ひとえきショート

都市部の私鉄ひと駅くらいで読める短いつくり話。 続きモノはありません。 同じようなテー…

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都市部の私鉄ひと駅くらいで読める短いつくり話。 続きモノはありません。 同じようなテーマを書くことはあります。

最近の記事

【短編小説】常務のあだ名

 私が会社に入ったのはまだバブル景気の頃で、見習いの新入社員なのに夏と冬とは別で秋にも少額ながらボーナスが出たし、課の懇親会も結構な額が経費で落ちたので普段は行けないような中華料理店で円卓を囲み、メニューの上から全部頼んでみたりと、今思えばけっこうな贅沢ができました。  会社は戦後に社長が一代で成功したメーカーでした。家電や自動車といった主要な製品ではありませんが、経済成長していった歴史の中で名前が刻まれても不思議でないヒット商品をいくつも世に送り出しました。それは今でも誇

    • 【短編小説】会社に行きたくない人が猫になった説

       飼い猫の中に仕事が嫌で現実逃避した人間が一定数混じっているという研究発表をオーストリアの大学がしたというニュースが会社で話題になった。  飼い主が外出するのを邪魔したり、家でパソコンで作業しているとマウスやキーボードの上に乗ったりするのはそれが原因であるらしい。また調査の結果では、仕事をしているオフィスの映像をテレビで流すと98%の猫が興味を示さなかったそうだ。オフィスの映像に興味を持つ猫がいるのかは分からないが、仕事が嫌で猫になった人間にとっては見たくもない映像であること

      • 【短編小説】ヤマモトの魂

        「スカートは身体にあわせて揺れる動きが魅力的なんだと気づいたんだ。スカートの中が気になるというのは結局二次的なもので、風でゆれるカーテンが美しいと感じることに近い気がする。」  ヤマモトが急にそんな事を言ったのは高校二年、秋が深くなり期末試験が近づく昼休みだった。 「この前、中学からの友だちに誘われてそいつ学校の学園祭に行ったんだ。共通の知り合いが女装コンテストに出場していてさ、面白かったんだけど、スカート姿を見て一瞬ドキッとしたんだよ。ずっと柔道部のゴツいやつなのに。そ

        • 【短編小説】無事コレクター

           無事だったことを伝えるニュースを日々記録するサイトの運営者を取材したことがある。  工場で大きな事故が起き数名の軽傷者が出たものの関係者は全員無事。  雪山での遭難者が無事に発見された。  新しい交通機関が無事に運行を開始した。  新しいロケットエンジンの動作実験が無事に成功した。  予定どおり新しいウェブサービスが無事スタートした。  そんな話題だけを日々アップするサイトは通称「無事コレクター」などと呼ばれていた。話題になりやすい芸能スキャンダルや腹立たしいニュースが

        【短編小説】常務のあだ名

        マガジン

        • インターネットの先輩
          7本
        • タイムトラベラー
          6本

        記事

          【短編小説】彼女の番

           いつもの彼女の部屋、いつものラグの上で眠っていた。  先月行った店で見つけて二人で柄を選んだキルティングのラグ。まだ新しいけど彼女の部屋の匂いがするラグ。その上で眠っていた。とてもあたたかい。背中には彼女の手。優しく撫でられる。腰の上くらいまでゆっくり、柔らかくなめらかに、何度も何度も撫でられる。  ポンポンと軽く叩かれ、今度は頭を撫でる。毛が逆立たないくらいにそっと優しく。何度も何度も、ゆっくり、優しく。 「トール君はとってもいいこですねえ」  彼女の声。いつもの僕を

          【短編小説】彼女の番

          【短編小説】宇宙人との再会

           宇宙人の自称スズキさんと会ったのはクリスマスイブの夜だった。  クリスマスとは無縁の色気なんてまったくない残業をなんとか終わらせた帰り道、自宅アパート近くのバス停のベンチでスズキさんは震えていた。  コートなどは羽織っておらずグレーの背広のままで青い顔をして歯をガタガタ鳴らしていた。目が合った時は驚いて少し声が出てしまったことを覚えている。失礼なことをしてしまったと今でも後悔している。  顔色の悪い背広姿の男性はあまりにも寒そうで、見かねて自分のアパートに連れて行ってしま

          【短編小説】宇宙人との再会

          【短編小説】夕陽までの空間

           通っていた高校は田舎街の中でも田舎と言われる地域にあり、住宅地の外れの丘の斜面にあった。一番高いところに校舎と体育館があり、そこから階段で10メートルくらい降りた場所に陸上グラウンド、さらに降りたところに野球場があった。斜面に無理やり作ったためか、校舎以外は自由に出入りできる構造で、野球場やグラウンドは地元の人達のランニングコースや早朝野球に使われていた。  グラウンドへおりる階段から見渡す先には、巨大なビルやタワーマンションなどあるはずもなく、点在する住宅地と水田の先に

          【短編小説】夕陽までの空間

          【短編小説】熱中症はナシで

           空が見えないくらい鬱蒼とした樹々に覆われた深く険しい山の中を、けもの道の跡さえ見つからず、突然目の前に現れる地割れ、切り立った崖、深さの分からない沼に思うように進路をとれず、頭上には奇妙な鳥が飛び回り、足元にはなにやらうごめく小さな動物の気配を感じ、常に虫の群れを周囲にまとわりつかせ、いつ飛び出てくるか分からないゴブリンや肉食獣からの襲来に緊張を続け、HPとMPを削りながらやっとのことで抜けた先の村は周囲をすべて同じような山に囲まれた非常に蒸し暑い場所だった。  明け方に山

