暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(2)
第2話 アンケート
そこからのぼくの動きは、早かった。
帰宅すると、すぐに家のパソコンで「加賀見台中事件」を検索してみた。
ヒットは「0」。
つまり、その事件は一部のローカルな出来事にすぎず、世間で話題になるようなものではなかったということか。
ぼくは念のため、いくつかのSNSに「加賀見台中事件について何か知ってる人、いませんか?」と書き込んでおいた。
登録済みの都市伝説系YouTubeのコメント欄にも「○〇区の中学校で『加賀見台中事件』というのがあったらしいんですが、調べてもらえませんか?」とコメントしてみた。
それが終わると、アンケート用紙を作成だ。母親に社会科の課題とウソをついて、とりあえず100枚プリントした。
翌日。
休み時間を利用して、ぼくは調査を開始した。
アンケート用紙を持って、3年生の教室から回り始めた。
無記名のアンケート用紙には次のような項目が記されていた。
1年生がいきなり教室へやってきて、何か妙なことを始めたので、3年生たちはちょっと驚いていた。
ぼくは休み時間を利用して、飛び込み営業のように教室を移動しながら説明を繰り返し、アンケート用紙を配っていった。
100枚の用紙はあっという間にはけてしまった。
配ったときの先輩たちの反応は様々だ。
面倒くさそうに無視する人や、バカにしたような態度をする人もいたが、興味を持って話を聞いてくれる人もけっこういた。
3年生が終わると、次は2年生だ。
ぼくは新たにプリントしたアンケート用紙を片手に、2年の教室を回り始めた。
この行動力。
この積極性。
普段、教室でボケーっとしている人と同じ人とは思えない、気味が悪いほどの変わりようだと自分でも思う。
ぼくは興味がないことにはテコでも動かないが、興味があると徹底的にやってしまう困った人だった。
一週間かけて加賀見台中学校の全部のクラスを回った。
途中で家のコピー用紙が足りなくなったので1年生は半分だけになってしまったが、数としてはもう十分だろう。
次の週。
用紙の回収のため、再び3年のクラスから回り始めた。
ぼくの活動について、校内でかなり噂になっているようだった。
「変な1年生がいるって、先輩たちが騒いでたぞ」タカハシが教えてくれた。
新聞部がおもしろがって取材に来るかもしれないという。
クラスの奴らがぼくを見る目にも変化が感じられた。
みんな気づいたのだろう。
地味なザコキャラだと思っていたら、かなりヤバいやつだったと。
他人がどう思おうと自由だ。
ぼくはただ自分の好奇心に忠実なだけ。
ぼくに言わせるなら、ぼくの興味を引くような世界の謎が悪い。
すると間もなく、ぼくは職員室へ呼び出しを食らった。
「西堀。何でここに呼ばれたか、わかるよな?」生徒指導の佐久間先生が言った。
サッカー部の顧問で生徒の間で「クマセン」と恐れられている厳格な教師だ。
その横に担任の北畠先生もいた。クマセンの手前もあるのだろう。おっとりした天然キャラを引っ込めて、唇をきゅっと引き締め、厳しい目でぼくを見つめている。
二人によると、ぼくの個人的な活動が職員会議で問題になったという。
ひとつ、学校内での課外活動は、必ず許可を取ってから行うこと。
ひとつ、憶測に基づいた妙な噂話を広めないこと。
以上、2点について注意を受けた。
「お話はわかりました。許可を取らなかったことについては謝ります」
ぼくは、まったく動じなかった。
「それと、噂を広めた件ですが、これについては意見があります」
「何だって? 西堀、それはどういう意味だ?」クマセンが目をクワっと開いて、ぼくをにらんだ。
「西堀さん。どういうことなの?」北畠先生も震える声で言った。横で鼻息が荒くなっているクマセンの迫力にちょっとビビったようだ。
ぼくは、用意しておいたアンケートの集計結果を取り出した。
教師たちの前で円グラフを示しながら説明を始めた。
「このように、噂はぼくが広めたわけではありません。先生方はご存知ないかもしれませんが、旧2-Cをめぐる噂はすでに、この中学全体に広まっています」
「いや、わざわざアンケートなんか取って、根も葉もない噂を深く浸透させてしまったことを問題視しているんだ。おかげで何も知らなかった生徒まで騒ぎ出して、みんな気味悪がっているじゃないか。授業にまで影響が出始めているんだぞ」
「つまり、寝た子を起こすな、ということでしょうか。もしそうお考えだとしたら、先生方の認識は甘いですね」
「おい、何だ、その口の利き方は⁉」
「さ、佐久間先生、西堀さんの話を聞きましょうよ、話を」
ぼくは反論を続けた。
「10年前の立てこもり事件、通称『加賀見台中事件』はご存知ですね。それが起きた現場が、現在閉鎖中の旧2-Cです。配管設備の故障とのことですが、誰が見ても不自然な状態だと思います」
教師は基本的に数年で他校へ異動となるため、噂を知らない先生は知らないままここを離れてそれっきりとなるのだが、生徒はそうはいかない。噂は部活を通して先輩から後輩へ、伝言ゲームのように代々受け継がれている。
「学校新聞のバックナンバーを確認しましたが、当時から現在に至るまで学校側から加賀見台中事件について公式の発表はないようですね。また、毎年発行されている作文集ですが、事件があったとされる2013年にはなぜか制作されていません。そして、旧2-Cの教室は何年間も閉鎖されたままです。この学校の生徒は寝てもいませんし、バカでもありません。これで何もなかった、何も考えるな、というほうが無理ではないですか」
生徒指導と担任教師を前に、一年坊主が何やら大演説をぶっている。
職員室のほかの教師たちもこちらに注目して、ざわつき始めた。
「問題は想像以上に深刻なのです。アンケートによると、校内で霊のようなものを見たという生徒が12名もいます」
ぼくは教師たちに、ある生徒がアンケートに書いた、自殺した女子生徒の霊が2-Cの閉鎖されたドアからスーッと出てきたのを目撃した、という証言を示してやった。
「これなどは、中学生という多感な時期に、噂に触発され心に不安を抱いたまま学校生活を送った結果、幻を見てしまった事例ではないかと思われます」
普段は校長室からあまり出て来ない校長先生までやってきて、こちらを不安げに見ている。
「噂の素を作り出しているのは先生方なのです。それどころか、真相を明らかにしようとする一生徒に責任を転嫁するのは、教育者としていかがなものか、とぼくは考えます」
「いや、しかし、それは……」
「あ、あのね、西堀さん……」
どうもぼくは二人の教師を論破してしまったようだった。
* * *
こうしてぼくは、この中学の問題の生徒ランキングの最上位へ急浮上してしまった。
たとえそれが正論だったとしても、職員室で学校を批判するような発言をしたことは間違いなかった。
おとなしく注意を受けていればいいものを、それができないのは中学生として問題のある行動なのだった。
内申書の「諸活動の記録」の欄に何か書かれても文句は言えないが、後悔もしていない。
ただ、こんなぼくの目立った行動が、思いも寄らないものを引き寄せていることに、ぼくはまだ気づいていなかった。
(つづく)
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