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レジデンシャル・カレッジは、心理的安全性を育む―コミュニティマネジメントから考える「未来のキャンパス」とは?

価値観や生き方がより多様になってきた21世紀。教育の在り方も時代の変化に対応することが求められています。従来の「用意された課題を受動的にこなし、正解を導く」画一的な教育手法から転じ、最近では「それぞれが能動的に関心領域を探求できる」学びの機会が増えています。

たとえば「アクティブラーニング型授業」が9割以上の高校に取り入れられていることや、マサチューセッツ工科大学やハーバード大学といった世界一流大学の講義を自宅で受講できる「MOOC」が登場していることからも、世の中の学びの在り方は年々その多様性を増しているといえます。

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そうした時代背景において、HLABは、2021年に下北沢で「レジデンシャル・カレッジ」を開校しようとしています。レジデンシャル・カレッジとは、国境や世代を超えた生徒が集まり、寮で共同生活を営みながら学習する、新しい教育の形。そうした「レジデンシャル教育」推進の前段階として、2019年1月より「未来の教育の在り方」を探るためのイベント「未来のキャンパス」を開催しています。

本記事では、第3回目となる「人と人とを結ぶコミュニティづくり~コワーキングコミュニティから考える『未来のキャンパス』~」の内容をレポートします。登壇者は、元・HLAB実行委員、現在はコミュニティ型コワーキングスペース運営企業でコミュニティマネジメントに従事する、水上友理恵さんです。

※ なお本記事は、すべて登壇者の個人的見解であり、登壇者の所属組織とは無関係です。

「コミュニティの価値を追求したい」と語る彼女は、多様な価値観を持った人々が集うコミュニティをいかにして運営しているのか。コミュニティマネジメントに携わる中での、コミュニティのメンバーに主体的な参加を促すコツや、安心感や偶然の出会いを得られる寮生活の価値が明かされました。

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人類はコミュニティの中で助け合って生きてきた。世界最貧国・マラウイで感じた「つながり」の力

学生の頃から、世界における文化や慣習、ジェンダー、平等に興味を持っていたなかで、コミュニティが持つ社会的役割に興味を抱き、現職へ辿り着いた水上さん。彼女を突き動かす原体験―それは、20歳のときにケニアを訪れ、とある部族で生かされる女の子たちの宿命を突きつけられたことだといいます。

水上さんが訪れた地域の部族コミュニティには、女の子が成人女性として認められるために「女性器の一部を切除する」という通過儀礼がありました。さらに儀式を終えた女性たちは、結婚・出産の準備ために、勉強を続けることが許されなくなります。そこで、部族の中でも「勉強し続けたい」という想いを強く抱いていた女の子たちは、まだ14歳にも関わらず家族や友人をすべて捨て、村から裸足で逃げ出す―そして、同じ意思を持つ人々のコミュニティに保護され、生き延びていくといいます。水上さんはそんな衝撃的な事実を目の当たりにし、人権という概念、そしてコミュニティが人々の生き方や選択にもたらす影響へ強い関心を抱くようになったのです。

帰国後は、人権問題への関心から、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」でインターンを開始。HLABとの出会いは、同団体代表の土井香苗氏が、HLAB主催のイベントに登壇したことから。取り組みに共感した彼女は、翌年の2013年にHLABへジョインし、2014年には、現在HLABが4拠点で行なっているサマースクールのうち、徳島地域での立ち上げプロジェクト(主催:徳島県教育委員会)を手がけました。

その後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院社会学科へ進学。人権問題やグローバリゼーションとアフリカのコミュニティにおける慣習について研究し、卒業後はJICAで主に南部アフリカのインフラ開発に従事しました。

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水上友理恵さん

当時、マラウイに駐在した際の経験から、コミュニティが持つ力に大きな衝撃を受けたと水上さんは話します。

水上:「コミュニティは、血縁を超えて人々がお互い助け合うことで発展していく、人類の発明」と気づきました。マラウイ駐在当時、たまたま滞在した村で妊娠したにも関わらず相手の男性に逃げられてしまい生活に困窮していた女性が、血のつながっていない一家に家族の一員として受け入れられ、無事赤ちゃんを出産できたことを目の当たりにしました。世界最貧国といわれ、インフラが整備されていないマラウイでは、コミュニティによって赤ちゃんの命が救われたといっても過言ではありません。

「お客様」からファン、そして支援者へ。コミュニティを主体的に創っていく楽しさを感じてもらう場づくりとは

「そんなコミュニティの力が改めて価値を発揮する時代になった」と水上さんは語ります。水上さんの働いているコミュニティ型ワークスペースは、個人や少人数で働いているフリーランスやスタートアップの熱烈な支持を受けて、急速に拡大中です。

発展途上国のように、必ずしも「助け合わないと、人類は生き延びることができない」環境ではない先進国において、コミュニティはどのようにマネジメントされているのでしょうか?

