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いろんな「好き」とか「それでもいい」とか


「あなたのことが好き」だと言われた。
もっと一緒にいたい、知りたい、と。

その夜も私は黒ラベルの缶。
週末なのに人のいない夜だった。

「私も好きだよ」と返した。
もっと一緒にいたい、知りたい、と。
心の底からの思いだった。


でも、今返した言葉は、私が別のあの人にずっと言って欲しかった言葉だった。
そっくりそのまま、あの人がそう返してくれたならどんなによかっただろう。

新しい関係の中でそれなりに賑やかな日々を送る最近も、私は時折、遠いあの人やあの日々のことを想ってしまう。
もはやこれは恋とか愛とかではない、ただの習慣だ。
だけど習慣こそ、恋とか愛とかよりもっとなんでもないように強いのだ。

私はまだ当分、忘れられそうにない。
「だから一緒にいても、私も、あなたも、きっと辛いよ」と言った。

それでもいい、と言われた。

そっか、それでもいいんだよな。
好きってそういうことだもんな。
私も、それでもよかったもんな。
なんでもいいから、ただ一緒にいたかったんだよな。

しばらく、いろんなことを忘れていた。

会う理由が欲しくてちょっとした嘘をついたこと。
あの人の好きなドラマをこっそり観たこと。
会えるまでの時間はうんと頑張れたこと。
二人でお腹を抱えて笑ったこと。なにがそんなに面白かったんだっけ。
好きが漏れないように、そっけないふりをしていたこと。なんでそんなことしたんだろう。
二人にしかわからない言葉。私しか覚えていないだろう約束。
何気なくしてくれた優しいこと。
何の意味もない、どうでもいい会話たち。

かわいらしいことばかりじゃない。
どうしようもない想いをこねくり回して、すり減るくらい繰り返し聴いた曲、溜まった吸い殻。
雨の中傘を壊しながら歩いたこと。
吐くまでお酒を飲んだこと。
忘れさせてくれる誰かを必死で探したこと。
人の恋愛の話なんて本当は上の空で、ただただ今この瞬間にあの人が隣にいたらな、しか考えていなかったこと。
あの人のことが好きなようでいて、本当はあの人といる時の自分が大事だったこと。それを知っていたこと。

全部、全部、甘い。
そんな日々が確かにあったということが甘い。

私は「あなたのことが好き」がずっとずっと言えなくて、夜中に急に走り出しちゃうくらい言いたくって、でも言ってしまったことでダメになってしまった。
全部、全部、ダメになってしまった。

じゃあね、と言った後、嗚咽しながら乗った電車。
最寄り駅まで迎えに来てくれた相方の肩に埋もれて声を出して泣いた。
大人になってあんなに泣きじゃくるなんて思ってなかったから、ちょっと気持ちよかった。今では笑い話になった。

よくよく考えれば、嫌いなところばっかりだ。
人に興味がないし、ケチで無愛想だし、好き嫌いは多いし、本だって読まないし、羽目は外さないし、海は嫌いだし、神経質のくせに寝相は悪いし、顔だって全然タイプじゃないし、、

人を本当に好きになるというのは、その人が全部例外になってしまうということなんだな、と知った。
嫌なとこばかりでも、私みたいに好きになってくれなくても、それでもいい、それでもいいから、ただずっとこうして一緒にいたい。それだけだったのにな。


今、目の前には、私のことをちゃんと見てくれる、「好き」「それでもいい」と言ってくれる、幸せだと感じさせてくれる人がいて、私もこの人を好きだと思う、明日も会いたいと思う。

空になった黒ラベルの缶を持って、二人でひと駅分歩く。いつも同じ道のり。
いつかこの道も、思い出して苦しくなるんだろうか。

忘れることはできないけど、戻ることもできない。
こうして今日も夜は更けていくんだし、今は待ってくれない。
今ここにある「好き」を見ないふりしたくない。

いろんな話をしながら歩いた。
忘れることはできないけど、何度も立ち止まったけど、戻ることもしなかった。




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