砂糖はなぜ甘いのか:寄生者の甘い陰謀
甘いものへの欲望は多くの人にとって共通していますが、その背後には驚くべき進化の秘密が隠されています。
この記事では、砂糖を甘く感じる理由を進化の過程において寄生者による遺伝子の改変があったことで説明します。
砂糖の甘さには知られざる陰謀があったのです。
よくある古典的な説明
よくある古典的な説明によれば、原始時代において糖分の多いものを食べる個体がよく生き残り、糖分を甘いと感じる遺伝形質が自然選択によって維持されてきたことになっています。
しかし、この仮説はショ糖や果糖がブドウ糖よりも強い甘みを持っていることを説明できてません。
ショ糖と果糖とブドウ糖の関係
1. 化学構造と生理学的な違い
ショ糖は砂糖の成分で、化学的には果糖とブドウ糖が1分子ずつ結びついた構造をしています。
ショ糖を食べると加水分解されてブドウ糖と果糖に分かれますので、10gのショ糖を食べることはブドウ糖と果糖を5gずつ食べることとほぼ同じです。
また、ブドウ糖と果糖は構造異性体の関係にあり、相互に変換可能です。
2. 果糖の代謝調節の難しさ
ブドウ糖はエネルギーになる時に一旦果糖(のリン酸化物)に変換されます。
ブドウ糖を必要な分だけ果糖に変えることで細胞はエネルギーの生産調整をしています。
ところが果糖が入ってくるとその調整過程をすっ飛ばすことになるので、あるだけ一気にエネルギーと酸に変わってしまいます。
これは細胞にとって大変不都合なことで、エネルギーと一緒に生成された大量の酸は細胞に害がありますのでそれを処理しなければなりません。
酸素と結合させて燃焼させるのは時間がかかるため、その多くは脂質へと変換されます。
砂糖が太りやすいと言われる理由、それは一気に脂質に変わってしまうからなのです。
寄生細菌やウイルスには果糖のほうが好都合
果糖の代謝調節ができないことは寄生者である細菌やウイルスには好都合です。
私たちにとって最も身近な寄生細菌のひとつである虫歯菌は、糖を分解して酸を作ります。糖代謝の最初の段階をすっ飛ばすことのできる果糖は虫歯菌にとって最も良いエネルギー源です。
ウイルスは宿主細胞のエネルギーを横取りして増殖します。果糖が来ると宿主細胞が消費しきれないほどのエネルギーがだぶつくので、それを使ってウイルスは増殖します。
また、果糖の代謝の結果として生成された脂質が蓄積することによる体脂肪率の増加は免疫低下に繋がるため、この点も細菌やウイルスにとって有利になります。
寄生者が祖先の味覚を改造した
私たちは数多くの細菌やウイルスと共に生きています。
その中には悪さをするものが少なくないことは周知のとおりですが、果糖を甘く感じる味覚が寄生者によって仕組まれたと考えると果糖を特に甘く感じることがうまく説明できてしまうのです。
ただし、寄生者が改造したのは今の私たちの体ではなく、私たちの祖先の体です。
果たして寄生者が宿主を改造し、さらにそれが遺伝するということはあり得るのでしょうか。
ヒトゲノムの8%は内在性ウイルス
実はヒトゲノムの8%は内在性ウイルスであることがわかっています。
ウイルスの痕跡であるLINEやSINE、DNA型トランスポゾンも含めると実にヒトゲノムの半分はウイルスでできていると言えます。
ちなみに、体の部品であるタンパク質をコードしている配列は全体の1.5%程度しかありませんので、体の部品の設計図よりもウイルスのほうが遥かに多いということになります。
これは長い歴史の中で数多くのウイルスが寄生しては宿主の染色体DNAを書き換えてきた何よりの証拠です。
ウイルスだけでなく細菌にもDNAの書き換え能力を持った種類がいますし、細菌や他の生物の遺伝子が一旦ウイルスに移ってから宿主に組み込まれることもあります。言わばウイルスと細菌の連携プレーです。
ここから先は果糖の味蕾を組み込んだ寄生者がウイルスであると仮定して話を進めていきます。
甘い誘惑と自然淘汰の攻防戦
1億年前の白亜紀は温暖な気候で、現在の5倍の濃度のCO₂が大気中に存在していました。そのため食料は現在よりもずっと豊富にあり、甘いものもたくさんありました。
ウイルスは当時の私たちの祖先に果糖の味蕾を組み込み、豊富に存在する果実や樹液をたくさん食べるように仕向けました。
これは一筋縄には行かず、一進一退の攻防戦があったと考えられます。ウイルスが味蕾を組み込んでも虫歯、肥満、糖尿病によって淘汰されてしまうからです。
ネコ科動物は甘みを感じることができませんが、これは哺乳類の中で糖への耐性が特に低いので、果糖の味蕾を組み込まれた個体が全く生き残れなかったからだと考えられます。
ウイルスの立場から見るとネコ科動物への寄生は失敗に終わったと言えます。
不安定な利害関係
では私たち人類が今日まで果糖の味蕾を残してきたのはなぜでしょうか。
それは果糖を甘く感じることがネコ科動物ほど致命的な影響を及ぼさなかったからです。肉食に特化していたネコ科動物と違い、霊長類の祖先は雑食性で既に果糖に耐性を持っていました。
また、CO₂の減少で植物の光合成効率が低下して糖が希少になり、虫歯や糖尿病になるまで甘いものを食べることができなくなったことも淘汰を免れた大きな理由です。
このような状況ではむしろ甘いものに対する欲求が人類の祖先の生存に有利に働いた可能性があります。冒頭で紹介した古典的な説明に近い考え方です。
これはウイルスの立場から見ると寄生に成功したケースと言えます。ウイルスが安定して寄生を続けるには宿主が淘汰されてしまっては本末転倒で、生かさず殺さずの不安定な利害関係が最も好都合なのです。
農耕文明の勃興と利害関係の崩壊
やがて人類は農耕文明を発達させ、食料の生産能力を飛躍的に高めました。
中でも低いCO₂濃度でも効率的に光合成を行うことができるトウモロコシやサトウキビを栽培して、1億年前のように再び豊富な糖分にありつけるようにしたのは画期的なことでした。
これは糖が希少であることで保たれてきた不安定な利害関係の崩壊を意味します。
糖がありふれた現代はウイルス、虫歯菌、悪玉腸内細菌にとっては天国です。
しかし宿主である人間は強い淘汰圧にさらされています。
もし突然変異で果糖の味蕾を失った個体が生まれてきたら有利になりそうに思えますが、しかし糖を甘く感じることが前提となっている人間社会では味覚障害として扱われるので生きづらいかもしれません。
果たして1000年後の人類の味覚がどうなっているのかを考えるのは非常に面白いです。
まとめ
今回は寄生者による遺伝子の改変の一例として、砂糖を甘く感じる味覚がウイルスによる改変によって組み込まれ、不安定な利害関係によってそれが保たれてきたことを解説しました。
ヒトゲノムに少なくとも8%もの内在性ウイルスが含まれていることからもわかるように、寄生者との相互作用によって組み込まれた遺伝形質は他にも数多くあります。
ギャンブル中毒、子殺し、いじめなども寄生者によるコントロールでうまく説明することができます。
巷では進化心理学と称してこれらの行動が人類にとって適応的であると無理やりこじつけて正当化する論調が流行っているようですが、今後これらの解説記事も書いていこうと思います。
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