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シロカネーゼ・ニ・ミエネーゼ

 
 私の生まれ育った白金台という街は「セレブの街」だそうだ。たしかに、出店したドンキホーテは白金仕様に「プラチナ・ドンキ」という名前に変えられて、松阪牛が売られているし、父の話だと、近くのスポーツジムの水風呂にはドン小西が浮いている。グットルッキング・ガイとリムジンに乗り込む叶姉妹を見かけたことも、何度かある。

 このイメージが強烈になったのは、「シロカネーゼ」という言葉が流行してからだ。なんでも1998年に女性向け月刊誌「VERY」が「ミラノっ子」を意味する「Milanese」をもじって作った造語で、翌年にはパスタソースのCMにこの言葉が使われ、爆発的に世間に広がったらしい。小学生の時は、クラスの全員が「シロカネーゼ」だったから、この言葉を聞く機会はほとんど無かったし、自分達が世間からそんな風に呼ばれているなんて考えたこともなかった。

 だから、中学に通うようになり「白金台に住んでいる」というと、周りの人から「まじ!シロカネーゼじゃん、金持ちじゃん」と言われるようになって戸惑った。私が港区女子みたいにキラキラしていれば、そう言われても堂々としていられるのだろうけど、残念ながら、学生時代の私の爪にはいつも黒い謎の物体が入り込んでいたし、スポーツ漫画の主人公が髪の毛を切る度に影響されて自分で髪を切っていたので、ヘンテコな見た目だった。

 その後もセレブに近づくことはなく、非常に素朴な大人に成長した。新聞記者になって、たくさんの人と会うが、初対面では必ずと言って良いほど出身地を聞かれる。そして、「東京です」というと、東京のどこら辺かと問われ、「港区」というと「え!お嬢様じゃん」となる。そして、港区のどこ?となって、さらに仰天される。そしてほんの一瞬気まずい空気が流れる。初対面の人とこの一連の会話を繰り返す度に、「こんなやつがシロカネーゼなのか。期待外れだな」とがっかりされているんじゃないかと、肩身の狭い思いをしているのである。

 3連休初日の土曜日、実家に帰った。白金台の駅から、目をつぶっても歩けてしまうほど何度も通った道を歩く。駅から実家まで帰るには、大通りを下り、マダムが経営しているであろう、純白かつヨーロッパ風の家具が並ぶ雑貨屋さんを左に曲がるのが最短距離だ。でも、私はその少し手前の細い道を曲がって実家に向かうのが好きだ。大通りには、豪邸やおしゃれな家が並んでいるけれど、一本奥の小路には白金台のイメージとはかけ離れた、今にも潰れそうな長屋や、ボロボロのアパートが残っていて、なんだかほっとするのである。
 
この日も、いつものコースで実家に向かった。すると、長屋は、びっくりするほどスタイリッシュなアパートに生まれ変わっていた。小路は拡張され、道沿いには、イカしたロードバイクが置いてある二世帯住宅や、古民家風レストラン兼住宅が並んでいる。「白金台に住んでるなんて、金持ちだね」と言われる度に、「お金持ちばっかりじゃ無いんですよ。実家の近くには長屋とかぼろアパートもある。白金にも色んな人が住んでるんです」と言っていたのに、、。いつの間にセレブに生まれ変わったんだよ。勝手に仲間意識を感じていた建物たちが消えてしまい、なんとも悲しかった。


私もいつか、生まれ変わる日が来るのだろうか。

いや、来ない。

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