          【短編小説】熱中症はナシで

          【短編小説】女性行員の正解

          「あれ、自分の所も一枚噛んでるんだけど、まさか実用化するとはね。」  先日発表された銀行の窓口業務をAIとCGを使って対人接客風に置き換えて省人化するプロジェクトに先輩のところも関係したらしい。  大学時代のサークルの先輩は、今実際にどういう仕事をしているか分からない。自分からも言わない。聞けば教えてくれるのだろうけど、それよりも思いついたアイデアとか、経験したこととか、珍しい話を聞かされる。本人が携わった仕事なのか、誰かから聞いた話なのか、ただの思いつきなのかも良くわから

          【短編小説】女性行員の正解

          【短編小説】ヤクルトさん

           夜中、眠れないことがある。若い頃はよくコンビニへ雑誌の立ち読みに行ったものだけど、最近はコンビニに雑誌が置いてないので目的もなく行くことができなくなった。  深夜営業のファミレスに行ってドリンクバーを頼んでみたけれど、特に何かが飲みたかったわけでもなくしっくりこない、どうしたものか。  そんな話を後輩にした。後輩は今でも大学の研究室に残っていてアルバイトでコンビニの深夜勤をしている。 「たしかに雑誌の棚が減ってから、夜中に暇つぶし目的みたいなお客さんは減りましたね。イート

          【短編小説】ヤクルトさん

          【短編小説】あたらしいSNS

           双子の兄弟がいました。それぞれにSNSのアカウントを持っていました。  兄弟はイケメンでした。たまにアップされる自撮りには沢山のイイネが付き拡散もされました。  兄は料理が好きでした。凝ったものではなく誰でもできそうな料理を綺麗に盛り付けた写真とレシピを投稿していました。  弟はジョギングが趣味でした。都内の公園を走る姿を頻繁にアップしていました。  兄弟はお互いの投稿を紹介し、ポジティブなコメントを送りあいました。兄は弟が風をきって走る爽やかな風景を、弟は兄が綺麗に盛り付

          【短編小説】あたらしいSNS

          【短編小説】転生した世界で勇者として活躍したがラスボスが会社の上司だった

          「勇者よ!よくぞここまでたどり着いた!だがお前の活躍もここまでだ!我が魔力の前にひれ伏すがよい!……とか、やっぱり違和感あるよな。」  長い旅路のはてにたどり着いた魔王の棲む城の最奥部、魔王の間で待っていたのは、王様や村人が話していた恐ろしい悪の魔王のはずだったが、この世界に迷い込む前に勤めていたゲーム会社の直属の上司だった。  魔王の間といっても石畳で天井の高い大広間ではなく、黒っぽいパンチカーペットに長机がコの字に並んでいて、3メートル弱の高さの天井には蛍光灯が埋め込

          【短編小説】転生した世界で勇者として活躍したがラスボスが会社の上司だった

          【短編小説】有能な女性行員

          「27番の番号札でお待ちのお客様、3番の窓口までお越しください。」  自分の番号がアナウンスされたので脇に置いたカバンを手にソファから立ち上がる。指定の窓口では手を上げて女性行員が笑顔でこちらを見ている。 「お待たせいたしました。本日はどういったご用向きでしょうか。」 「週末から孫が二人で遊びに来るので小遣いを渡そうと思ってね。いくらかまとまった現金をおろそうと思いまして。」 「かしこまりました。それではお通帳とご印鑑と、それと依頼書にご記入をお願いします。」  パーテ

          【短編小説】有能な女性行員

          【短編小説】タイムトラベラーエトー

          「ある時期に人類は時間の概念を獲得したわけなんだけど、それより昔はタイムトラベラーは理解されないそうだ。当たり前なんだけどさ。」  自称タイムトラベラーのエトーさんは社長の知り合いだそうで、よく会社の飲み会にやってきてはおかしな話をして行く。いつもは殆どタイムトラベラーの話はしなくて、どうせ自称だろ、設定だろ、なんて言われてニヤニヤしているのだけど、今夜は珍しくタイムトラベラーの話をしている。 「タイムスリップする年代に合わせて服装や言葉を準備することになっているんだけど

          【短編小説】タイムトラベラーエトー

          【短編小説】顧客顔識別サービス促進法

          「昨年成立した顧客顔識別サービス促進法が来月から施行されます。  我々レストラングループでは対応第一弾として、誕生日のお客様へデザートにクッキーを追加サービスすることとしました。  誕生日はお客様の申告ではなく、顔識別装置が判定した上で店員に情報が提供される仕組みとなっております。  これをチャンスとして更なるサービスの向上、顧客満足度の充実を目指して頑張っていきましょう。」 「来月から顧客顔識別サービス促進法が施行されます。  私共コーヒーチェーンでは対応第一弾として、誕

          【短編小説】顧客顔識別サービス促進法

          【短編小説】雨と壁

           家をリフォームした。新しくしたサッシは遮音性が高く、締め切った夜は一切の音が消え、宇宙船に乗っているような気分になる。  大型の台風が来た。直撃はないけど大雨になることは間違いなく、週末の予定はすべてキャンセルになった。朝から降りはじめた雨は夕方になるにつれ強くなり、テレビは各地の交通情報や河川の情報をずっと表示していた。  住んでいる所は平坦な地盤で近くに川もなく比較的安心な場所だけど、普段気づかない場所が冠水して初めて窪んだ場所だと分かることもある。用心するに越したこ

          【短編小説】雨と壁