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『寄宿生テルレスの混乱』 – 日めくり文庫本【11月】

【11月6日】

 バジーニのほうがテルレスよりちょっと背が高かったけれど、体格はとても弱々しく、動作は緩慢で鈍く、顔は女の子みたいだった。頭はわるくて、フェンシングや体操ではびりだったけれど、感じよく媚びるような愛嬌があった。
 ボジェナのところにバジーニが行っていたのは、男であることを演じるためにすぎなかった。実際の欲望は、まだ発達が遅れていたので、まったく縁のないものだったのだろう。むしろバジーニは、女を知っているにおいがしないぞ、と言われないことのほうが必要なことであり、ふさわしい義務だと感じていたにすぎない。いちばん幸せな瞬間は、ことをすませてボジュナのところから帰る瞬間だった。思い出をもっていることだけが重要だったのだ。
 ときどきバジーニは、格好をつけるためにもウソをついた。休暇から戻ってきたときはいつも、ちょっとした冒険の記念品——リボン、カールした髪の毛、薄くて小さな手紙——をもっていた。だが、あるときドランクに、かわいらしくて、いいにおいのする、空色の小さなガーターをもって帰ってきたことがあった。後でそれが、なんとバジーニの12歳の妹のものだとわかったときには、馬鹿ばかしい空威張からいばりをさんざん笑われた。
 こんなふうにバジーニは道徳的に劣っていて、馬鹿でもあったが、どちらもおなじ幹に育ったものだ。どんな思いつきにも抵抗できず、その結果にいつも驚いていた。その点でバジーニは、カールした髪の毛をかわいらしく額にたらしたあの女たちに似ていた。あの女たちは、夫に食事のたびに毒を盛っておきながら、思いもよらぬ厳しい言葉を検事から聞かされて驚き、自分の死刑判決にギョッとするのだから。

——ムージル『寄宿生テルレスの混乱』(光文社古典新訳文庫,2008年)107 – 108ページ


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