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【第20話】園内研修だけじゃだめなんですか③

順子と油井園長は自分の書いた付箋を模造紙に貼り直していった。すると、右上の方に3つの付箋が残っていた。つまりその3つの案が、実現性が高く、効果も高い案ということになる。


「それでは実現可能性が高く、効果が高いものから一つずつ吟味していきましょう。『保育について園の方針を伝える』についてはいかがでしょうか。これは、園長先生が出された案でしたね」

「はい」

「たしかに、園の保育方針について職員が共通認識できていれば、保育の対話の土台となるかもしれません。ただ現状の職員にとって、その取り組みが『職員同士の相互理解が進み、積極的に対話しようとする姿勢』を促進することになるでしょうか?」

「と言いますと?」

「研修前にヒアリングの結果を共有させていただきました。たしかに『園の課題』の一つとして、『保育の方向性が共有さていない』がありました。そのため、園の保育方針を伝えることは、その課題の解消につながるかもしれません。ただ、一方的に話を聞くという時間を取ることが、『職員同士の相互理解が進み、積極的に対話しようとする姿勢』につながるかどうかということを吟味する必要があると思います」

「なるほど」順子は思わず声を出していた。

たしかに、模造紙の上の方に書かれた「職員同士の相互理解が進み、積極的に対話しようとする姿勢の促進」にはつながらないような気がした。なぜなら、これまでも園長が保育方針の話をする機会はあったのだ。しかし、職員は自分事として受け止めていないように感じられた。あくびを噛み殺しながら聞いている保育者や、間違いなく居眠りをしている調理師もいて、順子は園長に気づかれたらどうしようかと、冷や汗をかいたのを思い出した。また、その後に職員間で保育の方向性が共有されていると感じられたことはなかった。

しかし、油井園長は納得いかないようであった。

「ただ、これまでは毎年職員が一定数入れ替わるので、うちの園の保育方針について必ず話をする機会を3月に設けていたのです。また来年度に向けてあらためて保育の話をする必要があると思うのですが」

「なるほど。保育の方向性について話をする機会はあったほうが、職員が混乱せず安心して保育をすることにつながるのですね」

栗田に肯定されて、ようやく油井園長の気持ちは収まったようだ。


栗田は少し考えてから言った。

「・・・それでは、園の方針を一方的に聞くだけではなく、今回のように参加・対話型の研修にして変えてみるのはいかがでしょうか。話を一方的に聞くということは、職員が受け身の姿勢になる可能性があると思います。そのための方法については、相談しながら進めていきましょう」

「わかりました」

「それでは次ですね・・・。えっと『保育を定期的にふりかえる機会をつくる』。これは水澄先生の意見でしたね?」

「そうです。園長がおっしゃるように、園の方針を共有することも大事だと思いますが、今日のように普段の保育をふりかえる機会をつくることができると、自分たちの保育に自信を持てるようになるのではないかと思ったのです。そしてそれは、結果として『職員同士の相互理解が進み、積極的に対話しようとする姿勢の促進』にもつながると思います」

栗田は、順子がこの場の意味を理解し、考えを整理しながら伝えていることに感心した。


「ストーリーで読むファシリテーション 保育リーダーの挑戦」一覧はこちら
https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1

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