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#10 芳賀 眞 笑夢カレー(福島市)

profile 笑夢カレー/芳賀 眞
1978年生まれ 福島市出身

27歳の時に笑夢カレーをオープン、その後バターチキンカレーがヒットし一躍全国で名を馳せる有名店へ。2012年10月に福島市内に2号店をオープン。全国各地のイベントに出店する中、カレーワークショップを開催するなど精力的に活動している。

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まるで夏かと思うほど暑い日、私は福島まで車を走らせる。久しぶりに笑夢カレーへ行くために。エムさん(芳賀さんの愛称)と知り合ったのはいつだっただろうか。以前私が石巻のゲストハウスで働いていた事がきっかけで仲良くなった。時々無性に会いたくなって福島まで行く。
エムさんの持つプラスのパワーはとても強い。彼をもっともっと多くに人に知ってもらいたい。そうして依頼した”しごとバー”*への出演。今度は文字で、言葉で、より多くの人に知ってもらいたい。

*しごとバー 暮らし人にて毎週行っていたイベント。様々な活動、仕事をしている方をゲストバーテンダーと称してお呼びし、みんなでお話を聞いたり会話する場。

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芳賀(以下エム):トリちゃん*今日はよろしくね!!!
*白鳥の愛称

爽やかにそして温かく迎え入れてくれるエムさん。

白鳥:こちらこそお忙しい中、本当にありがとうございます!よろしくお願いします!

エム:あいよっ!

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**1、家族

-親の教えがあったから、今の自分がいる、家族の存在は大きい**

エム:家族の構成は、父、母、兄、僕、弟(現在共にお店を運営する)。家族があったからこそ、今があると思っていて。両親はお店を立ち上げる際に保証人になってくれたし、自分でやりたい事は全て応援してくれたのね。よく親に反対されてとか言うじゃない?そういうことはうちの親に関して全くなくて。自分が決めたことは全力で、フルスイングで頑張りなさい。そんな親の育て方が自分を形成している部分になっていると思っているよ。でっかい存在だよね。親には本当に感謝してる。

白鳥:親は自分のルーツそのものですものね。今一緒にお店を運営しているのも弟さん、ご家族ですしね。

エム:そうだね。お店を始めてから両親が携わることはないけれど、応援してくれているだけでも心強い。知り合いに笑夢カレーのお店を紹介してくれることも、それが親の話のネタになっていることも嬉しいよね。

白鳥:珍しいですよね、親は”息子”に対しては厳しいイメージがありますが。

エム:小さい頃から反対されたことは無いかな、兄や弟にもそうだった。でもお金に関してはすごく厳しかった。小さい頃から、自分の人生は自分で稼いで生きていくものだという教えだった。だから小学校の頃から仕事してたよ。

白鳥:え!?

エム:仕事というか新聞配達をね。サッカーをやっていて、サッカーのスパイクを買いたかったの、そしたら「自分で使うものでしょ?自分で稼ぎなさい」って言われた。小学生だよ?(笑)実際はそこまで突き放した言い方じゃないけどね。でも「新聞配達してみたら?」って。月々1〜2万ぐらい稼げるんだよ。

白鳥:小学生にしては大きい金額ですよね。

エム:ね。稼いだお金を母親に預けて、その中からスパイクなり自分の欲しいものにお金を使うとなると、有り難みが全然違うでしょ。何もかも自分で出していたわけじゃないけど、自分がやりたい事にかかるお金は、自分でどうにかしないさい。生き抜く上で、生活する上で、精一杯頑張りなさいという教えだった。やるならその道のトップを目指せ、と言われてた。それはカレーを始めてからも生きてるよね。やるならまずは街一番、福島一番、そこから東北だ、全国だって行けるように。それも親の導きがあったからこそかな。何をやるのも全力だね。だから何事も楽しんでやれていると思うよ。カレー屋をやる前にサラリーマンをしていた時も、楽しんで仕事してたよ。
サラリーマン時代もやりたい事がいっぱいあった、時間がなかったね。DJをやってたからレコード買うためにバイトもしてたし。交際費もかかる。20代前半は遊んでたよ。毎週DJやって、福島から仙台、東京へ行く時もあった。そのパワーを、今はカレーに向けているかな。

