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【第30話】幻想の中で生きる①

二人のリーダーから、「リーダー会議」への提案に対してあまりにもあっけなく同意が得られ、順子は拍子抜けしてしまった。

自分が恐れていたことは何だったのだろうか、と順子はぼんやり考えていた。

リーダー会議を実施することについては、二人から反対されるだろうと思っていた。また、もし同意が得られたとしても、それは主任の順子の機嫌を損ねることを恐れ、妥協するだけだろうと予測していた。


ところが実際には、リーダーの二人からはリーダー会議に対する前向きな姿勢と意欲を感じられた。実際に本人たちと話をしてみることで、順子が抱いていた恐れは一瞬にして消えてなくなってしまったのである。

直接話をする前の、あの不安や心配は何だったのか。まるで自分が幻想の中で生きているようではないか、と順子は思った。栗田が順子に、「実際に本人たちに話を聴いて確かめて欲しい」と言ったのは、今の状況を予測していたのだろうか。


ひょっとすると、保育においても同じような事が起こっているのではないだろうか、と順子は考えを巡らせた。


さくら保育園では、保育者は同じエプロンをつけている。これは順子が務め始める前から決まっていた慣習だった。

だれがいつ決めたのかわからない慣習がそれ以外にも多くある。たとえば、午後の時間、乳児クラスは園庭を使わないと決まっていた。午後は3・4・5歳児の幼児クラスの子どもたちが園庭で自由遊びをする。そのため、0・1・2歳の乳児クラスの子どもたちはホールか、各クラスの部屋で過ごしていた。


ある時、大学から来た実習生に質問されたことがある。その実習生は勉強熱心で、保育について色々と質問をしてきた。学ぼうとする前向きな姿勢が感じられた。

その実習生は二回目の実習もさくら保育園で実施し、そのまま就職した。それが新任保育者で、滝本と同じ2歳児クラス担当である須天(すあま)である。


実習生だった須天は、実習指導担当の順子と二人で、実習の最終日に振り返りを行った。順子から何か質問はないかと聞かれて須天は、

「なぜ乳児クラスは、午後に園庭に出ないのでしょうか?」

と聞かれた順子は、

「幼児クラスは体力があるから午後も思い切り体を動かして遊びたいでしょ?同じ空間に体の小さな乳児クラスの子どもたちがいると、怪我につながる恐れがあるからね」

と答えた。

「わかりました・・・。乳児クラスの先生方が、午後も園庭が使えたら良いな、と話されていたので気になって質問させていただきました」

須天は、大学の授業でも疑問に思ったことは質問して解消しないと気が済まないタイプだ。ある時は、授業中に質問できなかったため、教授の研究室まで追っかけていき、次の授業を遅刻したこともある。なので、他意はなく自分の感じたことを順子に率直に伝えただけだったが、それを聞いた順子は驚いた。園庭の使用については、保育者全員が納得していると思っていたからである。


順子は保育者として、乳児クラスに入っていたときには、園庭の使用については特に不満を感じていなかった。それは順子が保育者として優秀だったためだ。園庭が使えなければ、散歩に出ても良いし、廊下やホールという空間を有効活用することもしてきた。自分が感じているように、他の保育者も不便は感じていないだろうと思い込んでいたのである。


「ストーリーで読むファシリテーション 保育リーダーの挑戦」一覧はこちら
https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1

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