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魂で見つめる太陽の塔 (大阪府吹田市)|ホンタビ! 文=川内有緒

作家の川内有緒さんが、本に動かされて旅へ出る連載「ホンタビ!」。登場人物を思うのか、著者について考えるのか、それとも誰かに会ったり、何か食べたり、遊んだり? さて、今月はどこに行こう。本を旅する、本で旅する。

 それは、ぬっと突っ立っていた。腕を広げ、口元をちょっとゆがめて。
「ちぇっ、何をじっと見てやがるんだ」。声が聞こえた気がした。
「だって、気になるんだもん。そのてっぺんにある顔はなんなの?」
 そう聞くと、「自分で考えろ」とまた声が聞こえた。《太陽の塔》と私の対話の始まりである。ちょうど今から、塔の内部に入るところだ。

《太陽の塔》の頂部には未来を象徴する「黄金の顔」、その下の正面には現在を象徴する「太陽の顔」、背面には過去を象徴する「黒い太陽」がある。「三つの顔は“祭神の顔”だ。太陽でもある」と岡本太郎は語る

《太陽の塔》は、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)で、テーマ館の一部として作られた。万博のテーマは「人類の進歩と調和」。テーマ館展示プロデューサーであった岡本太郎は、見た人が、なんだこりゃ! と叫びたくなる「べらぼうなもの」を作ろうと決意。パビリオンの大屋根を突き抜けるユニークな造形物を生み出した。

 70年といえば、私が生まれる2年前で、科学技術の発展や「明るい未来」に向かって日本が全力疾走していた時代だ。約6421万人がつめかけた大阪万博会場は熱狂と歓喜に包まれた。とはいえ岡本は「進歩と調和なんて大嫌いだ」と言ってはばからない男だった。だから《太陽の塔》の中には、他の陽気な雰囲気に溢れるパビリオンとは全く異質な世界が広がっていた……。

日本万国博覧会(大阪万博)1970年当時の様子。高さ約70メートルの《太陽の塔》は、シンボルゾーンの中央、お祭り広場の大屋根を貫いてそびえ立っていた 写真提供=大阪府

 ここで紹介したい一冊は『自分の中に毒を持て』である。私は30代で公務員だった頃にうっかり読んでしまい、後頭部に一撃をくらったように公務員をやめてしまったという経緯がある。なにしろ、岡本は激しく問う。本当の意味で生きるとは、どういうことなのかと。

[今月の本]
岡本太郎著
自分の中に毒を持て』 (青春出版社)
「いのちを賭けて運命と対決するのだ。そのとき、切実にぶつかるのは己自身だ。己が最大の味方であり、また敵なのである」。芸術家・岡本太郎が、今を生きる私たちに熱く厳しいメッセージを送るエッセイ集。瞬間瞬間を生きているか? ほんとうの自分を貫いているか? 力強い言葉の数々は30年を経ても色あせることなく、鋭く問いかけてくる 
*本文中太字の箇所が本書からの引用です

 駄目になる方、マイナスの方の道を選ぼう、と決意してみるといい。そうすれば、必ず自分自身がワァーッともり上がってくるにちがいない。それが生きるパッションなんだ。

 本来ひとつのパビリオンの一部に過ぎなかった《太陽の塔》は、大阪万博閉幕後には取り壊される予定だった。しかし、撤去は延期され、高まりゆく「壊すな」の世論を受けて永久保存が決定。一方、塔の内部に関しては基本的に非公開だった。そして半世紀が経過し、中の展示物は朽ち、多くの人が展示内容も忘れた2018年、なんと内部の再生事業を経て一般公開が始まった。

 そこにはどんな世界があるのか。岡本が発したメッセージはなんだったのか? 知りたくてウズウズするが、あまりリサーチはしないままに大阪に向かった。というのも、岡本はこんなことも書いている。

 美を創造するものと、それを受けとめるもの、芸術を中心とする人間関係だが、極言すれば、ぼくは、つまり相互は同じ運命にあると思う。(中略)作品を自分の生きる責任において、じっと見つめてごらんなさい。

 というわけで、この先は《太陽の塔》と運命を共にした私が感じたことを自由に書こう。あくまでも個人の責任の範疇で。
           
《太陽の塔》の中には、荘厳で美しく、どこか不気味な音楽が鳴り響いていた。音楽に誘われるように深部まで進むと、外部のユーモラスな様相との違いに唖然とした。そこにあったのは、また異なる「べらぼうなもの」だった。

いざ胎内へ! プロローグは「地底の太陽」ゾーン。第4の顔といわれる黄金の「地底の太陽」は、高さ約3メートル、全長約11メートルの巨大展示物だったが、閉幕後の撤去作業時に行方不明に。ここでは復元した「地底の太陽」を中心に仮面や神像、映像や照明を組み合わせて、当時の地下展示の世界観を伝える

 そこは深い井戸か洞穴のような空間で、全体が強烈な赤い光に包まれている。空洞の中心を貫いているのはひょろひょろと伸びる一本の樹。細い枝にはさまざまな生き物がぶら下がり、光を発している。一番下にはアメーバなどの原生生物。次がちゅう類や恐竜。進化の歴史をたどっているのだろうか? きっと塔の最上部には人類が現れるに違いない……。

続いて「生命の樹」ゾーン。高さ約41メートルの樹体に、33種183体の生物模型が取り付けられている。単純な生物進化模型ではなく、根源から未来に向かってふきあげる生命のエネルギーを感じる独創的なインスタレーション。
川内さんもただただ圧倒される! 

