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アンドレイ・クルコフさんの『侵略日記』を読んで考えたこと。

ウクライナの作家、アンドレイ・クルコフさんの『侵略日記』を読んだ話をします。

ロシアがウクライナに侵攻したのは、2022年2月24日。
ですが、その直前の2021年12月29日から、この日記は始まっています。

と書くと、穏やかな日常がある日突然変わった! みたいな内容を想像しますし、そういう部分ももちろんありますが。
読んでいくと、2014年のクリミア半島併合から、ウクライナとロシアの関係は紛争状態でもあったんだよなあ……。というのを、思い知らされるのでした。

この本は、単なる身辺雑記的な日記ではなく、折々にウクライナの歴史やソヴィエトの歴史が語られていたり、著者が直接立ち会っていない現場の話がつづられていたりもします。
読者が、たとえウクライナ史やソヴィエト史を知らなくても、ウクライナとロシアの確執や、ソヴィエトによる弾圧がどういうものだったか、それらが理解してもらえるように、書かれています。
それが、作家としての使命であるかのように。

自分で考え行動する人たち

この本を読んでいて思ったのは、ウクライナの人たちというのは、皆さん自分で考えて、自分がやりたいと思ったことをどんどんされている、ということです。
だからクルコフさんは、作家として「ウクライナの現状を伝える」ことが自分のすべきことだと考え、この本を書かれたように感じます。
伝えることが目的だから、あとがきも日本語版オリジナルで、日本語話者の読者に向けたあとがきになっています。

じゃあ、作家じゃない人たちはどうしているのか。
西部の人たちは、東部南部やキーウから逃げてきた人たちを支援したり、Facebookで募金を集めて車や医薬品を買い、前線の軍に届けたり!
日本だったら絶対「余計なことをして邪魔をするな」と批判が来そうなことも、必要だと思えば普通にやる。自由と民主主義の国だから。

と同時に、前線に近い街の住民の方が、避難せずに自宅に居たいと思うなら、その意思を尊重するのもウクライナ。一度避難して、また戻る人たちの生活再建を応援するのも、ウクライナ。
効率が悪いとか、迷惑とか、そんなこと言わないんですね。自由と民主主義の国だから。その国を残すために、ロシアと戦っているのだから。
自由を守るために戦っているのだから。

日本にはない世界がここにある。
そう思わずにはいられません。

ロシアという国家

この本の中では、当然反ロシアだし、反ロシア文化の意識が語られています。
気持ちはわかるし、もっともだと思う。
ソヴィエト時代の、農地の国有化に反対した人々に対する弾圧はすさまじかったし、民族殲滅しにかかってるだろ? という疑いは、腹立たしいなんてもんじゃない。(それでへらへら笑ってるのって、日本人くらいのもんじゃないか?)

ただ、反ロシアがアイデンティティになってることの危うさも、感じる。
鬼畜米英と言ってた国民の子孫だから。

「ロシアは歴史に向き合わない」って、クルコフさん、腹立たれてますけど。
それはそのまま、日本にも当てはまる言葉だよなあ。
だから、やっぱり読んでて苦しいし、感想の言葉を紡ぐのもしんどい。

ロシアが今のような強権国家になった原型を、モンゴル帝国支配の影響だとクルコフさんは仰ってます。
日本史の教科書に元寇が載っているより、さらに大きなことですわな。何しろジョチ・ウルス(キプチャック・ハン国)の支配下に下ったんだから。
力こそがすべて。そりゃ恐怖経験だったでしょうよ。
だからって、何やってもいいわけじゃないんですけどね。

なんか。
ロシアのこの「異民族怖い→強い国家であるべきだ」の発想って、日本と似通ってるなあ……と思っちゃうんですよね。
てか、皆怖いんだよ。怖いけど、相手を殲滅しようとしたらあかんのよ。イスラエルも同じなんよ。怖くても、踏みとどまらんと。世界大戦への道やんか。

日本の国益とウクライナの国益は別だ、という人もいるかもしれないけど、強権国家と取り引きなんてできないから。尻尾振ってくる奴なんて次なるカモだから(日本がアメリカのカモであるように)。

日本人はプーチン化しちゃあかんのよ、それだけは思う。

意識の差

日本では政治家による「自分たちの本の爆買い」などという醜聞が起こってますが、ウクライナでは出版のための紙が不足しているようです。
でも、避難してる人たちの心を支えるために、本を出したいと。
なんかもう、全然次元が違いますよね、意識の。

この本を読んでてずっと感じていたのが、日本人との意識の違いです。
そりゃ、向こうは戦争当事国なんだから違って当たり前と言えばそうなんだけど、それ以前の段階で、なんか違わない?
自分たちが、すごく子どもっぽく思えてならなくて。
これが、大陸の中の国と島国との格差……ですかね。

海外作家の本や外国史も読まなきゃいけないって、この格差にどう向き合うかということだと思うので、外国はすごいけど日本はダメとかそういう話じゃなくて、自分たちの立ち位置がどこにあるかを知るためにも、ああ、読んでいかなきゃまずいんだなあ……と。

ウクライナの人たちのためにできることって、直接的にはないのかもしれないけれど、現状の国境を武力で変えたり、他国の人々を虐殺したり、民族殲滅しにかかったり、そういうのはダメじゃん! という意識だけは共有したいし、それを「きれいごとじゃん」とあしらうような人は支持しない。「目に見える結果がすぐに出ないと無意味」とするような意見にも与しない。

我々は世の中から試されているわけだから、大人はまあ踏ん張っていくしかないですな。
少なくとも、今晩安心して眠れる家があるというだけで、幸福なのだから。


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