魂で見つめる太陽の塔 (大阪府吹田市)|ホンタビ! 文=川内有緒
それは、ぬっと突っ立っていた。腕を広げ、口元をちょっと歪めて。
「ちぇっ、何をじっと見てやがるんだ」。声が聞こえた気がした。
「だって、気になるんだもん。そのてっぺんにある顔はなんなの?」
そう聞くと、「自分で考えろ」とまた声が聞こえた。《太陽の塔》と私の対話の始まりである。ちょうど今から、塔の内部に入るところだ。
《太陽の塔》は、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)で、テーマ館の一部として作られた。万博のテーマは「人類の進歩と調和」。テーマ館展示プロデューサーであった岡本太郎は、見た人が、なんだこりゃ! と叫びたくなる「べらぼうなもの」を作ろうと決意。パビリオンの大屋根を突き抜けるユニークな造形物を生み出した。
70年といえば、私が生まれる2年前で、科学技術の発展や「明るい未来」に向かって日本が全力疾走していた時代だ。約6421万人がつめかけた大阪万博会場は熱狂と歓喜に包まれた。とはいえ岡本は「進歩と調和なんて大嫌いだ」と言って憚らない男だった。だから《太陽の塔》の中には、他の陽気な雰囲気に溢れるパビリオンとは全く異質な世界が広がっていた……。
ここで紹介したい一冊は『自分の中に毒を持て』である。私は30代で公務員だった頃にうっかり読んでしまい、後頭部に一撃をくらったように公務員をやめてしまったという経緯がある。なにしろ、岡本は激しく問う。本当の意味で生きるとは、どういうことなのかと。
駄目になる方、マイナスの方の道を選ぼう、と決意してみるといい。そうすれば、必ず自分自身がワァーッともり上がってくるにちがいない。それが生きるパッションなんだ。
本来ひとつのパビリオンの一部に過ぎなかった《太陽の塔》は、大阪万博閉幕後には取り壊される予定だった。しかし、撤去は延期され、高まりゆく「壊すな」の世論を受けて永久保存が決定。一方、塔の内部に関しては基本的に非公開だった。そして半世紀が経過し、中の展示物は朽ち、多くの人が展示内容も忘れた2018年、なんと内部の再生事業を経て一般公開が始まった。
そこにはどんな世界があるのか。岡本が発したメッセージはなんだったのか? 知りたくてウズウズするが、あまりリサーチはしないままに大阪に向かった。というのも、岡本はこんなことも書いている。
美を創造するものと、それを受けとめるもの、芸術を中心とする人間関係だが、極言すれば、ぼくは、つまり相互は同じ運命にあると思う。(中略)作品を自分の生きる責任において、じっと見つめてごらんなさい。
というわけで、この先は《太陽の塔》と運命を共にした私が感じたことを自由に書こう。あくまでも個人の責任の範疇で。
《太陽の塔》の中には、荘厳で美しく、どこか不気味な音楽が鳴り響いていた。音楽に誘われるように深部まで進むと、外部のユーモラスな様相との違いに唖然とした。そこにあったのは、また異なる「べらぼうなもの」だった。
そこは深い井戸か洞穴のような空間で、全体が強烈な赤い光に包まれている。空洞の中心を貫いているのはひょろひょろと伸びる一本の樹。細い枝にはさまざまな生き物がぶら下がり、光を発している。一番下にはアメーバなどの原生生物。次が爬虫類や恐竜。進化の歴史をたどっているのだろうか? きっと塔の最上部には人類が現れるに違いない……。
そう思いながら一番上まで行くと、予想通りゴリラなどの哺乳類が現れた。ただ次第に、「進化の歴史の展示」というよりも、途方もない大きさの生き物の胎内に入ったような感覚に陥った。ついに階段を上りきると、一番上にいたのはクロマニヨン人。そう、現代を生きる我々は塔の中にはいなかった。
ちなみに本書には《太陽の塔》に触れた箇所もあり、進歩のあり方や巨大化する産業について警鐘を鳴らす。そして、別に人類は滅びたっていいとも書き、以下のように本をしめくくる。
平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには栄光だと思える。
スロープを降りて塔の外に出ると、夕暮れの空の下、10人くらいの若者グループが塔の前で楽しそうにしていた。「写真を撮ってください!」と頼まれ、スマホを向けると、その子たちは一斉にジャンプした。《太陽の塔》は世代を超えて大人気なのである。
その瞬間、塔のてっぺんにある黄金の顔の目がピカリと光っていることに気がついた。夜行性動物のように昼間とは別の顔である。さらに塔の裏側にまわると、三つ目の顔もあった。顔は真っ黒で目は白く、ニヒルに笑っているような。
その時に感じたことは、《太陽の塔》は、私たち自身ではないかということだ。社会の中でいくつもの顔を持ち、未来と過去、希望と矛盾を背負いながら昼も夜も生きる現代人。どれが本当の顔なのか自分でもわからなくなってしまう。
しかし、実はその一人ひとりの身体の中に等しく刻まれているものがある。それは太古からの進化の記憶だ。どこまでも赤い胎内空間に潜り、輝く生物を見つめることで、自分の中に刻まれた「いのち」の記憶を追体験する。
本の中で岡本は、人類の滅亡よりも問題にしたいことがあると言う。
今現時点で、人間の一人ひとりはいったいほんとうに生きているだろうかということだ。
作品や本を通じ、岡本は迫る。評価なんか気にするな。積み上げてきたものは邪魔なだけだ。ただ無条件に、己を世界に差し出せ。過去や未来ではなく、いまこの瞬間にいのちを燃やせと。
一歩でも、半歩でも前に自分を投げ出してみる。出発は今、この瞬間からだ。
『自分の中に毒を持て』は、本当に危険な一冊だ。私にはもう辞める会社もないけれど、また半歩でも前に自分を投げ出してみたくなるのだから。それもこれも《太陽の塔》のせい、ということにしておこう。
文=川内有緒 写真=荒井孝治
出典:ひととき2023年7月号
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