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アポなしで初回訪問に行く保健師の話

地域の人からこんな連絡が入ることがある。
「近所の山田さんの家の奥さんなんですけれど、最近物忘れが激しいみたいで。ご主人に包括を紹介したんですけれど、連絡しなくていいの一点張りで。奥さんはお風呂も入れなくなっている様子で痩せてきているんです。心配なので、一度訪問してくれませんか」

基本的には、個人情報保護の兼ね合いもあり、本人の了承がない状態では、連絡してくれた人から間接的に本人の連絡先を聞くことができない。
また、本人が拒否しているのに無理に訪問した場合、本人の拒否感が強くなり、信頼関係を築くことが難しくなってしまう。そうなると、支援や介入が難しくなり、悪循環になりかねない。

そのため、まずは連絡をくれた人に話を聞く。分かる限りの情報を教えてもらい、緊急性を判断していく。
緊急性がなさそうであれば、今後も同じ状態が継続したり、さらに悪化したりするようであれば再度包括へ連絡してほしい旨を依頼する。

少しでも緊急性を感じた場合や、情報が少なくて判断しかねる場合は、アポなしで本人宅へ訪問してみることもある。

訪問してみてわかることはたくさんある。
まずは自宅周りの様子から情報を得る。
庭の手入れはどうか、玄関先の掃除はどうか、車はあるのか、郵便は溜まっていないか…等会えなくても生活の様子をイメージすることができる。

一通り家の周りの様子を見たあとはインターホンを鳴らす。
出てくれたらラッキー。出てきてくれなくても、玄関先で声をかけてみる。
そのときの常套句はこんな感じ。
「こんにちは。よつば地域包括支援センターの保健師黒井です。市役所の委託事業でこの地域を担当している保健師です。65歳以上の元気な方の生活についてアンケートを取っています。少しお話を伺いたいのですがよろしいですか?」
( 完全な嘘ではないけど本当のことでもない。こうして口がうまくなっていく)

キーワードは”市役所の委託””保健師””65歳以上の元気な方を対象に”。
よつば地域包括支援センターは地方だからだろうか、役所が絡んでいると言われると、高齢者の方の信頼感が増す。
(でも、よくある詐欺の手段の「消防署の”方”から来ました」というのと似ているので、怪しくならないよう言い方には注意が必要。)
そして、「65歳以上の元気な方を対象に」もポイント。あくまでポピュレーションアプローチですよ!あなたたちがハイリスクの可能性があるから来たわけではないんですよ!というニュアンスを伝える。

黒井の経験上は、アポなしの初回訪問でも、この手法で80%くらいはドアを開けて、話をしてくれる。
そして健康チェックと称して、基本チェックリストを用いながら話を進める。

基本チェックリストで点数が低いところを発見したら話を深堀するチャンス。
「少し物忘れが気になりますか?」「足腰に不安がありますか?」といったところから本人が生活の相談をしてくれるよう、うまく話を持っていく。
点数が低いところがなければこう聞いてみる。
「 運動も食事も気をつけているからお元気なんですね!どんな運動してるんですか?食事はどんなところに気をつけているんですか?」といった具合に。
ここまで話ができれば、大体は2回目の訪問も了承がもらえる。
( 問題がなさそうと判断できればひとまずは終了。)

だけど、アポなし初回訪問の20%くらいは、包括職員の訪問を怪しがったり、拒否をしたりする。(急に来ているのだから当たり前と言えば当たり前だけれど。)
でも、こういう人ほどちょっと心配。
経験上、困っていてもぎりぎりまでSOSを出さないタイプが多い。
なので、できるだけちょっとでも爪痕を残そうとあがいてみる。
とりあえず、包括のチラシや介護予防教室のチラシ、名刺を置いてくる。
そして、
「時々近くのおうちに訪問に来た時に、ふらっと顔を見に寄ってもいいですか?」と聞いてみる。
顔を見にちょっと来るくらいならいいよ、と言ってくれる人がほとんど。言ってもらえればこっちのもの。
そのあとは、近くに用事がなくても、定期的にその人の家に立ち寄ることを心がける。
何度も訪問しているうちに、少しずつ話してくれる。
( もちろん何度行っても全然心を開いてくれない人もいる)

初回アポ無し訪問の経験を積むことで、度胸もついて、対応のバリエーションも増えた黒井であった。

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