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【寄稿】新しい社会の創出とトランスパーソナル心理学の役割

※この記事は、2019年秋発行の日本トランスパーソナル学会ニュースレター巻頭言への寄稿文に、若干修正を加えたものになります。

社会の変化の兆し~含み超えていく意識

近年、社会が次のステージに向けて変容を始めているという話を耳にする機会が増えた。農耕革命、産業革命、情報革命と大きな変化を遂げてきた社会は、次の革命的変化を創出しつつあるという内容である。
まだ一部の動きではあろうが、変化の先駆けのように現在の資本主義社会の限界を訴え、共感資本主義やシェアリングエコノミーといった新しい経済活動を広げる動きが本格化し始めている。

そうした動きと並行するように、「ティール組織」という企業の新しい形態が見いだされ、昨年書籍として出版されて発行部数は7万部を超えた。この書籍の人気に伴い、企業の在り方やマネジメントの手法などが改めて検討され、少し前から推進されている働き方改革とも相まって、大企業も副業解禁や個人の都合に合わせた勤務形態の導入など新しい仕組や制度を模索し始めている。

ティール組織とは何かを簡単に説明するならば、生命体のように各人が判断、連携をして主体的に動いていくような組織形態とされている。既存の多くの組織のように特定の権限を持つ者からの指示命令によって動くのではないため、徹底した情報共有が重要とされ、各人が自己と他者を明確に意識しながら自分自身と組織にとってのウェルビーイングが両立する状態に向けて自律的に協働することが理想とされている。


集団においてこのような在り方を実践しようとすると痛感するが、これは思いのほか難しく大変である。なぜならば組織や集団の在り方には、そこに関わる人々の意識がどのようであるかが強く影響するからだ。そこで個々人の意識と集団が持つ集合意識が変容していく必要性も指摘されるようになり、ティール組織の理論背景となっているケン・ウィルバー提唱のインテグラル理論も注目を集めるようになってきた。おかげでより幅広い層もインテグラル理論の書籍を手に取るようになってきており、これはトランスパーソナル心理学を知ってもらう機会の広がりにも繋がっている。


今や次の社会へ向けた変化には、個人を含み超えていく意識が重要視されてきているのである。


社会の変化の潮流 ~テクノロジーの発達による統合

経済や企業活動とは別に、違う方向からも社会の変化は促進されている。
もともとトランスパーソナル心理学の分野で扱われていた事柄が、装いを新たにしてメインストリームに現れ始めているのだ。仏教の教えや実践がマインドフルネスという形で企業や医療など幅広い分野に広がっていったように、トランステックやサイケデリクスも70年代の混沌やカルト化の轍を踏まないよう、慎重さをもって再興してきている。


再現性に乏しいとの理由から疑問視されていた、自分の意識を超えて自然や世界と一体化するような体験や、危険視されていたサイケデリクスの分野を安全に再現できるよう導いているのが、ここ20年程で急速に発達してきたテクノロジーである。

身体の仕組が解明されるごとに、脳科学や生化学、解剖生理学的にも身体が持つ驚異的な機能が明らかになってきており、これまではオカルトやスピリチュアルとして揶揄されてきたような現象が、確かな証拠を伴う事象となりつつある。

さらに、テクノロジーの発達はこれまでの不確かなものの実証だけに留まらず、かつてSF世界の中だけの話だったことも現実にし始めている。まるで人間のように動くロボット。人間の身体を補佐する機械。合成による架空の人物の創作や、実在の人間とそっくりな立体映像。発語しなくても脳内で考えるだけで筋肉に伝わる信号を読み取り離れた人間に意思を伝える機器や、離れたところからでも視線の動きや心拍数などを読み取り思考や感情を推測して行動予測をする機器など。これらは障害を持った方々を助けたり、人間にとって難しい仕事を代わりに行ってくれるなど、人類のより良い生活に貢献することが期待されている。


課題となる人間の意識の発達

だがしかし、それらを使う人間の意識はどうであろうか。


売上を追及する企業の過剰になりがちなサービスは、我々人類の健康や豊かな生活にとって本当に良いものであろうか。最新の技術を戦争の道具として活用することにばかり指向する国の在り方はどうなのだろうか。


テクノロジーがいとも簡単に人間の認識や思考、身体機能を超え、軽々と人の意識をハッキングできるようになりつつある今、行政や企業、医療や教育など社会のあらゆるところで哲学や倫理がこの上なく重要になってきているのは想像に難くない。自他の関係に意識的でいなくては、知らないうちに操作したりされたりするような、ディストピアな世界に変容する可能性もあり得るのだ。


先に述べたような新たな社会、新たな企業へと変容して人類のウェルビーイングを実現していくためには、個々人が自らの陰陽をしっかり見つめ、自分個人や人類の利益だけでなく、他の生物や植物など、地球環境内での健全な循環に対する視点を持って生きることが大切な時代がきているのである。

問われるこれからの生き方・在り方

2019年9月に来日した「ティール組織」の著者フレデリック・ラルー氏は「私を通して『生きられたいと思っている人生』を生きること。人生の目的は発見するものではない。人生が私を通っていけるように、できるだけ大きな空間を開くことが大切」だと話していた。


また、米国にてWisdom2.0というカンファレンスを創設し、テクノロジーの価値を認めながらも、人類の健康と幸福を実現するためにはどうしたらいいかという命題を提示しているソレン・ゴードハマー氏も、「あなたがやりたいことが何かではなく、人生があなたを通して実現したいことは何かを意識して道に従うといい」と話している。


新たな時代へ向けた大きなムーブメントを起こしている両名が、同様にヴィクトール・フランクルの言葉を掲げているのもまた象徴的に感じられる。
今、人々が新たな意識を持って新たな社会を創造するために、個人を大切にしながら、同時に個を含み超えていく意識が重要な鍵を握っているのではないだろうか。

「人生の意味を問うなかれ。人生があなたに問いかけているのだ。あなたはどう生きるのかと」


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