通知表をもらって、親の私はどうすればいいのか、今更考えてみる。
皆さんこんにちは、子供との関わりを大切にしたい、ミドサー主婦honaです。
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さて、
年度末ですね。
年度末といえば、子供達がお持ち帰ってくるもの、そう、
通知表。
と言っても、まだ息子は低学年なので、大した評価がつくわけではありません。
それでも、『親ではない第三者の大人から見た、我が子』がどう評価されているのかはやっぱり気になります。
かれこれ、もう息子の通知表をもらうのは4度目ですが、初めて真面目に向き合います(^.^;
通知表の見方をべんきょするゾ
さて、まずネット上には、通知表の見方について、こんな感じの意見がありました。
この辺りをまとめると
と、読み取りました。
またこちらでは、通知表の評価が悪い理由についても、のべられています。
新たな気づきも
このようなことを踏まえて、改めて息子の通知表に、向き合ってみました。
そうすると、新たな気づきもありました。
前回から良くなっている項目もあるし、『よくできる』の数が増えていました。
先生のコメントをよく読むと、算数や音楽という、息子が好きで楽しんでいる教科について記載があり、息子の学びへの意欲を感じる部分を先生が理解してくれているのかなと感じました。
また、息子が人一倍正義感が強く、規則を守ることを重んじている性格も、先生が気づいてくれているのかなとも感じることができました。
こういうことを踏まえて、また息子とさり気なく、会話してみようかな~とも思えました^^
やっぱり見えない「学校での姿」
だけれども、やっぱり結局、これだけだとわからない、というのが私の個人的な感想です。
つまり、
が、見えてこないんです。
通知表をどうしてもつけなければならない学校側の立場も、わかる。
先生が、できる限りの時間と労力を使って、息子の学校での様子を表現してくださっているのも、わかる。
そうなんだけど、この通知表をもらって・・・子ども達は、嬉しいのかな?
少なくとも、親の私が見た時に、わぁ!って思うようなものでは、ないのは確か。
「尺度」が異なるから、もやる
ただこれは、そもそも私が、日本の公教育に疑問を抱いてるからそう思ってしまう部分も、あるのかもしれません。
いくら現代が個性を認めてくれる時代になっているとはいえ、日本の公立小学校では『授業では、座って静かに先生の話を聞ける』ことが、ある程度良しとされる風潮はあるでしょう。
先に紹介した『通知表が悪い理由』の記載があるWebページでも、まさにその風潮が露呈していると感じます。
もちろん、授業をきちんと受けられるお子さんは、それでいいのです。その素質は、将来どんなことをするにも、役に立ちます。
だからこそ、授業を受けられないお子さんがいることも、受け入れられていいと思うのです。
それは、子どもの問題だけではなく、授業を与える側の問題でもあるのだから。
そうは言っても、現実は、先生1人で30人以上の子どもを相手に(格闘)する毎日、みんなが静かに座って先生の話を聞けたら、授業がスムーズに進むわけで、先生も生徒もWIN-WIN。
話がそれてきてしまったけど、つまり何が言いたいかというと、
と評価されているような気がして、モヤモヤする、ということ。
もっと言えば、
んだな、と理解しました。
さいごに
というかそもそも、「息子がどう学校を楽しんでいるか、それがどう結実しているか、これからどうしたらいいか」なんて話は、学校側としては、個人面談で話してね、って感じなんですかね?^^;
年度の締めくくりにもらう書類に、そういうものを求めるのは、求めすぎなのかなぁ?
何はともあれ、息子くん、2年生お疲れ様。
がんばったね~~~~!!
では今日は、この辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました!
hona
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