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人生にスパイスを与える、映画の名言#010 もし話し相手が必要なら/いつだってあいつに話せばいい/もし寄り添う相手が必要なら/あいつに寄り添えば大丈夫さ

Now if you need someone to talk to
You can always talk to him
And if you need someone to lean on
You can lean on him

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 全国民が総喫煙者状態とも言える、ひと昔前のアメリカ。あるタバコ会社の重役が、こんな提案を持ちかける。「30日間、町中の人がタバコを止めることができたら、その町に2500万ドル(現在の貨幣価値に換算すると約190億円!)を支払う」と。これは”タバコをやめられるわけがない”という宣伝を狙った策略であり、国民にとっても到底無理な話だった。しかしアイオワ州にある人口4000人余りの小さな田舎町/イーグル・ロックでは、その話題を聞きつけた町の牧師クレイトン(ディック・ヴァン・ダイク)が、産業も何もない、若干荒廃した町を救うため(という名目のもと、本当は自分が出世する野心のため)町中の人々に宣誓書を書かせ「30日間タバコをやめること」という約束をさせることに成功する。するとアメリカ国内で唯一全町民が禁煙を宣誓した町として、30日間の”禁断症状”計画はスタート。1日目から禁煙による人々のイライラは募り、交通事故やケンカが多発。町は混乱状態に陥るも、何とか禁煙生活を保ち続けることに成功する。しかし2500万ドルもの大金を支払う可能性が出てきたタバコ会社も黙ってはおらず、静かに妨害活動を開始。そしてやって来た30日目、町中の人々がついに禁煙から解放されるというお祭りムードの中、それを阻止すべくタバコ会社はとんでもない計画を実行する・・・。

 ついに第10回目となった「人生にスパイスを与える、映画の名言」だが、その中でも最もマイナー(ほとんど知られていない)作品が、この『タバコのなくなる日』だろう。日本では劇場公開はおろかVHSやDVDも発売されたことが一度もなく、70年代~80年代に何度かテレビ放送されたのみ(正確なデータは不明)。配信すらされていないため、現在見る方法としては海外版ブルーレイやDVDを入手するしかない、ハードルが少々高めの作品である。とにかく日本語字幕や吹替版が、現状で存在しないのが至極残念だ。

 本作は映画史的に「アメリカン・ニューシネマ」の初期といえる1969年に製作されながらも、映画会社側が本作の内容(タバコ批判にも捉えられる)に難色を示し、約2年間お蔵入りとなり、1971年にようやく劇場公開された。監督・脚本・製作のノーマン・リアは、アメリカでは伝説のTV番組製作者。数々のドラマシリーズをヒットに導き、何と99歳(現役!)となった今でも新作が控えている。映画界でもアカデミー脚色賞にノミネートされた経験のある大ベテランだが、映画監督を務めたのは本作のみ。名作ファンタジー映画『プリンセス・ブライド・ストーリー』のプロデューサー等も務めているが、映画よりもテレビを中心に活躍している。また本作の共同製作者として名を連ねているのがバッド・ヨーキン。彼はリアと組んで数々の作品を手掛けつつ、伝説のSF映画『ブレードランナー』のプロデューサーとしても名を連ねている。

 主演は『メリー・ポピンズ』『チキ・チキ・バン・バン』等の60年代名作ミュージカル映画で世界的に有名になった、ディック・ヴァン・ダイク。近年でも『メリー・ポピンズ リターンズ』で元気な姿(しかも一作目と同じ役柄!)を見せ、ダンスまで披露するサービス精神旺盛な名優だ。『タバコのなくなる日』では、正義感と優しさ溢れるイメージを逆手にとり、野心家で虎視眈々と成功を狙う牧師を好演している。

 さて、今回取り上げた”名言”は、本作のサントラを担当したランディ・ニューマンの「He Gives Us All His Love」(邦題:愛をふりまくあいつ)の一節。この曲はニューマンが1972年に発表したアルバム「Sail Away」(セイル・アウェイ)に収録されているが、劇中(オープニングやクライマックス)で使われているのは、アルバムとは異なりストリング等が一切入っていない、ボーカルとピアノのみのバージョン。これはニューマンが初めて手掛けた映画音楽であり、全体的にゴスペルに影響を受けたサントラだが、長年発売されず、2007年にようやく限定版として発売された。
この曲自体も「He=神」を連想させるが、歌詞の中で「昔の仲間が死んでいっても/あいつは愛をふりまくんだ」という、やや皮肉とも感じられる内容に仕上げているのが、ニューマンらしさだろう。

 本作の原題「Cold Turkey」は”禁断症状”を意味するスラングだが、同名の曲として、ジョン・レノン率いるプラスティック・オノ・バンドの楽曲の邦題は、直訳で「冷たい七面鳥」と題された。今でもレノンの曲は有名だが『タバコのなくなる日』に関しては、ブラック・コメディの良作ながら、製作から約半世紀を経ても過小評価されたままなのが、本当に勿体ない。取っつきにくい題材かつ古臭さはあるものの、エンディングで空高く広がる黒い煙を見れば、その”禁断症状”に対する大いなる皮肉が、21世紀の今でも通じるはず。いつか気軽に鑑賞できることを、心から願うばかりです。

He gives us all his love
He gives us all his love
He's smiling down on us from up above
And he's givin' us all his love

あいつは愛をふりまいてる
いつだって愛をふりまくんだ
上から俺たちを見下ろして微笑んでる
そして愛をふりまいてるんだ


-タバコのなくなる日(Cold Turkey)(1971年)
監脚製:ノーマン・リア
音:ランディ・ニューマン
出演: ディック・ヴァン・ダイク、ボブ・ニューハート、ピッパ・スコット

この記事を書いた人
大石盛寛(字幕翻訳家/通訳)
通称"日本字幕翻訳界のマッド・サイエンティスト"。
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目覚めたとき 帰りの電車の中 静かに眠る前 そんな「ひととき」 自分に帰ってこられる場所になってほしい。   そんな気持ちをこめて6人でスタートした「ひととき」です。一緒に盛り上げていただけたら嬉しいです! いただきましたサポートは新しい活動や記事づくりに活用させていただきます。