白鳥:すごい(笑)。何事も真剣に取り組む、一番を目指す姿勢は家族に与えてもらったものですね。

エム:そうだね、すごい存在だよね。

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**2、笑夢

-先を見据えて、笑顔で夢中になれる店作り**

エム:どこから話したらいいかな〜。2006年、弟と二人で笑夢を立ち上げたんだ。取材でよく「笑夢さん凄いじゃないですか!うなぎのぼりですね!調子いいですね!」「認知度もすごいですよ!」って言われるけど、お店として立ち上げて3年は全く食べられなかったんだから(笑)給料3〜5万とか(笑)

白鳥:給料が!?
エム:そう、給料がね(笑)3年で潰れるような店を作るつもりはなかったし、どこかで上がれるタイミングは必ず来ると信じてやっていた。
お店を立ち上げた当時僕は27歳で、周りの同世代で独立してる人はほとんどいなかった。特に飲食業では。独立する事自体が”カッコいい”っていう風潮はあったかな、僕はその道を選んだ。3年は食べれてないけど先を見据えて始めた。立ち上げの時から10年後のビジョンを見ていたね。12年経って、自分の理想より少し遅れているけど理想通りにきてるかな。

白鳥:自然に10年後まで見えていたんですか?

エム:そうだね。笑顔で夢中になれる店作りを軸にしてやってきているけど、それは必ず「対ひと」の何かなんだよね。カレーというコミュニケーションツールで生まれたご縁が、この先何十年も繋がっていられた方が面白いよね。カレーで全世界に繋がっていきたいよ。カレーを通じたコミュティーは笑夢カレーが目指すべきものだと思ってる。カレーともっと向き合って、もっともっと美味しいスパイスの使い方とか、提供の仕方を掘り下げていきたいよね。

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3、カレー

-これからの笑夢のカレー、カレー界全体のために出来ること

エム:うちはバターチキンカレーがヒットしたけど、今後のカレー界を考えると、もうネタが出尽くした感じがあって。スープカレーだ、キーマカレーだって色々あるけど、今後スリランカカレーがヒットするとか言うけど、日本全国民がスリランカカレー大好きになったらすごい事だし(笑)そう考えるとハウスのカレーはすごいと思う。みんな好きでしょ?

白鳥:家庭の味ですよね。

エム:そうそう。馴染みがある味ね。お年寄りから小さい子まで。小さい子に関しては添加物やアレルギーに配慮した商品まで出てるでしょ?あれは日本独自の文化だと思うんだよね。日本のカレーメーカーさんが提供してる、家族団欒、家族の平和みたいな打ち出し方はすごいと思う。
こうやって取材や講演会の時になるべくハウスさんの名前出してハウスさんから声かかるの待ってるんだけどね(笑)

白鳥:(笑)

エム:ハウスカレー feat. 笑夢 とか(笑)そしたら全国に広められるから。
まぁ先人のやり方を真似ても面白くないから、うちは独自のやり方で広げていきたいんだけど。店と言えば、これからの世の中は店舗を持つことが減っていくんじゃないかな。飲食に限らず。

白鳥:なぜそう思うんですか?

エム:全国の外食比率がどんどん減ってきている話を聞いたことがあって。外食にかける金額もずっと下がり続けているし。現在は自宅でも美味しく、簡単に、しかも家族と食べられるものの商品力が年々上がってきているよね。時代なんだと思う、世代別に見ても10代20代は一番お金使わないし。

白鳥:控えめですよね。

エム:じゃあ何にお金をかけるのか、みんな携帯のアプリにはお金をかけるんだって。買い物もゲームも、何もかも携帯で済ませる時代なんだね。そんな時代に合わせた、新たな飲食店のやり方があるんじゃないかと思ってる。最近試みてるのは、ケータリングで赴いた地域で笑夢カレーを食べた方がいる、今度はその人たちと一緒にカレーを作る事がまちづくりにならないかと思っていて。笑夢カレーを食べてくれるのは同業者も多くて、そういう人たちと一緒になって、笑夢カレーとして関わって街を盛り上げる、まぁコンサルタントみたいな形が理想なのかな。

白鳥:その考えはオープン当初からですか?