 そう思いながら一番上まで行くと、予想通りゴリラなどの哺乳類が現れた。ただ次第に、「進化の歴史の展示」というよりも、途方もない大きさの生き物の胎内に入ったような感覚に陥った。ついに階段を上りきると、一番上にいたのはクロマニヨン人。そう、現代を生きる我々は塔の中にはいなかった。

右腕には外部へとつながるエスカレーターが設置されており、大阪万博開催当時は地下展示と空中展示をつなぐ動線の役割を果たしていた(写真は左腕で当時の非常階段が残る)

 ちなみに本書には《太陽の塔》に触れた箇所もあり、進歩のあり方や巨大化する産業について警鐘を鳴らす。そして、別に人類は滅びたっていいとも書き、以下のように本をしめくくる。

 平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには栄光だと思える。

 スロープを降りて塔の外に出ると、夕暮れの空の下、10人くらいの若者グループが塔の前で楽しそうにしていた。「写真を撮ってください!」と頼まれ、スマホを向けると、その子たちは一斉にジャンプした。《太陽の塔》は世代を超えて大人気なのである。

 その瞬間、塔のてっぺんにある黄金の顔の目がピカリと光っていることに気がついた。夜行性動物のように昼間とは別の顔である。さらに塔の裏側にまわると、三つ目の顔もあった。顔は真っ黒で目は白く、ニヒルに笑っているような。

信楽焼のタイルでつくられた「黒い太陽」。岡本太郎は、静的な佇まいの中に“激しい怒り”を込めたという

 その時に感じたことは、《太陽の塔》は、私たち自身ではないかということだ。社会の中でいくつもの顔を持ち、未来と過去、希望と矛盾を背負いながら昼も夜も生きる現代人。どれが本当の顔なのか自分でもわからなくなってしまう。

 しかし、実はその一人ひとりの身体の中に等しく刻まれているものがある。それは太古からの進化の記憶だ。どこまでも赤い胎内空間に潜り、輝く生物を見つめることで、自分の中に刻まれた「いのち」の記憶を追体験する。

 本の中で岡本は、人類の滅亡よりも問題にしたいことがあると言う。

 今現時点で、人間の一人ひとりはいったいほんとうに生きているだろうかということだ。

 作品や本を通じ、岡本は迫る。評価なんか気にするな。積み上げてきたものは邪魔なだけだ。ただ無条件に、己を世界に差し出せ。過去や未来ではなく、いまこの瞬間にいのちを燃やせと。

 一歩でも、半歩でも前に自分を投げ出してみる。出発は今、この瞬間からだ。

『自分の中に毒を持て』は、本当に危険な一冊だ。私にはもう辞める会社もないけれど、また半歩でも前に自分を投げ出してみたくなるのだから。それもこれも《太陽の塔》のせい、ということにしておこう。

[万博記念公園]約260ヘクタールの園内では四季折々の花を楽しめるほか子供たちのための遊具なども揃う
大阪万博の貴重な資料を展示する「EXPO'70パビリオン」。当時の熱気を感じる!
ソファとテーブルが設置されたアウトドアの個別スペースで食事が楽しめる「LIVING PARK」。併設のカフェでは本格アメリカンガスグリルを使用したパブリックBBQが楽しめる *区画利用料など詳細はhttps://living-park.com/

万博記念公園
☎06-6877-7387/0120-1970-89(万博記念公園コールセンター)
[住]大阪府吹田市千里万博公園
[時]9時30分~17時(入園は16時30分まで)
[休]水曜(4月1日~GW、10月~11月は無休)
[料]自然文化園・日本庭園共通入園料=大人260円ほか [別途施設利用料]太陽の塔=大人720円ほか、EXPO’70パビリオン=高校生以上210円 
*太陽の塔への入館は予約優先のため、事前予約がおすすめです
https://www.expo70-park.jp/

吹田市で出会える岡本太郎作品/ダスキン本社ビル2階テラスにあるのが、縦8メートル、横4.5メートル、880ピースの陶板からなる《みつめあう愛》。23時~5時以外は自由に出入りできる市民の憩いの場だ 
ビルの向かいにある豊津公園には、市民から「リオちゃん」の愛称で呼ばれるオブジェも

文=川内有緒 写真=荒井孝治

川内有緒(かわうち ありお)
ノンフィクション作家。米国企業、パリの国連機関などに勤務後、フリーの作家に。『バウルを探して』(幻冬舎)、『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』(集英社インターナショナル)など著書多数。

出典:ひととき2023年7月号

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