見出し画像

【本屋 南十字】道しるべとなるような本と出会える場所(小田原市)|本の棲むところ(7)

この連載本の棲むところは、独立書店やブックカフェなど、本の置かれている居心地のよい空間をふらりと訪ね、ゆるりとご紹介するコラムです。

「小田原での暮らしがちょっと楽しくなった!と言ってもらえるような本屋をつくりたい!」

クラウドファンディングでそう呼びかけると、約1か月で目標額の100万円を大きく上回る168万円が集まった。そうして昨年10月、本屋 南十字(以下、南十字)は小田原城の南側、国道1号線沿いにオープンするに至った。

店舗の隣には、かつて小田原市内を走っていた路面電車の姿も
明るくて開放的な店内には、
約1000冊の本が並ぶ

南十字を運営するのは、地元の高校を卒業したそれぞれ別の本業を持つ3人。グラフィックデザイナーで「風鯨社」というひとり出版社も営む鈴木美咲さんが、高校時代の友人である成川勇也さんと剣持貴志さんを誘うかたちでプロジェクトを立ち上げた。

選書を担当するのは、広告代理店に勤務しながら地元のラジオ局でDJなども務める成川さん。「店主のバックボーンが見えるような書店が好き」という成川さんは「求められるものよりも、自分が置きたいものを置く」ことにこだわる。小田原にはチェーンの大型書店のほか、昔ながらの書店も存在するが、そうしたところにないものを揃えることで「本との出会いの幅を広げたい」という想いもある。

おもに店番を担当するのは、Webディレクターとして自身の会社も経営する剣持さん。もともと地域創生に興味があった剣持さんは「誰かがやってくれるのを待たない。自分でできそうなことは、自分でやってみる」という考えのもと、店舗の運営にあたっている。

鈴木さんはイベントの企画やSNSの発信にも力を入れる。店内には、昨年7月に風鯨社から刊行された駒沢敏器氏の遺作『ボイジャーに伝えて』も並べられている。

ボイジャーに伝えて』(駒沢敏器 著)
一般の書店にはないZINEとの出会いも
絵本のコーナー
インパクトのあるかわいい表紙が並ぶ
店内にはカフェスペースがあり、
閲覧用の本棚も充実している
カフェを利用すれば、
購入した本をその場で読むこともできる

店主のこだわりを色濃く反映した独立書店が、いま全国で増えている。その多くはひとりの店主によって運営されている。

「書店の仕事には、仕入れ、返品、イベントの運営、SNSでの発信などがあります。本業を別に持ちながら、これらをすべてひとりでこなすのはなかなか大変です。3人いれば誰かしら動けたりするので、何も進まないという状況にならなくて済みます」

共同で書店を運営するメリットを、剣持さんはこう語る。資金面のリスクを分散する狙いもあるのか聞いたところ、「運営資金については私がすべて負担しています。リスクを負うかわりに、経営上の最終的な決定権は委ねてもらっています」とのこと。

独立書店を取材していると、「本屋を開きたい」という人にもよく出会う。しかし、すでに本屋を開いている人からは、「なかなか利益は出ないから、本屋を本業にするのは難しい」という声も聞く。南十字のメンバーもそれぞれに本業を持ち、本屋としての利益は「いまのところ出ていない」と言う。

それでも本屋を続けるのは、なぜか。

クラウドファンディングの特典として配られた冊子に、「南十字」という店名の由来を鈴木さんは次のように綴っている。

南十字星は、古代から人々が航海するときの道しるべとなっていた星座。古代の人々が、真っ暗な夜の海を航海するときに進む方向を指し示してくれていた星。
南町にあるこの場所も、人々の心を照らすささやかな明かりとなって、迷った時に道しるべとなる本に出会えるような場所となれたら。

鈴木さん、成川さん、剣持さんに共通するのは、“本”の存在に助けられながら生きてきたということ。そんな読書体験を持つ3人だからこそ、地域のために明かりを灯し続けることができるのかもしれない。

文・写真=飯尾佳央

◉本屋 南十字
神奈川県小田原市南町2丁目1-58
小田原駅から徒歩約15分
https://minamijujibooks.com/

◉「本屋 南十字」周辺のおすすめスポット

小田原城
戦国大名の北条氏が5代にわたり居城とし整備を進め、難攻不落の名城として恐れられたが、秀吉によって滅ぼされると、家康の関東入封に伴いその腹臣である大久保忠世が入城
天守閣からの眺め
御幸の浜
明治6年(1873)に明治天皇と皇后が地引網をご覧になったことからそう名付けられた。夏は海水浴場として賑わう

▼この連載のバックナンバーを見る

この記事が参加している募集

私のイチオシ

わたしの本棚

よろしければサポートをお願いします。今後のコンテンツ作りに使わせていただきます。