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初恋も、女の子だった。

相手は同じ幼稚園に通う栗色の髪をもつ同級生で、わたしは自分の針金のように太く真っ黒なそれとはぜんぜん違う、絹糸のような髪によく見とれたものだった。

彼女は聡明で博識だった。でも、きちんとこどもだった。
いつだったか、彼女はとある男の子からおもちゃを貸してもらえる確率を「5%だ」と言い切り、わたしはその「5ぱーせんと」というものが何であるか明確にはわからなかったものの、平時強気な彼女が諦めたふうでいるのがなんとなく面白くなくて、その男の子に向かって「かして」と言った。男の子は面くらったようだったが、おもちゃを貸してくれた。

とたん、彼女はむくれた。
わたしが彼女の「確率論」をひっくりかえしてしまったのがよくなかったのだろう。そういうことで彼女とはたくさん喧嘩をした。金属のバッジがついた園帽で容赦なくはたかれたこともある。
とても賢くて大人びているのに、そういうこどもっぽさがきちんとある彼女が好きだった。いつも一緒にいたかったし、幼稚園が終わってからも誘い合って遊んだ。卒園の時は彼女が別の小学校へ行くことが寂しくて寂しくて大泣きした。

けれども、こどもの立ち直りは早い。少なくともわたしは幼い頃のほうが立ち直りは早かった。
同じ幼稚園から一緒に進学した友だちと過ごすうち、彼女への友情とも恋情ともつかぬ想いは穏やかに形を変えていった。大切な人だけれど、この先自分と道が交わることはないだろうということも数年経ってわかるようになった。

彼女は医師を父に持つうまれながらのエリートで、そしてなにしろ努力家だった。きっともう、こんなこどもじみたわたしとは遊んでくれないだろうなと悲しく思い出したりしながら、それが恋だったとは全く気づかずに、わたしは平凡な公立中学へ入学した。

小学6年の冬から始めた剣道を、中学の部活でも続けることにした。当時は部員が少なく、わたしは単なる数合わせとして入部間もなく公式戦に放り出された。丸腰でサバンナのど真ん中にいるような心もちだったことをよく覚えている。
それでもなんとか重たい防具や竹刀の扱いに慣れてきた頃、県立武道館で彼女を見た。彼女もまた、中学の部活に剣道を選んだらしかった。
その場で二言三言交わしたような気がする。元気にしてた?とか、その程度の、当たり障りのないようなことを。
彼女とは何度か剣を交える機会があったが、とうとう一度も勝つことができなかった。最後の中総体で彼女に負けた時、ああ、置いていかれるんだなと悟った。

あれが恋だったと気づいたのは二十歳を過ぎてからのことで、わたしの初恋はそんなふうにして終わった。
あの頃じつはあなたのことが好きだった、なんて笑い話にもならないようなことを言うつもりはないけれど、彼女と懐かしい話をしながら夕食でも食べたいと思うことはある。

連絡は、きっととらない。

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