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㉒叙事詩「ほのほつみ」第4場/ラボーレ島での持久戦、永久の樹と色鳥

2話/蛇神の護る島へ


ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、ふたたび不老不死といわれる海亀なのこけにまぎれ、喜平のあとをつかず離れず追いかけていった。
喜平たちあしかび国の船団が着いたのは、森繁るヒンジャブ国のさらに南東にある島であった。そこは、蛇神(へびがみ)が護るという島々のひとつだった。
「やっと着いたか。海亀さん、ほんとうにここまでありがとう。また」。
ほのほつみが、そうお礼を述べると、海亀は、深く、深く暗い海の底へと消えていった。

ことのはを風に伝える神、ほのほつみが、不老不死の海亀から聞いた「蛇神が護る島々」の話。

蛇神が護る島々は、いくつかの大小の島々がつらなっている。
赤道のすぐ南、うしおめぐる太洋、ひろつ流れ海の南をゆるやかにうねるように島々は浮かんでいる。ちょうど、東西のふたつの大陸の真ん中あたり。島が点々と連なるその様は、ひろつ流れ海の胸元を飾る首飾りのようであったろう。

ふふ、ややきれいすぎる?
では、こんな話もある。

島々は、太洋を泳ぐ一匹の大蛇がところどころで海面に背を見せる、そんな姿だという。一匹の大蛇はうねり泳ぎながら、ところどころで背を海面にあらわす、島々は巨大な蛇そのものだと。

島々の誕生は、こうだった。
島々は、いまも山が火を噴いている。
その火は、はるけき昔、海底でぽっと点され、やがて燃えさかる岩を吹き上げた。燃えさかった岩は、とうとう海の上にまで顔を出すようになった。

こうして、生まれた島々であったが、熱き岩を吹き上げる火はだんだんとおさまっていった。熱を帯びたひとの思いもやがて冷めるようにな。

そして、島々は、蛇の背のように高い山が貫く姿となった。
高き山に、海からの風がぶつかり雨をもたらす。冷えた火の山に雨が降り、山に幾筋もの川が生まれる。川はうねりながら下る、小さな蛇のごとく。

雨が降り注ぐ島々に、まず鳥がやってきた。鳥は種を運びそこから小さな芽が生え、そこへ雨がさらに降り注ぐ。
芽は葉となり、葉は太い幹となり、さらに枝を広げ、立派な木となる。
木はえ、うっそうとした森となる。
そこに生き物たちが、少しずつ棲みはじめた。
こんな気の遠くなるような繰り返しのはてに、かぐろき火の山は、命あふれるみずみずしい森の島々になったのだ。森は、多くの命を育んだ。もうそれは数え切れぬほどだ。もちろん、大きな蛇も主として森に棲んでいた。

やがて、森の生き物のひとつとして、ひとが島に渡ってきて、暮らしはじめた。森からの恵みをけてひとは森の民となったのだ。
森の民たちは、高い床の家に棲み、民ごとにひとつのことのはもった。そうなんだ、森の民の数だけことのはが生まれた。

森の民は、木をくりぬいた舟で川を行き来し、ときに民どうしで互いに交わり、ときに争いながらも、森から護られている、そのことを森の神々の話として語り継いできた。その話とは、民たちの先祖がどこからきて、ときにそのことを忘れて森のおきてを護らないと神々から怒りをかうという教えだ。
森の民たちは、大蛇おおへびを主としてうやまおそれた。そして、森におおわれた島を「蛇神が護る島」とたたえた。

森の民の暮らしは、つましい。
天にむかって葉を広げる椰子やしとよばれる木が森に生えている。
森の民たちは、幹に白い樹液がいっぱいつまった椰子を見つけた。森の民は、樹液を白い粉にし、それを葉にくるんで焼いて、毎日食べる。

椰子は、森の民の暮らしを支える大切な木だ。別の椰子は、甘くなんともいえぬ味の水を実に貯えており、森の民たちの喉を潤した。また、なんといっても、椰子の葉は、家の屋根にはかかせないのだ。
森の民たちは、美しい鳥を見つけた。鳥は、色とりどりの色で着飾り、喜びの歌をうたっていた。森の民は、それ以来、鳥を、森の恵み喜びを歌う永久とわの色鳥とよぶようになった。

森の恵みを享ける民たちは、ことあるごとに、永久の色鳥をまねてきらめく鳥の羽を髪に飾り、歌をうたった。おのれを鳥に姿を変え、永久の命よと祈るのだ。
森の恵みについて語ろうと思うと、きりがないな。
だが、蛇神の護りし島だけに、蛇の話はおもしろい。

