう。どこを見ても大雨情報が流れている。録画の番組を見る。当然のことながら大雨情報は無い。少し心が落ち着く。

 番組では中国の達人が壁を抜ける超能力を見せるといっていた。本当にそんなことが出来るのか。
 大昔の戦争で作られたという長く巨大な壁を観衆が見ている中で向こう側に抜けて行ってみせるという。巨大な壁の紹介、今までも何度も抜けたという達人の紹介と番組は続く。
 壁はレンガで作られており、高さは3メートル近くある。南北数キロに渡って作られていて、途中に幾つか住民たちがあけた穴はあるものの地域を分ける境界線として今も機能しているそうだ。達人は地元の農民で何度も壁を抜けて行き来しているという。真面目そうな青年で嘘をついているようには見えないが壁を抜けられる能力があるようにも見えない。

 達人を映すカメラと、壁の向こうで達人を待つカメラ。現地は雨が降っていて、どちらのカメラにもわずかに水滴がついていて地面にいくつも水たまりができている。達人も観衆も雨でびしょ濡れだ。

 いよいよ壁抜け本番はCMのあとで!

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