エム:オープン10年目の時に考え始めたね。これからの笑夢カレーがどうして行くべきか。
お店を持つと従業員を雇わなければならない、暖簾分けに関しては管理ができなくなる。状況が見えないと面白くない。だったら自分が47都道府県行けないか、カレーに対しての情熱を47人の人とシェアしていきたい。そうしたらすごいチームが出来上がるんじゃないかな。そうやって稼いだお金で、みんな一緒にインドに行ってカレーを見てこよう、食べてこよう、そして得たものを日本に持ち帰ってまた何か作り上げられたら、それが一人、また一人に伝播していったらカレー界が変わっていくんじゃないかと思ってるよ。

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**4、福島

-思いやりのある街、持ちつ持たれつの関係性を大切に**

エム:福島に対しての誇りはめちゃくちゃあるんだけど、福島をどうしたいとかは無いかなぁ、福島のためにやってるという感覚では何かをやってない、やりたいことをやりきった結果、それが福島のためになってる。福島には笑夢カレーがあるとか、芳賀眞がいる、それが福島のためになってるよね。今後福島がどうなってほしいとか、市長とか県知事の人たちの仕事だから(笑)その人たちが頑張ってほしいね。
よく言われるんだけどね、「エムさんは今後福島がどうなって欲しいですか!?」とか「今後の福島をどうしたいですか!?」とかさ。いや〜それは県知事にお任せするよ(笑)

白鳥:小さい規模でそういう気持ちはありますか?お店は駅前にありますし、もっとこの辺りがこんな風だったらいいのに、という希望と言いますか。

エム:ん〜、そうだね〜。僕が小さい時ってご近所さんの距離がもっと近くてさ、物の貸し借りや世話を焼くというか。割と福島は今もそういうのが残っている街だとは思っているけど段々と希薄になってきてるから、昔みたいに人と人の距離が近い街でいてほしいよね。だからお客さんに近隣の良いお店を紹介したり、逆に紹介されたり、お互いに想いを共有しあってもっともっと波及していけばいいなと思う。街全体がそういう事ができる街になったら最強の街になるよね!

白鳥:持ちつ持たれつですよね。

エム:それは大事だよね。福島で想いを持って頑張っている人たちは沢山いるけど、お互いの繋がり方を知らない人が多い気がする。不器用というか。みんなが福島のために頑張るというよりも、みんなが世界に波及するために頑張る感覚を持ってたほうが、「福島」っていう名前は世界に広がっていくと思う。

白鳥:個人が輝くと必然的に出身地も目立ちますからね。

エム:スポーツ選手とかもね!凱旋とか言ってね。そういう人たちが一人でも二人でも増えてくれたら楽しいよね。

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**5、夢

-夢を持ち、語り、現実にする。それが全ての原動力**

エム:理想と目標はたくさん持っておくようにしているかな。仕事っていう感覚ではなくてやりたいことをやっている感覚でいたいね。常に「対ひと」でね!みんながHappyでいられたらいいな。夢を見て、それを実現するために今自分がどうするべきかを考える。15年後、20年後ももちろん考える。夢を現実にするために今を一生懸命生きる、カレーで遊ばせてもらいながら、仕事をさせてもらってるよ。

白鳥:夢を持つことが原動力ということですか?

エム:そう、原動力だね。だってさ〜、70歳で現場に立って夜中1時まで頑張りましょう!って訳にはいかないでしょ?(笑)だから今どうしたらいいかを考えないとね。贅沢したいわけじゃない、楽しいことやりたい。飲みながら夢を語ることほど楽しいことはないよね!それを夢で終わらせないで、どうやって実現するかを考えるのもね!

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エムさんはいつも忙しいはずなのに、明るくて元気でパワフルだ。
一緒の空間にいるだけでこちらも自然と元気になれる。そのエネルギーの源は、歳をとるにつれて皆どこかに置き忘れてしまうもの、”純粋”さだと思う。エムさんは今でも大切に持ち続けている。空想したことにワクワクして、それを不可能だと否定しない、想像するだけで楽しいことは現実になったらどんなに楽しいだろう!その純粋な想いを原動力に、一つ一つ実現させていく。そうして実現させたものに周りは元気つけられ、笑顔をもらう。そして実現させるエムさんの姿に勇気つけられる、そして会いたくなる。
私自身も、彼のようにプラスのエネルギーを人に与えられるような存在でいたいものだ。
編集が一段落したら、確認してもらうということを理由にエムさんに会いに福島へ、そしてカレーを食べに行こう・・・。

インタビュアー 白鳥ゆい

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