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PAUSE

まだ開けていない卵の賞味期限が切れた。
気分の落ち込みが寒さによって悪化することを予測していた。
タンパク質を摂取することが重要だと何かで目にしたから購入したのに。
間に合わなかったみたい。
自分で自分の精神状態を憂慮するようになった時にはもう手遅れなのかもしれない。
もともと億劫な摂食行動に、わざわざ手間と時間をかけるわけがない。
料理なんてしたくない。
咀嚼なんてしたくない。
空腹なんて感じたくない。
何もしたくない。
人生に、世界に、生活に、pauseボタンを押したい。

誰にだってそんな時はある、なんて気休めにもならない。
私のpause欲求は、頻繁で、そして継続する。
3週間ぐらい外に出たくない。
ただ寝る生活をして、気が向いたら本を読んで、ドラマを見て、漫画を眺めて。
頭を使わず、世界と干渉せず、自分が存在していないのではないかと思えるほどに外部から切り離されたい。
独りになりたい。

朝起きて
家を出て
勉強をして
頭を使って
コミュニケーションをさぼらず
家事をして
生活しなければいけないことはわかっている。
どれもしんどい。
どれもできない自分はこの世界に存在するべきでないこともわかっている。
何もしていないのに、ただただ疲れる。

生きたいと、生きていてよかったと思ったことがない。
かわりに、消えたいと、存在しなくていい方法を考えている。
生まれてしまった以上、存在しないなんて不可能なのに。
モチベーションがないせいか、生きる活動が重くて仕方ない。
食事をとらなければ
お皿を洗わなければ
洗濯をしなくては
掃除をしなくては
ごみを捨てなければ
「しなければならない」ばかりがあふれていて、疲れる。
「したい」は消える。
私は何をしたかったのだろうか、何をしたいのだろうか、何をしていきたいのだろうか。

物事への興味関心が薄れてしまって、やりたくて始めたはずのことも放棄する。
飽きっぽいのかもしれない。
そんなに興味なかったのかもしれない。
ああ、申し訳ないなあ。
欠席・欠勤の連絡をする度に、呆れられているのだろうなあ、迷惑だよなあと自分を責める。
だからといって参加できる状態でないこともわかっている。
悪いのは自分。
体力がなくて
すぐ疲れて
世界への好奇心が消えてしまう。
エネルギーが足りない。

運動すれば、きちんと食事をとれば、体力がつく人もいるのかもしれない。
運動も食事も体力を奪っていくだけだ。
ただでさえ疲れる生活がさらに困難になる。
疲弊する。

止まりたい。
独りになりたい。
進みたくない。
関わりたくない。

疲労感を、生活へのプレッシャーを、消極的な思考を軽減させたい。
好奇心を、興奮を、楽しい気持ちを、持続させたい。

pauseボタンなんてないのだから。

私の価値観に、価値を見出してくださりありがとうございます。