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暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(8)

第8話 ALTM(アシスタント・ランゲージ・ティーチャー・マクスウェル)


ブラック・ドット・ダイアリー
BDD 二●一三年六月十八日(火)

 国際レイライン協会────。
 本部は英国スコットランド・エジンバラ。
 世界六十五カ国に約12万人の会員を持つNGO団体で、設立の趣意しゅいは「古代人の知恵を用いて現代の諸問題を解決する」ことだという。
 また日本は英国と並ぶレイライン大国であり、神道、山岳仏教の伝統とも重なって日本支部は会員数も資金力も英国本部をしのぐ規模を誇っているらしい。
 赤神晴海あかがみはるみがどのようにして太陽黒点呪術たいようこくてんじゅじゅつを身につけたかは不明だが、日本でそうしたアンチ・レイライン技術が発達し継承されているのも富士山を頂点とするレイライン文化の広い裾野があってこそのようである。
 いつの世にも、未知のパワーを用いて平和と繁栄を目指す者もいれば、悪用して人々を恐怖で支配しようとする者もいる、ということだ。
 ともあれ、協会が赤神晴海に宣戦布告した数日後には加賀見台中学に「レイライン研究会」が発足した。
 顧問はA・G・マクスウェル
 マクスウェルきょうは何と非常勤の英語指導助手としてあらためて乗り込んできたのだ。
 赤神陣営は、これは催眠術さいみんじゅつによるインチキに違いないと区の教育委員会へ問い合わせたが、果たして正式な人事だった。
 協会の政治力はあなどれない。
 だが、晴海が2ーCを押さえている限り呪術を解くのも容易なことではない。
 両者のにらみ合いが始まった。
「変なガイジンが来た」
「名門貴族って本当?」
「本職はナントカ教会の神父だって」
 校内には虚実ないまぜの情報が乱れ飛んでいた。
 生徒たちは突然現れたヒゲの英国紳士に興味津々しんしんだった。
 柔和にゅうわでユーモラスなマクスウェル卿の授業はたちまち人気を博した。
 ただし、授業の終わりに決まって語られる「レイライン」については、神父さんのありがたいお話として生徒たちは話半分に聞いていた。
 マクスウェル卿の人気を脅威きょういに感じた赤神陣営は汚い手に出た。

危険なヒゲ男にご注意!
イギリス人マクスウェル、実はロリコン伯爵
イギリスで事件を犯したが身分が高いので逃げ切れた
日本でも性犯罪を起こす可能性大
 怪文書である。

「あのヒゲは怪しいと思った」
「神父だから、美少年狙いじゃね?」
「ゲイブリエルのゲイラインか。やべぇー」
 さすがに真に受ける者は少なかったが、短期決戦を目指していたマクスウェル卿は誠意を示すことで火消しにあたった。
 マクスウェル卿の顔の下半分を覆っていたトレードマーク。
「それ、何とかなりませんか?」校長からも再三求められてきたのだが、かたくなに拒否してきたヒゲをきれいにり落としたのだ。
「誰? マックスの知り合い?」
「えっ、本人!?」
「マクスウェル、マジイケメン」
 四十代だと思われていたマクスウェル卿が、二十六歳になったばかりの、しかもかなりの美青年であることが明らかにされた。
 ふたを開けてみれば、身分と見識と美貌を兼ね備えた正真正銘の貴公子。
 赤神晴海の戦略は裏目に出た。
 マクスウェル卿は2ーCを除くほぼ全校を味方につけることに成功した。
 透かさず反撃する赤神陣営。
 BDGブラック・ドット・ガールズが顔に黒い痣が浮かんだお世話係を引き連れて校内を練り歩き、「マックスの研究会に近づかないように。近づいたら、みんなこうなるから」と脅して回った。
 2ーCのヤバさに気づき始めていた生徒たちに、これは覿面てきめんに効いた。
 マクスウェル卿は人気者となったものの、彼が立ち上げた研究会にはさっぱり生徒が集まらなかった。
 時間がない。
 今度はマクスウェル卿があせる番だ。

 放課後────。
 かえでは一度校舎を出て時間を潰した。
 晴海とBDGが下校したのを確認してから学校へ戻った。

〈Ray Line 研 お気がろにどうぞ〉

 日本語、間違っている。
 楓は何度も深呼吸して、ノックした。
「メイ・アイ・カム・イン」
「ドーゾーオハイーリー」
 細長い物品庫を改造した部室の奥に、イケメンになったマクスウェル卿のさわやかな笑顔があった。
 協会日本支部長、佐々木徳治郎の顔もあった。
 だが、驚いたのは────。
「あら、菅原さんじゃない」中に土山三千代がいたことだ。
「ほう、あなたも2年C組ですな」と佐々木。
「土山さんこそ、何で、ここに?」
「それは、たぶんあなたと同じ理由」
 このままでは卒業するまで赤神晴海の奴隷にさせられてしまう。
 2ーCにかけられた呪いを解くためには、聡明そうめいなマクスウェル卿と、何だかよくわからないレイラインにけるしかなさそうだ。
「それで今、説明を聞いていたんだけど……やっぱりよくわからないわ」と三千代。
「でも、赤神さんの魔術みたいのだって、仕組みがよくわからないんだけど」
「あの女に、さんなんかつけなくていいよ」三千代が声を荒げた。相当、頭にきているようだ。「とにかく、あの女を倒せるなら、ラインでもレインでもいいんだ、わたし」
「うん。それは、わたしもそう思う」楓も同意する。
「君たちは、レジスタンスだな」とマクスウェル卿。佐々木が訳した。
「ミス・アカガミは2ーCの生徒を使って強力な魔方陣まほうじんいている。2ーCの一員である君たちが、こちらへついてくれると、それだけ彼女の力をぐことになる。間もなく夏至げしだ。一年のうちで夏至の日の出は、レイラインのパワーが最大となる。彼女の呪術を打ち破るには絶好のチャンスだ。君たちの力が必要だ。レイラインをもう一度開通させて世界を救おう」
「そんなにデカイ話なのかな、これ」と楓。
「いや、ちっさい話だよ。中学生のケンカつーか」と三千代。
 だよね、と笑い合っていると、ノックの音がした。
「おや、先客が」クラス委員の沖村肇だった。「これは、ヒーローになり損ねたかな」
 2ーCのレジスタンスは三名となった。
(つづく)


21歳のとき、私は幻聴に悩まされていた。
音の出る信号機が設置された横断歩道を渡ってから
そこで流れていた「通りゃんせ」のメロディが
耳にくっついたまま離れなくなってしまったのだ。

寝ても覚めても耳の奥でメロディは鳴り続けた。
耳掃除をしても、
大声を出しても、
何をやっても「通りゃんせ」が消えない。
これは困った。
芥川龍之介の自殺直前に書かれた短編「歯車」のような状態である。
このまま気が変になってしまうんじゃないかと不安になった。

幻聴が1週間ほど続いたあとだった。
気晴らしに実家の物置で父の古本を漁っていた。
たまたまこのページを開いて読んでいると、
鳴り続けている「通りゃんせ」の
「天神様の細道じゃ」のフレーズと
「マクスウェルの魔神」の図が
頭の中でクロスオーバーし
メロディがひときわ高く鳴り響いた。

いよいよ気が狂ったかと覚悟したが、
気がつくと耳の奥からメロディは消えていた。


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