水上さんによると、コミュニティを運営する肝は「参加する人たちが、主体性を持って関われる環境づくり」だといいます。

そのための工夫の第一歩として、ワークスペースに来ていただく頻度が高く、コミュニティに主体的に参加してくださる方々に積極的にコミュニケーションを取っていくことが挙げられます。コミュニティマネジメントチームの「ファン」さらには「支援者」になってもらいます。自由にのびのびと、やりたいことをやっていただくことで、「コミュニティに関わることが楽しい」と思っていただくことが大切だといいます。


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水上:いきなりコミュニティに関わる全ての人のモチベーションを高めようとしたり、多くの人たちを集めるのは難しいと思います。まずは一人でもいいからコミュニティに参加するだけではなく、主体的に運営する方が楽しいと思っていただくと、次第にそのポジティブな雰囲気が広がって、他の人たちも能動的に協力してくれるようになり、コミュニティ全体の熱量が高まっていくんです。

運営側が「お客様」に対して一方的にコミュニケーションをするのではなく、コミュニティの内部で入居者同士で「助け合う」という双方向的なコミュニケーションが生まれるような場づくりが大切です。「助け合った方が、仕事もアフターファイブも楽しい」と感じていただくことが、コミュニティマネジメントの本質ではないでしょうか。「お客様」から「支援者」へと変わるまではある程度の時間がかかりますが、協力してくれた方々に感謝の思いを伝え続ければ、「自分の行動がコミュニティのためになる」という気持ちを醸成できると感じています。

ここで、会場より「一部の人たちだけが熱狂すると内輪感が出てしまい、新しく加わったメンバーが難色を示してしまうのではないか」と質問がありました。それに対し、水上さんは、「コミュニティマネジメントチームとしては、どなたにも平等にという規範を示していくことが大切」と答えます。

水上:すべての人たちに平等に接していれば、新しい入居者も輪に加わりやすいコミュニティになると考えています。熱心に運営をサポートしてくれる方であってもルール違反をしたときはしっかりと注意しますし、頻繁にご意見をくださる方にこそ、笑顔で接することが大切です。最初は新しい場に対して不満をお持ちだった方が、気づけばサポート側へ回ってくれるほど、コミュニティに愛着を持ってくれることもあるんですよ。

家族のような安心感、偶然の出会いから学びが生まれる「"居住型"教育コミュニティ」の真価とは?

水上さんは、HLABの下北沢キャンパスを「『教育・居住・仕事のすべての境界線を曖昧にしたコミュニティ』として、世界的リーディングケースになりうる場」だと期待します。なぜなら、水上さん自身が、リアルな場が持つ「安心感と偶然性」に大きな期待を寄せているからです。

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水上:HLABは2011年の設立以来、強固なコミュニティとして機能している点に、とてつもない価値があります。そのコミュニティの場として、下北沢キャンパスが開校された暁には、もはや入居者以外の方にも「ここに行けば学びの機会が得られる」とのインセンティブが働き、コミュニティはさらに大きく広がっていくのではないでしょうか。レジデンシャル・カレッジや下北沢という街における「偶然の出会い」によって、普段の自分だったら関わらない属性の人々とつながり、親交を深めていくことができます。こうした「多様な選択肢の存在に気づかせる装置」となりうる点に、大きな可能性を感じますね。

さらに、「寮に住む価値は、”同じ釜の飯を食う”ことを通じて、一緒に住んでいるような結束感や安心感が生まれること」と水上さんは話します。

水上:コワーキングスペースにおいても、毎晩お酒や食べ物を囲んでわいわいと盛り上がる方々が必ずいます。安心して誰かと一緒にご飯を食べたい、時間を忘れるほど話に熱中したいという欲求は普遍的なものだと思います。今となっては世界的知名度を誇るSNSであるFacebookも、発端はそうした学生同士の食堂での何気ない議論にあったことに鑑みると、そうした環境は人間にとって重要な価値を持っていると思います。

結婚しない若者も増え、東京では特に一人暮らしが主流になっています。これらは先進国を中心に世界的に見られる現象であり、今後は一人暮らしから「孤独」を感じる方々が増えてくると考えています。HLABが提案する多世代の居住型コミュニティは、今後の世界にこそ必要とされるモデルなのではないでしょうか。

食住を共にするレジデンシャル・カレッジにおいて、水上さんが説く「心理的安全性」は大きな価値の一つでしょう。また、オンラインにおける学びの機会が増えていく時代だからこそ、HLABはふとした会話から気づきが生まれるような「偶発性を意図した環境づくり」を提供し続けていきたいと考えます。

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今後も「未来のキャンパス」では、「多様性」「レジデンシャル教育」「コミュニティ」といったキーワードを活動の軸とされている方をお迎えし、新たな学校の形を探るための議論を行なっていきます。

全4回の「未来のキャンパス」記事はこちらからご覧いただけます。


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