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9月・試着室マジック

一見なんてことないワンピースだった。

ところが試着室の鏡にうつる自分を見て、1ミリの迷いもなく「かわいい」と思った。

装飾はなく、ごくごくシンプルな膝丈の、カットソー素材の一着。

首元はクルーネック。
詰まりすぎておらず、鎖骨が程よく見える。
袖は細め、7分袖ならぬ9分袖といったところで(わたしの腕が短いというのもあるが)手首が見える。
肩の位置が決まっていないラグランスリーブ。
胸下からさりげなく広がるAラインのシルエット。
そしてココアのような、こっくりと温かみのあるこげ茶色。

袖を通した瞬間の高揚感はしっかりと覚えている。

14歳の9月。
人生で初めて試着室の魔法にかかった瞬間だった。

そのお店は友人が連れていってくれた。
友人の一歳年上のいとこのお姉さんがとてもおしゃれな人で、そのお姉さんが度々訪れていた場所だった。

小学校6年生で初めてファッション誌を買ってからというもの頭の中はそんなことでいっぱいで。
わたしはおそらくミーハーなのだと思う。
だから流行だったり、見た目に分かりやすくかわいいものに惹かれがちだった。

そんな中、このワンピースとの出会いは衝撃だった。
シンプルでも形が良ければ最高にかわいいということを知った。

母に必死に頼み込んで買ってもらった。
その頃のわたしの最上級のお気に入りとなった。

しかしそれは長くは続かなかった。

以前にも書いたかもしれないが、洋服というのは消耗品なのだ。
大切に扱わなければすぐにクタクタになってしまう。

程よいと思っていた襟元は洗濯を重ねるごとに大きく開き、胸下から広がるAラインは全体的にゆったりとしてしまって、つまり伸びてしまった。
細めの袖は肘のあたりがとび出て、何よりこっくりとした茶色は白っぽく色褪せてしまった。

試着室がピークだった。
それはさみしい気づきだった。

あれからわたしは歳を重ね、40歳目前となった。

あのワンピースのことは今でも鮮明に覚えていて、自戒をこめて、試着室がピークの買い物はもうしたくないなあと思う。

何度袖を通しても、やっぱりこの服好きだなあと思いたい。

だから買った後のことも考える。
洗濯はしやすいのか、生地は丈夫なのか、縫製は、どこの国で作られたのか。

それでも、理屈ではなく、ときめき重視でする買い物は楽しい。
試着室マジックにかかった時。
新しい自分を見つけたような気持ちになる。

バランス感覚を大事にしたい。

ときめきと実用性。
どちらかに偏りすぎず、器用に軽やかに、これからのおしゃれを楽しんでいけたらと今現在は思っている。

また10年後にはかわってるかもね。








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