森の民たちは、大蛇おおへびを見つけるとそれを矢で射止め、熱した石で焼いて食べる。ただ、ある場所の大蛇はけっして獲ってはならぬと言われている。その場所は、ひとの世とは違う、不思議な力が宿りし世の入口だからだ。

蛇神が護る島々の不思議な力が宿りし世の入口は、たとえば森で大きな木が生えているところだったり、おおきな岩がころがっている場だったりする。また、川の流れが、大きな渦をまいているところは、不思議な力が宿りし世の入口なんだそうだ。

たとえばこんな話がある。
ある夫婦が、狩りをするために木の舟に乗っていた。
木の上においしそうな大蛇おおへびがいるではないか。すかさず、夫が矢で蛇を射止めた。
蛇はまっさかさまに落ちていった。が、落ちるときに、舟でまっていた妻をさらい、渦巻く水底に沈んでしまった。
夫は、たいへん悲しんだ。
蛇を射止めながら食べられなかったことでなく、妻が大蛇にさらわれたことを。

夫は、思い切って深い深い水底に潜っていった。
ところが、不思議なことに、水底に着いてみると、そこには地上と変わらぬ世があり、見たことのない民が棲んでいる。民は、目の前で火をもやし祈りを捧げているところだった。
夫が、そっと近づき訪ねると、長老が水の上の世にいってたとき、足を傷つけられたので、それが治るよう祈っているのだと教えてくれた。
夫は、さらに訪ねた。この水底の世に女が来なかったか、と。
水底の民は、女は長老が連れて来たが、いまは長老が自分の妻にしているというではないか。
それを知った夫は、大蛇が眠っているすきに、妻を取り戻し、いっしょに水の上の世になんとか帰ってきた。
夫はその話を仲間に話し、それ以来、民たちは、不思議な力が宿りし世の入口がある水辺で狩りをしないようにし、住む場所もそこから遠いところに移すことにした。そして、そのことを忘れないよう代々語り継いできた。

森の民たちの神々の話に蛇がよく出て来る。蛇は女をさらい、とったりする。その蛇から産まれた子が、おのれたちの祖先だという話もある。
そうかと思うと、蛇がひとに火をくれたという話もある。まあ民と大蛇は森のえにしでつながってきたんだな。

島々が大蛇おおへびの姿だというのは、森の民たちがほんとうに見たのかもしれぬな。だからこそ、民に災いが生じたときは、島を護る神として大蛇を怖れ敬い、祈りを捧げるのだ。

おもしろいか? それは良かった。

これらが、ことのはを風に伝える、ほのほつみが、不老不死と言われる海亀から聞いた蛇神の護りし島々の言い伝えだ。


あるとき、この世を創った一つ神を信じるhyutopos(ヒュトポス)の国々が、うしお巡る太洋、ひろつ流れ海の南に蛇神が護る島々を見つけ、我が物とした。そして、島々を、hyutoposの王やおのれたちの国の名前で呼ぶようになり、いつのまにか、そうした名前が島々本来の名前であるかのようになった。
そして、そこにあしかび国がやってきて、いくつかの島をhyutoposから奪った。

そして、いまひろつ流れ海に浮かぶ蛇神が護る島々は、hyutoposの国々あしかび国との間で、「我が物である」と争いが始ったのだ。
喜平が着いた島、そう仮にラボーレ島とでも呼んでおこう。
ラボーレは、水のなかに根を延ばして生える水辺の木、マングローブが生える場ということで、島の名にしたというから。もちろん、ラボーレ島もまた、蛇神が護る島であった。

そのラボーレ島に、あしかび国の火砲兵、喜平が着いた。
港で、荷を陸揚げする。さまざまな物資や兵器が船から次々と下ろされる。なかには暑いところに連れてこられ、ぐったりした馬もいる。
「よくここまで付いてきたな、がんばれよ」と心のなかで声をかけながら、喜平は縦横の線で仕切った表に、印をつけていく。生真面目な農民あがりの兵士、喜平の姿がそこにあった。
「ちくっ」。
挨拶代わりに、ことのはを風に伝える神、ほのほつみ喜平の頬を刺した。

「痛っ! こいつめ、付いてきてくれたか」
喜平は、姿が見えぬが、ほのほつみを近くに感じ、安堵した。

【魂歌(たまうた)】
やさしい闇がある
闇につつまれ目をとじる
饒舌なしじまが訪れ深い眠りにいざなわれる

いつから闇を畏怖するようになったのか
陽の明るさにとらわれ歩み続けた果てなのか
闇を照らす明かりに目を奪われてしまったからか

もう終わりにしよう
長い眠りにつく魂《たま》のため和解しよう
闇の底でそっとまぶたを閉じよう

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