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【書評】テーマ型翻訳詩集としての『英詩に迷い込んだ猫たち:猫性と文学』

『英詩に迷い込んだ猫たち:猫性と文学』
著:松本舞・吉中孝志
小鳥遊書房、2022年3月、3,200円+税

本書は英文学者である松本舞・吉中孝志による共著である。タイトルのとおり、英詩(翻訳含む)作品の翻訳と、猫という人の身近にあって、世界中の作家が題材として取り入れてきた生き物について、「猫性」の観点から解説・考察したものである。

 「猫性」とは本書では「猫らしさ、猫たるものの特徴、猫の不思議」と定義し、それに基づく十二章立てで構成されている。章頭には英詩の翻訳が各一~数篇配置されたところに、「ネコメント」として、それぞれの詩や詩人の解説、動物行動学などの文献が多数紹介されている。

 取り扱う詩は全二十八篇、トマス・グレイ「金魚鉢で溺れた愛猫の死を悼む歌」や、エミリー・ディキンソン「ネコが鳥を見つける」、ワーズワス、キーツ、イェイツ、T・S・エリオットの作品など、いずれも英文学上のマストアイテムともいうべき猫詩が取り上げられている。古典であるそれらの作品は、古い語法や押韻を表すために、文語調で装飾的に訳されることが多く、結果的に難解で身近とは言い難い印象を与えがちだ。吉中孝志の手による翻訳は、極めて親しみやすい語の選択により作品世界が動きに満ち、猫の特徴が躍動感をもって再現されている。

ネコの顎が動く――ピクピクとひきつって――おなかすいた――
歯はカチカチと動いてとめられず――
跳びかかる、が、ツグミのほうが先に飛び退いた――
ああ、砂地の、ニャン

エミリー・ディキンソン「ねこが鳥を見つける」

といった具合だ。
 松本は「ネコメント」について、

紹介した猫の英詩を解説することを目的としておらず、むしろ、テーマに沿った日本文学への言及や考察を含む『猫エッセイ』として

『英詩に迷い込んだ猫 猫性と文学』より

読むことを期待しているが、実に本文の四分の一に当たる七五ページに及ぶ巻末資料が付されていることや、全篇の詩原文(英語)が掲載されていることからも、「翻訳詩集+解説付き」と理解しても差し支えない作り込みだ。

 圧巻の巻末資料には、掲載英詩の原典一覧や、引用された多数の日英語の文献、詳細な解説を加えた十二章分の註がある。豊富な専門知識に基づく本書は、詩人たちのエピソードもふんだんに盛り込まれ、猫性という切り口に特化することで文学のジャンルを超えた自由な読み方を提示している。全編が猫愛による構成は好みがわかれるだろうが、親しみやすく英詩の世界への扉を開く、テーマ詩への良質な誘いとして紹介したい。

(初出:『詩と思想』2022年10月号投稿書評)

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